第二話 我、南蛮屋敷を制圧するのじゃ!
「そこの小娘、その衣装は当家領主ザッコ様のお召し物だ。ザッコ様はどこにいる!」
集まって入口を固める南蛮侍共が、何やらほざいておる。彼我の戦力差を見ているからだろう、余裕ある態度が気に入らない。
誇りを傷つけられた怒りの代償は、その身で払ってもらうとしよう。我の意を汲むかのように、我の身に雷が纏わりつく。
我が力を見縊るとどうなるか、その身を持って思い知らせてくれようぞ!
「────雷鳴閃撃!!」
────もやもやとした言葉が頭の中に浮かぶ。これはまじないの言葉だろうか。草の者や修験者共がなにやら得意としておったのう。
習うたことはないが、我にかかれば雷を斬りし父上のように、この身を雷鳴の如き動きに変えるなど造作もないこと。
「密集が仇となったのぅ!」
大盾の運用上、奴らは固まざるを得ない。我の駆ける雷鳴の槍により、敵の一団が割れて吹き飛んだのが見てとれた。
我らからの反撃を予期していなかった油断もあって、南蛮侍共の統率が乱れる。
「気をつけろ、魔法だ!」
「手強いぞ!」
「召喚者だ!」
「捕縛は諦めよ。殺せ!」
防御陣を崩しただけで、致命傷には至らなかったようだ。怯み出す門兵共を南蛮侍が叱咤し陣形の立て直しをはかる。
「────道は我が作る。みなのもの怯むな、続け!!」
大人達に大盾を拾わせ、我は再びもう一方の敵の集団へ突撃する。どのみち投降し捕まれば、殺されずに済んでも生き地獄。
「臆せず我に続け────!!」
追い込まれた人間の強さ、我がしかと見届けようぞ。
数的有利が覆されて、奴らも本気になったようだ。我に対抗し、まじないの輝きを放つものまでいた。
しかし────
「立花の力を舐めた時点で、貴様らの敗北は決まっていたのだっ!!」
防御陣を崩され、手駒を失ってから慌てたところで遅いのだ。なにせ我らは即席の仲間に過ぎないのだ。誰が欠けようと、運よく生き残るもののために突き進むのみ。
生きる為の、ほんの一瞬だけの死にものぐるいの団結。だが、それが強さに変わる。怯みはしても、殺されるくらいならと、抵抗してみせる。
しかし奴らは違う。仲間意識はあるものの、隷属させた輩相手に、命を落としたくないのが本音。一度怯めば、逃げ腰になるもの。
それはすなわち半数以上の南蛮侍が倒れた時点で、勝負がついたようなもの。守りが硬かっただけに失望も大きい。
奴らに出来るのは、逃げ出すための時間稼ぎしかなかった。
我先にと逃げ出す南蛮侍たち。おかげで我らは逃げる必要がなくなった。早々に援軍が来るやもしれんので、のんびりはしていられぬだろう。だが、ひとまずは勝利の雄叫びをあげる。
「見たか、立花の力を! 皆のもの我に続き勝鬨の声をあげよ!」
「えいとぉ、えいとぉ、エイトオーッ────って、なんじゃ、呆けたように口を開けて」
勝敗が決し、恐ろしい南蛮侍どもが逃げたため気が抜けたのやもしれぬ。門兵や南蛮侍の死骸を前に、ヘタりこんでるものもいた。
まあ無理もなかろう。戦いで気が昂った後に、よくあるものじゃ。
「呆けておらんで、大人二名、子供一名で死に損ないの南蛮侍にとどめを刺して回れ。投降した兵は油断せず縛りあげ、具足や武具の回収も忘れるな」
我の雷撃により、痺れて動けぬ南蛮侍や、門兵は降伏していた。具足を剥ぎ無効かし、ひとまず縛りあげて猿轡を咬ませ物置らしき小部屋へ隔離する。
残りの童子達はまとまって回収作業を手伝わせた。
「逃げた南蛮侍らが戻るやもしれぬ。油断するでないぞ」
我の指示に皆ノロノロと動き出した。殺してしまった懺悔よりも、殺されるかもしれない恐怖が上回る。
頭が麻痺しているのか、我の言う事もよく聞いてくれた。
我も残る童子の一人連れて、あらためて血臭に満ちた戦闘の場の検分を行う。
我らの閉じ込められていた地下牢は屋敷の正面口から見て、通路の一番奥にあったようだ。
地下牢と違い、開け放たれた扉から差す光によって、屋敷内は明るい。南蛮侍が固めていた奥の出口は外への大扉だったようだ。
「このあたりが少し広間となっておるのは、上への階段があるからなのだな」
地下の出入り口は狭かったが、通路はさほど狭いわけではなかった。正面口からの華美な階段に比べ、二階から地下へ直接行きやすいこの階段のある間は天守の防衛の間取りにも似て簡素だ。
領主とやらの見栄のためか、正面口からの通路や部屋はずいぶんと飾り立てられていた。
「南蛮の屋敷は派手と聞いておったが、華美なばかりで落ち着かん。我が住んでおった屋敷の方が落ち着いて、過ごしやすいのう」
転がる門兵を足場に、売っ払えそうな装飾をガコガコと外す。流れでる血で汚さぬよう、童子達に運ばせた。
「あの、あなたは一体……」
童女がおずおずと我に話しかけて来た。南蛮人の娘なのに、我らの言葉がわかるのか。ザッコとやらや、門兵どもも話が通じたから今更か。
「我の名は立花誾千代じゃ。そなた、中々見所のあるおなごじゃな。我の側仕えにしてやろう」
「へっ、あ、ありがとうございます?」
「戦闘中でも物怖じせずに役に立つ童女だったからの。我の側仕えになるなら、立花の誇りから諭してやろう」
「誇り??」
「なんじゃ、呆けたような顔をして。不服があるなら申してみよ」
「い、いえなんでもないです」
おかしなやつじゃ。それにしても南蛮人の屋敷には門兵やら南蛮侍がいたわりに、奉公人がまったくいないものなのか。
戦闘に巻き込まれぬよう、逃げたのやもしれん。
「あ、あの、誾千代さま。ここは御領主様の秘密の別荘地だと兵隊の方が言ってました」
「ほう、ここは別邸なのか。ならば貰えるものは持ってゆくのが正解じゃな」
戦を起こすにも、逃げ出すにも軍資金が入り用となる。この度の戦いに赴いたもの達に、褒美もくれてやらねばならぬだろうからの。
裏の役目を放棄し逃げた所で、やつらも行く宛などないやもしれん。残されたやつらも性根を見極め、使えるものは使うとするかの。
腹を満たした後に、食料に武具や具足を運び出すとしよう。貴重な品は今後必要になるからの。
屋敷はどのみち燃やす事になると思うておる。華美な装飾品の類など、売れば金子に替わるが運ぶのに難儀するものは埋めておくとしよう。
「誾千代様、輸送用の荷馬車がありました」
捕らえた門兵から情報を聞き出した大人達の一組が、厩舎に残された荷馬車を確保したようだ。
「大半の馬は、騎士達が逃げた際に放してしまったようです」
「荷馬車を牽く馬達は、大型で走るのには向かないので、一緒に取り残されてました」
屋敷の厨から外に出る扉があり、裏庭の厩舎と繋がっていたようだ。
「襲撃を警戒しつつ、いますぐ食べぬ食料の類や水を積んでおくのじゃ」
攫われた村のものと聞いていたが、中々気が効く奴らがおる。能力が高いものを集めたような事を言っておったな。何名か犠牲になったのが惜しいものだ。
『レベルアップしました。ステータスを確認して下さい』
なんじゃ、この不快な音と文字は。指金からか?
唐突に急に我の耳に、異質な声のような音が響いた。同行の童子がきょとんとした目で我を見る。我とて不意をつかれては驚く。
「うぅむ、わかるものを残しておくべきだったか」
戦意を失い捕縛された者を除くと、屋敷の門兵達は完全に逃げ去った後だ。やはり説明出来る連中を残しておくべきだったな。これは我の失態だ。
いや、待て。たしか、地下に持ち主がいたか。それに門兵や虜もまだいるやもしれん。
地下へとゆく前に、指金の言葉について一応側仕えにも聞いてみるとしよう。
「レベルアップとはなんじゃ?」
「……?」
やはり側仕えの童女も知らぬようじゃ。まあよいわ。
南蛮の絡繰は種子島をはじめ、多岐に渡る品だ。加羅や琉球の海族が、恩着せがましい生臭南蛮人を連れて来て売り込むのが我は好かぬ。
我に必要なのは立花の誇り、それだけじゃ。うまい飯と甘いあんこがあれば言う事はないがの。
それにしてもこの指金は南蛮人のものではなく、我の国の文字か。刻まれている文字はいにしえのものなのだろうが、浮かび上がる文字は我の読める文字。不思議な作りのものだ。
指金にある文字、我なりに読んでみた。正しいかはわからぬ。どうやら我は、クエストなるものに挑みこの地を制圧する事になりそうだ。
……指金ごときの指示は受けんが、天下を目指すのは悪くない。
どの地にいようと立花の誇りにかけて、我は必ずやこの地を制してみせよう。そして新たに得た力でもってお前さんに挑みに行くから覚悟せよ!!