第六話 むぅ……覚えきれんわ!
休息を順番に取り、入り用なものは全て運び出した。行商用の荷運びの背負い袋や、兵達の使う物入れを大人達に配布を行った。
持ってゆくものは荷馬車と各自へ積めるだけ積む。価値はあっても嵩張るものや重たいものは、保護用にシーツなどに包んで森の方へと埋めた。
売ってひと財産を得たいものだが、早い者勝ちで掘り返せば良かろう。誰も来なければ、いずれ我が利用させてもらうとするか。
我の指示で貯蔵されていた大量のオークとやらの脂が屋敷内部に撒かれた。遺体はなるべく屋敷中央の部屋へ集めて脂を足して燃やす。
「────雷鳴閃撃!!」
皆が外へと出たあと、我はスキルとやらを試しがてら、二階の壁をぶち壊した。風で森へと引火せぬように、あらかじめ屋敷の壁は壊しておく。あとは壁や瓦礫の破材などを水で濡らし、中だけ燃えるようにした。
「思ったより、大きい屋敷だったのじゃな」
「取り引きまで兵が滞在するので、寝泊まりする為の部屋が多いのですよ」
盛大に燃える屋敷を後にして、コバンが冷めた表情で説明した。相変わらず我の使っていたボロ布で口元は隠している。
今は逃げた者達が、いつ兵を率いて戻って来るかわからない状況だ。疲れてはいるが、程よい緊張感があるので余計な事を仕出かす余裕はない。
我らは火の様子を見届けた後、大量の荷物と共に移動を始めた。
目指すのは森の北部ルデキハ伯爵領だ。南部はザッコの本邸のある町があり、エンカツア子爵領と接している。エンカツア子爵はザッコと中央の貴族側に付く相談をしていた相手だ。
「ザッコの領主が戻らねば、本邸から人が来るかと思います。屋敷が焼失しているので、近隣のルデキハ伯爵や森の西、伯爵の子のルデキヨ男爵や東のザッマ子爵が疑われるでしょう。ザッマ子爵はザッコ様の弟ですので強く疑われますね」
むぅ……領主の名前を知っているかのように羅列されても覚えきれぬわ。
ザッコは同格であるルデキハ伯爵とやらとの関係は良くなかったようじゃな。同じ身分なのに、連合での立場で上下関係が出来て不快だったようだ。それに身内の弟とも仲は悪いように思う。
地方領主達は互いに出し抜き合いを行っているようだ。我のいた国とやっている事はそう変わらぬ有り様のようだ。
叛乱の兆しは、まだこの異界の実状を理解出来ておらぬから我にはちと難しい。派閥の話など、名前や領地の名を聞いた所でようわからぬのだよ。
説明するコバンにもそれはわかっている。こやつは我が頭を悩ませるのは、人名がわからぬだけだと知っておるからの。
貴族とやらの駆け引きを我が理解しておる前提で話しておるからの。我に、コバン自身が知る限りの予備知識を詰め込もうとしているだけだった。
コバンの話からすると、ザッコは地方の小領主達の小競り合いや、叛乱に向けた謀に我を使うつもりだったようだ。どちらも正直きな臭い。逃げた先の身の振り方も考えておいた方が良さそうだの。
我について行動を共にするものは、最終的に元領主側の門兵や南蛮侍が十一名、虜の大人が十六名、童子達が十八名にもなった。
侍共は我が、大人共はコバンが、童子はアカネをまとめ役としていたが、手が足りぬ。二人とも側仕えをしている分には困らぬだろうが、人をまとめるのは苦手そうだ。
「アカネ、そなたには二人つける」
アカネにはワドウという童子とホーネという童女達をつけた。二人共年はアカネより上だ。補佐には良いだろう。
アカネ共々、あの戦闘に加わっておったから精神性も問題なかろう。
「コバン、お前はシロウとクロナを同輩とせよ」
この二人も戦闘で怯まず動き、我の指示にも嫌がらず聞いておった。能力のある男女をつけておけば、コバンへ向けられる憎悪も少しは和らぐだろう。
我には南蛮侍のヒイロという女を置く。こやつは民に向ける刃はないと言い放ち、初めから戦闘放棄していた骨のあるおなごだ。
ザッコへの忠義となると問題だが、能力が高い。要は使い方だ。
逃げたものや戦死したものも多く、食料など物資は比較的余裕がある。しかし童子達や素人同然のものを連れての行軍となるので、必ずどこかで苦労するはずだ。
指揮するものがなくば、そんな逃避行すら覚束なくなる。落ち武者ではないと言いたいが、落ち延びて行くのは同じだからのう。
なにより降伏したとは言えど、捉えた側と囚われた側の因果はどこかでぶつかると我は感じている。
各集団ごとに、あらかじめまとめ役を作っておくのが肝要だった。
指金の表示では、五人とも忠義心は高い。まあしょせんは指金の能力。面白き能力だが、宛にする根拠などない。
この状況下で、荷物や金子を奪って逃げる事はあろう。だが、いまさら寝首を掻くような真似はせぬと思う。
ザッコの屋敷は森の中心にあった。領土的には北にある森だそうだ。亜人の森と呼ばれているように、人族に近い知能の高い魔物とやらが出るようだ。
木こりや狩人など単体で活動するものにとっては危険な所だが、我らのように団体には襲いかかって来る事はないという。
「知能が高いのなら、警戒しておくに越したことはないのう」
「魔物もですが、追跡者がいるかもしれませんね。偵察隊を募っておきます」
我の杞憂を察して、ヒイロが偵察部隊の編成を請け負ってくれた。こやつ、出来るのう。
金銀財宝、鎧兜、食糧や綿入れなど必要なものは全てまとめて荷馬車に積んでいた。
荷を分け与えたのは、運ぶ量を増やしたいためと、はぐれた時や逃げたいやつのためにだ。
食糧と水や毛布、それに生活用の銭を全員に持たせておけば、万一の時に助けになるだろう。
行軍でも雑兵に食料を持たせるものだ。戦場が遠ければ、具足なども脱いで運ぶものだ。
それに何も与えなければ不安になるだろうし、不満を抱え必要以上の欲をかくというものだろう。
先に分け与えておけば、一人一人から回収するのは面倒なわけだの。最悪荷車が奪われたとしても、最悪の事態を避けられる。
荷馬車は我の思っているものより大きかった。荷台は屋根付きの小屋のようになっておる。近隣から密かに人攫いを行う時に使っていた、馬で引く形の荷車のようだ。
誇らしげにコバンが説明するが、我の城下にも、荷車くらいあった。それを馬や牛で引いておったわ。
少し悔しいが、こやつらは召喚とやらの魔法で、我らよりも腕の立つ職人も呼べる。
牛馬いらずで動かす荷車も出来るのだとか。うぅ、魔法で動かせるのはズルいのう。
馬は大きいのが二頭いた。荷馬車用の大きい種なのだとか。馬力があって、力強いが足は我の知る馬より遅いようだ。
こやつらの飼葉なども運ぶ必要があって、大量に屋根に積んだ。こうなると戦仕度と変わらんなと、我は思ったものだ。
「しばらくは森の中を進む。先行し枝葉を落として道を作り、荷馬車を通さねばならぬ」
森の中を進むには手間はかかる。だが、荷馬車の通りやすい街道など捕まえてくれと言うようなものだ。
数名が屋敷から逃げ出しておる以上、我は鎮圧の為の救援や、討伐の兵が向けられてくると考えていた。
幸い屋敷の下人達が、薪集めや狩りに使用していた森の抜け道があった。あまり兵達には知るものがいないようなので、我らはそこを脱出口としたのだ。
「戦闘後に我らの内から逃げ出したものは、おらんようじゃな」
我に対して、忠義者ばかりではないと思うておる。なにせ見てくれは童子だから当然だ。
それだけで反発しとうなるのはわかる。立花の家督を背負う時も、実際そうだったからの。
父上が我を跡取りと決めた。我が幼子であったり、おなごだったりと、つまらぬ理由で反旗を翻すものはいたものだ。
ここには強き父上はいない。それにまだ全員を指金で確認したわけではない。指金も信用出来る代物でもない。今は流れに任せる……が、四十名もおれば一人や二人は、意に沿わぬものは出てくるもの。
南蛮侍達がやっていた行いは、褒められたものではない。だがそれと主を討たれておることは別の話しだろうからな。
糊口を凌ぐ道が絶たれるとなれば、我を恨んだとて不思議ではないと思うのだ。
「……正直に申し上げますと、ザッコ様のやり方に反感を持つものの方が多かったのです」
アカネとコバンを従え歩く我に、ヒイロが心の内を吐露した。雑兵どもより、士分を得たものの方が不満を抱えているようだった。
「給金の問題か、それとも主たるもののおんな遊びが酷かったか」
父上も主君の素行の悪さに手を焼いておった。我はその点、しっかりしておったから大丈夫かの。
……頑固者のあやつと結ばれたおかげで、いらぬ苦労ばかり負う羽目になったものだが、それは言うまい。
「確かにそれもありますが……ザッコ様は伯爵派閥同盟を裏切り、どうも中央の上級貴族と手を結びました。何か企んでいたようなんですよ」
ヒイロはそう言うと、コバンを見た。先程の話しの通りなのかもしれん。ザッコにべったりだったこやつの事だ。
本当は他にも何か知っているだろう。我はコバンに知っている事を話せと、目で威圧した。
「私も詳しくは知らんのですよ。中央貴族に付くにしても、折衝を行うのはザッコ様と変わらぬ立場の折衝役の貴族でしたよ」
まあ自らの勢力を拡大するためとはいえ、実際に兵を動かすのは問題を起こしても構わぬ下っ端になるものだ。
ザッコやコバン達の話しぶりからすると、この地には南蛮の王のようなものがいて、ザッコ自身はその王の敵対勢力にでも囲い入れられたのだろうな。
「謀反か。それなら強きものを求めるという、人材の集め方には納得がいくのう」
隷奴の扱いから見るに、ザッコの趣味も含む所があったのだろう。自領からの戦力という貢物。そのために、指金も与えられたと見るべきだな。
道中、我は皆からこの世界についての情報を貰う。魔法とやらを始め知らぬ事が多すぎるからの。
皆の話からわかったのは、森の亜人種のようなものが至る所にいて、戦ったり仲良くしたりしているようだ。
この世界にはそうした人の身と変わらぬ別の種族や、動植物の人もいるため同種族の仲は、基本的には良いらしい。物の怪のたぐいや魔性の獣までおるようで、争うてばかりの国もあるそうだ。
行軍はゆっくりと進む。一度森の中へと入ると、藪は減る。荷馬車は木の根などでガタつくものの、枝払いせずに進めるのは大きい。
戦えるもの達は、急所を守るための簡単な具足を童子達のように付けさせた。重たい装備では、行軍がきついからの。
手には槍や大楯を持つ。槍も盾も突く、防ぐ役割よりも叩くのに便利なのだ。
童子達には枝払いの為の小刀を持たせてある。大人より童子達の方が低い位置の雑木も落としやすいから、かなり役に立っておるのう。
荷馬車が通れる道は、いずれ追手に見つかる。森の中はこちらが難儀したように、あちらも部隊を進めるには難儀する。
それでもこの荷馬車は、悪路でも進めるように設計されていたので、追手より条件は良い。まあ、おそらく攫うのに必要だったからだろう。
「優秀な斥候が追跡者にいては、移動の足跡でバレますが、それでも森の中をこのまま移動する方が良いでしょう」
ヒイロがそう言って、門兵二人を連れ列の最後尾へ移動した。森を突っ切った方が早い、単純だがわかりやすい理由だ。
ヒイロは少しでも痕跡を消してくるようだ。後ろは彼の者達に任せるとして、前方の偵察も出しておきたい。
「ヒイロ殿から伺いました。我々三名が先行します。確か、この先に小さな小川があるはずなので、そこで待ち合わせましょう」
侍、いや騎士とやらが門兵を連れて先行した。森の巡回でこの者も地理に詳しいようだ。アーガスと言ったか。自分の役割をよくわかって動く、気のきくやつだの。
「この森を抜けると、ルデキハ伯爵領に出ます。ザッコ様の企みを告げ、庇護を求めるのがよろしいかと思うのです」
コバンめが元々派閥の長だった隣領の伯爵を頼るように提言して来た。我はともかく、ザッコに仕えていた者たちや、童子達はそうした方が良いだろうな。
「よかろう。皆、まずは脱出に専念せよ。この事態を切り抜けてから、身の振り方を考えようぞ」
こういう時は焦ると駄目なものだ。我は経験上よく知っている。
荷馬車や童子達を囲いながら移動は難儀だったが、魔性の獣とやらや、賊徒への警戒を強めるように指示した。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
名前 ヒイロ 【伯爵家女騎士】
レベル:21
職業:騎士
冒険者ランク:──級(未登録)
所属:ザッコ伯爵家
年齢:22歳
戦闘力 ☆☆☆
生命力 ☆☆☆
持久力 ☆☆☆
敏捷力 ☆☆
忍耐力 ☆☆
精神力 ☆☆☆☆
魔法力 ☆☆
魔耐性 ☆☆☆
知識力 ☆☆
洞察力 ☆☆
判断力 ☆☆
発想力 ☆
器用度 ☆
統率力 ☆☆
交渉力 ☆
政治力 ☆
潜在力 ☆☆
友愛値 ☆☆
幸運値 ☆☆
魅力値 ☆☆
成長力 ☆☆ 不明
忠誠度 ☆☆☆☆ 高揚
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
名前 アーガス 【伯爵家騎士】
レベル:25
職業:騎士
冒険者ランク:──級(未登録)
所属:ザッコ伯爵家
年齢:23歳
戦闘力 ☆☆
生命力 ☆☆
持久力 ☆☆
敏捷力 ☆☆
忍耐力 ☆☆
精神力 ☆☆
魔法力 ☆
魔耐性 ☆☆
知識力 ☆☆☆
洞察力 ☆☆
判断力 ☆☆
発想力 ☆☆
器用度 ☆☆
統率力 ☆☆
交渉力 ☆☆
政治力 ☆
潜在力 ☆☆
友愛値 ☆☆
幸運値 ☆☆
魅力値 ☆☆
成長力 ☆☆ 普通
忠誠度 ☆☆ 従順
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
名前 シロウ 【囚われの村人】
レベル:3
職業:村人
冒険者ランク:──級(未登録)
所属:サグナ村
年齢:19歳
戦闘力 ☆☆
生命力 ☆☆
持久力 ☆☆☆
敏捷力 ☆
忍耐力 ☆☆
精神力 ☆☆
魔法力 ☆
魔耐性 ☆☆
知識力 ☆☆
洞察力 ☆☆
判断力 ☆☆
発想力 ☆
器用度 ☆☆☆
統率力 ☆
交渉力 ☆
政治力 ☆
潜在力 ☆☆
友愛値 ☆☆
幸運値 ☆
魅力値 ☆
成長力 ☆☆ 普通
忠誠度 ☆☆ 好感
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
名前 クロナ 【村の知恵者】
レベル:4
職業:村人
冒険者ランク:──級(未登録)
所属:ザット村
年齢:17歳
戦闘力 ☆
生命力 ☆☆
持久力 ☆☆
敏捷力 ☆
忍耐力 ☆☆
精神力 ☆☆
魔法力 ☆☆
魔耐性 ☆☆
知識力 ☆☆☆
洞察力 ☆☆☆
判断力 ☆☆
発想力 ☆☆
器用度 ☆
統率力 ☆
交渉力 ☆
政治力 ☆
潜在力 ☆☆☆
友愛値 ☆☆
幸運値 ☆☆
魅力値 ☆☆
成長力 ☆☆☆ 晩成
忠誠度 ☆☆☆ 好感