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第五話 悪代官の屋敷は燃やすに限る

 我はアカネとコバンを連れて、地下の牢獄を回る。動けるものは屋敷の外へと連れ出す事にしたからだ。


「逃げ出すのは自由じゃが……出来れば荷運びの人手を確保しておきたいものよのう」


 逃げたいのならば好きにせよと思うが、我のいまの身体では側仕えや荷運びがいてくれるのは心強いのも事実だ。


 牢獄の鍵は全て解錠して回ったはずだ。しかし薄暗く黴臭い牢獄から解放されてはいても、戦闘に怯えいまだ怯えて動けぬものはかなりいたようだった。


「アカネの言うた通りだったようだのう。そこのものどもよ、歩けるのなら牢獄から出よ。ここは直に火の海に沈む」


 血臭が立ち込め、もともと酷い臭気がさらに酷くなっておる。このような場所は、貰うものをもらってさっさと出たい所だ。


 援軍の来る前に、供養も兼ねて非道な輩の屋敷は潰しておくのが一番だ。残して賊徒の拠点にされても迷惑にしかならぬからの。


「アカネ、まだ敵意を持つものが隠れているやも知れぬ。我から離れぬでないぞ」


「はい、誾千代さま」


 逃げ出した南蛮侍や、門兵らが外にだけ逃げたとは限らぬ。コバンの話しから、地下には門兵の詰め所があるようだった。


 冷静なやつがいたのなら、ザッコに見切りをつけて潜むはず。ザッコの貯えを知るものなら尚更だろう。


 我らをやり過ごしてから、悠々と逃げる算段であろう。まさか我が屋敷に火を放つとは思うておらぬだろうがの。


 アカネは我の着る貴族の拵の端を手で掴む。明かりが灯されているにしても、暗い。気をつけねば牢獄の通路は石ころにつまずく。


「虜のいた牢獄内にはめぼしいものはないようじゃな」


 戦闘は出口へ向かうあたりのみ。牢獄内で虜囚が大人しくしていれば、門兵も無碍には扱わなかったのだろう。


 武具の一つでも落ちておれば銭に変えられる。戦の場でも打ち捨てられた死体を、宝と同義に扱うものがおった。


 我とて戦場の習いは知っている。田畑を荒らされる戦禍の民が、落人狩りを行い、恨みを晴らすのと同時に収入とするのだ。


 荒れた田畑は簡単には戻らぬ。ここの虜達の傷も、簡単には癒えぬ。生き残れたやつらが元の生活に戻れる補償がない以上、食えるために我も力を貸してやらねばなるまいよ。


「コバン! おぬしの顔を見るといらぬ誤解を生む。ついて来るならばその面をいまは隠せ」


「はっ、すみませんでした」


「アカネ! 強引で良いから歩けるものは連れ出せ。死にたいのなら、我が介錯すると申すのじゃ」


「は、はい。わかりました」


 強制させてはいるが、それでも動かぬものは諦めるしかなかろう。混乱していようが怯えていようが、我は生き延びるためのきっかけは与えた。


 アカネをはじめ、心が少し強い童子は戦いの中を駆けていた。いまは生優しい言葉などかけてやれぬ。生死は己で決めるしかないのだ。


 我とアカネに促されて、ノロノロと動き出すもの達の誘導をコバンに任せる。顔を隠せば領主のものとわかるまい。コバンの服装は地味だからのう。


 たたコバンは何故か我の使っていたボロ布で口元を覆っていた。目は隠せぬから仕方ないが、呼吸が無駄に荒くて奇っ怪で気味が悪いのだ。


 ……こやつ、妙な趣味に目覚めてないかの?



 ────地下には虜が八名と、助けを乞う南蛮侍が二名、他に門兵が四名ほどおった。門兵達はすでに戦意を失うておるので、こやつらもコバンに任せる。


 人数が揃うた所で反旗を翻すやもしれん。まあ、その時は叩っ斬ってやるとしよう。


「申し上げます誾千代様。この地下の先には隠し倉庫があります。我々は、そこを守るように命じられていました」


 ふむ、コバンの言うように隠し財産はあったか。攫った人数と門兵や侍の数がこの規模ならば、本拠地よりも銭がかかるというものだ。


「ここはおそらく魔法で施錠されとります。たぶんですが誾千代様のお手の指輪をかざして解錠せねば開きません」


 ザッコに付いていただけあって詳しいのう。あの領主も、コバンや門兵らを従えていただけある。やはり傲慢なだけではなかったのか。


 おそらく鍵がなくば、こやつらの力では開けられなかったのだろう。


 なにせ扉は一枚岩の壁だった。灯りもない部屋なので、知らなければ牢獄のひとつと気にもしなかっただろう。


 我は鍵の解錠を行う。戦闘で昂っている時と違い、身体の中の何かが動くのを感じた。おそらくこれが魔力なのだな。


 解錠が成功すると、ガチャリとわかりやすく音が鳴った。なんだろうか、侵入者に対する罠でも作動したのかの。我なら戦と同じに考える。開いたと思う隙を突くのが定石だ。


「アカネとコバンは皆と一緒に通路まで下がれ。そこの二人、戸を開けてみよ」


 我が促す言葉で、宝があるやも知れぬと発言した南蛮侍の一人が青ざめる。


「忠義心か? 我をチンケな罠で亡き者にした所で、こやつらはもうおまえ達には従わぬぞ」


 コバンのやつめ、目端が効く。この者ともう一名の侍が、不忠義の輩だと知っていて、とぼけておった。


 あとの門兵は秘密など知らず、従っていただけのようだな。不問にするとしよう。


「うおぉぉ~っ!!」


 隠し持っていた小刀で、我に向かって切りかかる二人の男。馬鹿な奴らだ。普段は槍や南蛮のつるぎを使うからなのか?


「小刀は、接してから使うものじゃ」


 短刀などの隠し武器を初めから見せる阿呆など、怖くはない。しかし、ここは異界だと言う。刃が伸びたり爆発でも起こす可能性はある。


「────なんじゃ、何もないのか」


 背の高い南蛮侍崩れ達が、小柄な我に向かって小刀を振るうより、体格差を活かして突進する方が効いたかもしれぬの。


 我は足元に屈むように滑り込み、二人の膝横を蹴る。踏み込んで逃げ場のない重心の掛かった足。童子の脚力でも簡単に体勢を崩して倒れた。


「愚か者どもが。あの世でザッコとやらに詫びて来るがいい」


 二人の小刀でそのまま南蛮侍達の喉を打つ。身体の強化もないようだの。


「さすが誾千代さまです」

「お見事です、誾千代様」

「────魔法もなしに、騎士二人を一瞬で」


 アカネとコバン、それに囚われていた人々や門兵達が感嘆の声を上げる。こやつらも我を童女と侮って、不安だったようだの。


 立花の子は、童子だろうがいついかなる時でも戦で役に立てるよう学ぶのだ。


 罠の解除は慎重に行った。ザッコとやらは悪知恵が働くようだ。己が強制された場合に備えて、解錠すると発動する罠を仕掛けておった。性分はともかく無能呼ばわりは撤回しようぞ。


 隠し倉庫の中には、虜の売買で手に入れたであろう金銀や美しい装飾品が隠されていた。


「手分けして運び出すぞ。軍資金を除いて、後で皆に分ける。持ち逃げしたり隠し立てするでないぞ」


 これだけの財産を目にすれば、先程の二人のように目を眩ませる輩も出てくる。


 まあ我を出し抜いて、金銀を掠め取って逃げるのなら、好きにさせるつもりだ。我と共にいるものに、そのような輩はいらぬからの。

 

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