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その後の話3

「話聞いてくれてありがとね、千晃ちゃん。大根持っていきなさい」

「あぁ。いつも通り、立派な出来だ。ありがとな、おいしくいただく。相談はいつでも言ってくれ」

「頼りにしてるわ。それと、これを紅鬼ちゃんに渡してほしいの」

 大根を渡され、さらに差し出されたのはぽち袋である。

「袋はお年玉のあまりで悪いわね」

 封はされていないので断ってのぞくと、数千円入っていた。

「あいつ、何かしたのか?」

「えぇ。うちのお父さんがころんだときに助けてくれてね。それ自体はもうなんともないんだけど、お父さんの分の畑仕事を手伝ってくれたのよ。お礼を言おうとしたら、すぐにいなくなっちゃうし。ちゃんと対価を払いたいの。今回が初めてでもないし」

 日中(日中に限った話でもないが)、紅鬼は好きなように過ごしている。その時間に畑仕事や家事を手伝ったとかで、直接本人に、あるいは千晃を通じておこづかいを渡そうとすることは、一度や二度ではなかった。

「……今度、紅鬼のバイト代決めるから、今回はいい。それからにしてくれ」

「あら、そう?」

「大根ももらってる。今回はそれで十分だ」

 何かにつけて野菜を持たされるのは、そういう面もあるのだ。

 ぽち袋はどうにか引っ込めてもらった。


 紅鬼は自称“千晃の嫁”で、専業主夫である。おかげで千晃は快適な生活を送っているのだが、外でまで働き者なのだ。紅鬼に金を稼がせると面倒なことになりそうで今まで断ってきた。断らせてきた。だが、発生した対価を払いたいという気持ちはすぐに消えるわけでもなく、蓄積していった。断るには圧が強くなってきた。そろそろ辛くなってきたのだ。最低賃金くらいはもらってもいいことにしようかと考えていたところである。

 この村での生活は、金銭的にもどうにかなっている。財は身の丈に合う程度であれば、たくさんあるにこしたことはないが、経理がお仕事の千晃としては、帳簿につけにくい金は気持ち悪いのだ。人ではない紅鬼には、当然戸籍がない。紅鬼が稼ぐと、帳簿上に勝手に湧き出てきたように見えてしまうわけである。

 なお、キラはどうなのかと聞いたのだが。

『うちにいるけど、村の守り神みたいなものだから、いるだけでお供物がくる』

 と、わかったようなわからないような答えが返ってきた。比較できないことはわかった。不労所得なのだろうか。

 千晃には紅鬼を養うくらいの甲斐性はある。そう言い聞かせているはずなのだが、紅鬼はイオンでよく新商品をねだるわりに、生活費を心配している。解決案を提示されたこともある。ただ、その案が、『せっかく顔も体もきれいに作ったんだから、エロい動画とか配信とかで稼げる!』だったので、怒った。『俺以外の他人の性欲を自主的に満たしてやろうとする行為は不貞としてみなす。俺は、ハメ撮りも寝取らせも好みじゃない(要約)』と言ったことが良かったのか悪かったのか、怒られてしおらしくしているのに紅鬼の顔からニヤニヤが漏れていた。

 つまり、千晃は村の住人と紅鬼に屈したのである。

「あんまり安売りはしたくないが、最低賃金の端数切り上げで、一日六時間までだ。記入表も作ったから、必要情報を書き込んで確認の意味で、できれば相手からも署名もらってくれ。紅鬼に人の法は適用されないからだいぶ簡易的にしてる。このあたりが妥協点だろう」

「考えてくれたんだ。これでオレも稼げる!」

「あんまり稼ぐな。これで何が解決したかっていうと、村の人達が紅鬼にタダ働きさせて悪いと思う気持ちだ。稼ぐ枠組みを作ったわけじゃない。っていっても、紅鬼が稼げるようになったのは確かだ。受け取ったものは帳簿上、俺の収入として計上する。けど、それは紅鬼のものだ。好きに使っていい。これも俺の名義だが、それ用の銀行口座も作った。それで紅鬼もネットの通販を俺に頼らず使えるようになる。ATMとか使うにしても、入金は物理距離的に手間だから、お前用の金庫でも置くか」

 印刷した記入表に赤いペンで例を書きながら言う。

「税金は?」

「だから帳簿上は俺の収入ってことにしてんだよ。まとめて払っておく」

「千晃、損してる」

「世帯収入は上がってる。紅鬼がいてこそ俺が稼げてるってとこもあるんだから、お前の取り分があってもいいだろ。ちょうどいいじゃねえか。専業主夫だろうと、自由に使える金はあった方がいい。紅鬼の買い物のタイミングは一緒にいるときだったから困ったことは今までなかったけどな」

 どこにでもいる会社員だったころも、紅鬼には財布を持たせていたが、使われるのはほとんどスーパーマーケットやドラッグストア等であった。自分用の何かを買うときは、確認するほどでもないものであっても千晃に聞いてきた。

「銀行振込だけじゃなく、デビットカードがあればクレカと同じように使える場合もあるから、もっと自由に使えるだろ。他に何か……」

 考え出せばきりがない。人でないものが人のように暮らそうとすると、不便はいくらでも出てくるのだ。幸いなことに、紅鬼はそれを不便だとは思っていないようだが。

「接客・接待の類では取るなよ。具体的にいうと、お茶を飲んで話を聞いてもらったとかでもらうな。畑仕事とか家事とか、いかにも身体を動かした仕事への対価は受け取るってことにしとけ。お茶だの酒だのを飲む誘いを断れってわけじゃない。そこに金銭がのると、キャバクラ・コンカフェの類になるからな。それが労働じゃねえとは思ってねえが、この場合はご近所付き合いだ。とりあえずしばらくは試用期間として、おいおい運用をブラッシュアップしていく。わかったか?」

「わかった!」

 というわけで、便利屋紅鬼が開業したのだった。


******


 こうなるだろうな、と千晃は少し思っていた。

「千晃さん、今日は派手なシャツ着てる」

「紅鬼の趣味だ」

「あらあら~」

 慎に生暖かく微笑まれた。

 結果的に、紅鬼のクローゼットが肥え、千晃のクローゼットも少しだけ肥えたのだった。


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