第八話 死地に現る鬼の影
コバン達はいま死地にいた。誾千代からの指示では、彼らの役割は回り込むオークの確認をするだけで良かった。勝てそうならば仕留めて戻ればいい。
偵察任務の方が安全だと踏んで加わった騎士がいたが、救いにもならない。
オークの後ろに見えるひと際大きな影は、騎士が一人が加わったくらいではどうにもならない絶望的な姿だった。
「オーガが三体も……」
オークの群れを率いていたのは、知恵ある魔物のオーガ達だった。二体まで倒した所で、コバン達は囲まれている事に気がついた。
「戻って報告は、無理だな」
諦観するように呟いたのは、シロウだ。全力で逃げてもオーガの方が速い。オーガ三体と、オークが増えて十体になった。
「誾千代様の勘が当たっていたようだ。それも悪い方に」
コバンが諦めたように呟き、力なくオーガ達を見つめた。これも領主と組んで悪行三昧を繰り返した報いだろうとコバンは悟った。
コバンはろくな死に方をしないと思っていた。ただ魔物に生きたまま食われる前に、シロウとクロナだけは逃がしたいと思った。
「テクズ、無理やり付いて来たのに運がないですね。私とお前で時間を稼ぎますよ」
死ぬ順番が変わるだけに過ぎない。それでも、わずかな可能性に救われるとすれば自分ではないとコバンは騎士と共に生命を賭す。
コバンは誾千代の「頼んだぞ」 と向けてくれた信頼に、応えたい自分がいる事に気がついた。
「冗談じゃねぇ。お、俺は逃げるぞ!」
この中で一番腕の立つザッコ騎士団のテクズが、真っ先に逃げ出した。
オーガ達はニヤリと笑うと、一人が大きな石をテクズに投げつけ、残り二人が二手に分かれて跡を追った。
────ドシャァ!
「?!」
テクズは背中に衝撃を受けて無様に転んだ。オーガの馬鹿力は軽装鎧では衝撃を消しきれなかった。
倒れ込んだテクズはオーガに手足を踏み潰され、首を踏まれて息絶えた。コバン達も三方をオーガに、もう一方をオーク十体に囲まれ阻まれた。
「馬鹿なことを……」
オーガに手足を強者、そして捕食者の余裕ある行動。コバンはテクズを憐れんだ。オーガは死んだテクズの腕を捥いで喰らう。凄惨さあえて見せつけ、コバン達の戦意を奪うつもりだった。
「すまないな、シロウ、クロナ、それと護衛の二人共。私では助けてやれそうにない」
「誾千代様に救われた生命だ。子供達の為に少しでも有効に使うさ」
「嬲って遊ぶ間に、誾千代様達があちらを片付ける。あの方ならば、オーガ達にも負けない」
「あんたこそ、すぐに逃げなかったんだな」
「生命は惜しいが、先か後かの違いだろ」
どうせ死ぬなら死にものぐるいで抵抗してやれ。それが死地に挑む五名の覚悟だった。
一体でもオーガとオークを仕留めて、後の者達の負担を減らそうと決めた。子供達を守りきれるのなら、それでいいと。
◇
……随分とデカいのがおるようだ。オークですら我の倍近いというのに。頭が良いのはあやつら大鬼のようだ。
「まあ良い、急がねばせっかく間に合うたのに、コバン達が死ぬのう」
それにしても侍が我の指示を聞かぬのはあり得た。しかし臆病な振る舞いには幻滅だ。上のものが真っ先に逃げ出しては、下の者に示しがつかぬ。
────我は包囲の位置を確認すると、雷を身に纏い駆け出した。
我の光の輝きと共に、南蛮侍を殺した大鬼の頭が弾け飛んだ。
「……誾千代様!?」
「死ぬなら敵に向かって死ね、たわけめ!」
南蛮侍への怒りが収まらぬ。まったく、庶民や門兵の方が性根が座っておるのう。守りたい思いがあるのなら、我は応えてやらねば。
オークよりも大きい鬼のような魔物。倒し甲斐があるというものぞ。
「コバン! 呆けとらんでおまえ達は皆でオークを迎え討て。死なば諸共じゃ」
まだ五人は生き残っている。大鬼の遊びのおかげだ。不意をついて一体は倒したが、残りの鬼共には通じぬだろう。だが、我が来た事で、コバンらに生気が戻った。
「我は立花誾千代じゃ! 鬼共よ、参る!」
正面から戦う以上は、たとえ鬼が相手だろうと立花の名を示さねばなるまい。オーガ共もわかっておるようじゃ。我の名乗りに呼応するように、雄叫びをあげた。
鬼共の雄叫びは、聞いたものの足を竦ませ、怯ませるようだ。味方のはずのオーク達までもが浮足立ち、混乱する。
コバン達は、我の名乗りの加護のためか一瞬怯んだだけのようだ。すぐさま立ち直り、動揺するオークへと向かって行く。
「そうじゃ! 血路を開け。諦めるのは死んでからにせよ!」
我の言葉には力が宿るようだからの。オーガの巨大な鉞を掻い潜り、我はたびたび鼓舞する。
戦場において、この魔法とやらの力のあるなしは戦局を一転させるようだ。主従のあり様も影響があるようだの。
オーク共は恐怖で従っているせいか、オーガの雄叫びには怯えるばかりだ。
我の鼓舞はコバンやシロウ達に力を与える。忠義の薄い門兵まで性根が入れ替わったようだ。
コバンは我に服従しているが、恐れを持っての服従ではないからの。
オーガどもに、仲間を殺られた怒りと焦燥感が生じる。我の三倍はあるデカい図体が災いし、我の動きを捉えきれず疲弊していた。
魔法による攻撃も、当たらなければどうという事はない。焦った一体が、オーク達に向けて怒りの炎の魔法を放とうとした。
「馬鹿め。小賢しい考えを浮かべるから隙が出来るのじゃ」
隙が出来るのを待っていた我は、オーガの股の間を駆け抜け、急所に槍を突き刺す。鋼鉄のような肉体には感嘆したものじゃが、強者の驕りを逃すまいぞ。
「グギャアァァァ……」
肉体の一番弱い箇所に雷を纏った槍を突き刺され、オーガが悶絶し気を失った。発動した炎が行き場を失い、オーガは自滅し焼失した。
「残るはお前だけじゃ」
我を見下ろすオーガに向けて、我は一騎討ちを申し入れる。我の挑発にオーガは鉞を構えて応えた。
戦況の不利を悟ったオーガは、我だけは殺すと頭を切り換えたようだ。ちっこい我を追いかけ回すのを止め、体格差を利用した攻撃を始めた。
「敵ながら見事な覚悟じゃの」
単純な足踏みで我の身体を踏みつける作戦。地味に効くのう。踏みつける足を躱せても、振動と風圧で我の身体が均衡を崩す。
「魔法とは厄介じゃの」
我が雷を纏うのと同じ理屈か。体格さをこうも上手く活かされると厳しい。
我がよろけたところに、鉞を殴りつけるように振り下ろされる。ぶった斬ることよりも、はね散る礫が我の視界を塞ぎ、柔な肌に傷をつける。
「むぅ……これは参るのぅ」
踏ん張りが効かぬ。体格差はもとより、体力差もある。異界の戦いは難儀の連続のようだ。我はまだ魔法を使った戦いが未熟だと思い知った。
「だが……それだけじゃ。これで終わりとしようぞ!」
我は立花誾千代なり。勝機を見出すためには、忍こともまた肝要だと父君なら申したであろう。
我に流れる立花の血脈が、我の力を引き上げるのを感じる。不利な戦場だろうと、一点の勝機をつくのが将たるものの務め。
「────そこじゃ!!」
規則制を帯びて繰り出された鉞の一撃を躱し、我は鉞を踏み台にオーガの太い腕を駆け上った。
この一瞬のために貯めた我の力の全てでもって、オーガの首を槍で貫いた────