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第三話 腹が減っては戦は出来ぬからの

「皆のもの、我はこれから領主だった男から情報を聞き出してまいる。その間にそなたらは厨の食料を確保し、腹ごしらえをしておけ。見張りを交代で出すのを忘れるでないぞ」


 夜明けからの戦闘で、皆の疲労が溜まっておるのは承知している。しっかりと休ませてやりたいが、ここは敵地。屋敷を制圧したからと言って、気を緩めるわけにいかぬのだ。


 まだ南蛮侍が彷徨いておるやも知れず、宝を持ち逃げしようなどと考える不届きものはおらんようだ。


 下働きの奉公人は、殆ど何も持ち出す事なく逃げ出したのはわかったので、食料は充分な量を得られそうだ。


「ろくな食事を与えてもらえなかったようじゃの。食す時は注意するのだぞ」


「は〜い!!」


 厨の設備を使って当番となった大人達が調理し、まず子供たちに食わせる事になったようだ。


 食事を待つ間に、大人も童子も衣服を着替え直して、再び具足などを着けさせた。


「この分なら暫くは大丈夫じゃな。おまえも皆と休め、アカネよ」


 我に従う側仕えの童女は名をアルカネという。語韻が悪いのでアカネとせよと命じておいた。


 名前を気にされた事はないと、何故か嬉しそうだったの。


「わたしも誾千代さまと一緒についていきます」


「地下の牢獄へ行くのは、傷を負って動けぬもの達の介錯するためでもあるのだぞ?」


 敵だったものも、味方だったものも重傷のものは連れては行けぬ。せめて我の手で介錯をしてやるのが、共に戦ったものとしての情であろう。


 だが……それは我一人の考え。アカネらに強要する気はない。


「わかっています。ただ怖がっていた子たちが、まだ無事に生きているかもしれませんから」


 アカネは齢のわりにしっかりした童子だ。幼い子らや、怯えて腰を抜かした大人達を救うてやる気だ。


「……後悔しても知らぬぞ」


 生きてあるならば、助けてやれるかもしれん。だが深手を負ったものまで助けてやる力は、今の我にはない事を念押しする。


 我は異界らしきこの世の現状の把握すら出来ておらぬ。アカネを見る限り、人の心の有り様はさほど変わらぬと思えそうだ。


 アカネは決意を秘めた表情になる。覚悟があるのなら、我とて何も言うまいよ。


 脱獄と戦闘があったというのに、地下牢獄は静かだった。我らが抜け出す際に倒した門兵から、血と糞尿が流れ、異臭を発し始めている。


 この屋敷はしばらくは使いものにならぬだろう。拠点にするつもりの城を奪う時は、後始末の方が面倒なものだ。出る際に焼いて供養すべきだろうのう。


「……あやつやあやつの親は、このような状況下でも平気で飯をかっこんだというからな。豪胆さで我が負けるわけにはいかぬの」


 親子共々、へそ曲がりで鼻も曲がっておるわ。美談にして讃えるものが後を絶たたぬが、我から言わせれば鈍いだけだわ。


 あやつの思い出はそれほどないというのに、ひとつひとつの会話が強く思い出されるのが悔しい。


 地下牢獄の中、我のいた檻には太った裸の南蛮人と、それより小柄の南蛮人が抱き合ってもつれていた。


 南蛮侍の領主とやらの胴体がでか過ぎたので、首根っこと両手足を縛ったせいか。


「不埒者め、気持ちの悪い醜態を見せるでないわ!」


 明かりを強めて見ると、酷い醜い。我はともかく、むさい南蛮男共の情事なぞ、アカネの目には毒だ。介錯する姿よりも見せたくない醜悪さだ。我は牢獄の鍵を開けると、デカい尻を蹴った。


「ブモォ!!」


 猿轡がされていて、南蛮領主が気味の悪い呻き声をあげた。我もアカネも幼い童女。むさい男共のむさい絡みなど見とうないから止めよ。


「ウゴッ!!」


「デカい南蛮人よ、これ以上ふぐりを蹴られたくなくば我の質問に答えよ」


 我はデカい南蛮人の猿轡を外してやる。小柄な付き人がこやつに抱え込まれる格好なので邪魔だ。今一度気絶させて、個別に縛り直した。


 アカネには我の背を見張らせる。このようなものを見せたくないからの。デカい南蛮人の領主とやらが痛みから回復するのを待って、質問を始めた。


「ザッコといったか。我は立花を率いる真の主、誾千代じゃ。そなたらは我の事をどこまで知っている?」


 我の素性までは知らぬのか、ザッコは目を見開く。


「し、召喚で異界の強者を呼んだだけだ。そ、そなたの国の事など知らぬぞ」


 ふむ、召喚とは怪しげなまじないの事か。神主の祈祷や、坊主共の念仏とは種類が違うようだな。


「まっ…魔法の召喚されたものは大体元の世界より魔力により強い力を得るのだ」


「ほう……我の力が増した気がしたが、まじないの力が加わったためなのか」


 修験者共の中には、魔の力を取り入れて鬼と化すものがいると聞く。手法は違えど、理は同じやもしれん。若返ったのも、力を得たことに関係するのだろうな。


「この指金はなんじゃ。我にもわかる言葉で勝手に喋るが、刻まれた文字はお前達の国のものじゃが、浮かぶ文字は我の国のものに見える」


 屋敷を調べていたのは、文字を調べていたのもあった。こやつの私室に書などがあったようなので確保させてある。


 この年になって手習いを再びせねばならぬわけだが、いまの我は童子ゆえ仕方ない。


 我のいた世界の南蛮の国々にもいくつか異国がある。やつらは略奪して回り、いくつもの宝を手にしたと聞く。


 一致する手がかりがあれば、ここがどこの国かわかると思うたのだ。


「それは魔法制御で、持ち主が登録されておる品。わしに返せば使い方を教えてやろう」


 なるほど、持ち主が決まっておるから異人(こやつ)らの言葉に合わせてあるのか。


「ぶへっ!」


 気持ち悪くニタァと笑うザッコとやらの顔を、かかとで踏みつける。


「持ち主が死ねば登録とやらはどうなるのじゃ。おぬしを殺して試してみるかの」


 別に縛った側仕えもいる。あとの情報はやつから得れば良いだろう。最悪壊れても構わぬからの。


「い、言います。だから殺さないで!」


 持ち主が亡くなれば勝手に解除されるものと、永劫のものと種類があるようだ。ザッコが必死なのは、この指金が前者だからだな。


「ゆ、指輪に触れさせてくれ。書き換えは直接行う必要があるのだ」


 懇願するザッコ。じゃが、こやつはまだ我を甘く見過ぎておる。


「無用じゃ。見たところ、指金そのものにも力とやらがあるのだな。おぬし、我を騙して指金の力を取り戻したいだけじゃな」


 我の蹴りで、這いつくばるような格好になるザッコ。騙すつもりがバレて膨らむ顔を青くしていた。


「アカネよ、おぬしもどこからか魔法とやらで呼ばれたのか」


「いいえ、わたしは違います。わたしは村から、攫われました」


 緊張しながら我の背中であたりを伺うアカネは、否定した。


「大方、ここの子供の大半は近隣で拐かされた口じゃな。大人は農夫か、荷運びで賊徒どもに襲われたのじゃろう」


 まったく国が変わろうが世界が変わろうが、人の業は変わらぬらしい。民には常に難儀をかける。


「ならば一応問おう、アカネよ。こやつの領主としての振る舞いは、民にとって良き君主足り得たか」


 アカネは我の問の意味がわかったのか、首を振った。領主と領民としての関わりは、おそらく薄いはずだ。だが虜とされた後の仲間たちの顛末を、アカネは見て知っている。


「ひゃっ……ま、待て。俺を殺せば、中央貴族派閥の長である公爵が黙っていないぞ。金なら出す、攫った連中も解放すると約束する!」


 だから甘いと言ったのじゃ。こやつは自らの城に蓄えがあること、後ろ盾の存在を明かしてくれた。


 何より我を怒らせたのは、愛すべき領民を、自ら攫い欲望のはけ口にするような下劣な豚だということ。他にこやつしかない情報があろうと、ここで始末せねばならぬわ。


「最後に聞く。我の国には天を束ねる存在がいた。この国の長はそなたらのような領主をどのようにまとめておる?」


 公爵とやらの事は聞いても、どうせ我にはわからぬ。それよりも戦国の倣いというものを、我とて身に染みてわかっておるつもりだ。


 眼前の敵は囮に過ぎず、倒したはいいが後から巨大な猿がやって来て、全てをぶち壊す様を見たものだ。


 いまある後悔はきっとそれだ。呼び出されたあの時、ぶち殺しておけば不器用なあやつを天下人にのし上げる絶好の機会だったかもしれん。


 まあ、あやつも我が父が選んだ立花の男。民草の困難を強いてまで天下を望むような小さな男ではないがな。


「我々は王に仕えている。公爵様は王に忠誠を近い、寵愛を受ける貴族の一人。わかったであろ……ブミャッ?!」


 最期まで凝りぬ男だったのう。寵愛を誇った所で、その公爵とやらがこの者をいますぐ助けてくれるわけではなかろうに。


 許しを請うなら謝る相手があった。捕われた者共が全員許すというのなら、縛り上げて屋敷の外にでも放置し武運を祈る機会くらいはあげたものだが……こやつは自らその機会を捨てた。


 胸糞悪いが、これも立花の当主としての務め。そして我について来ると言うのならば、従うものには理解を得ねばなるまい。


「アカネ、悪徳領主は我が滅ぼした。だがこやつは所詮末端。おまえたちは選択せねばならぬ」


「選ぶ……のですか、何を?」 


「我を主とし、安寧の地を自らの手で築く事じゃ」


 異界の地であろうとなかろうと、我のやる事は変わらぬからの。まずは我自身の力について把握するとしようか。

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