第十七話 誾千代さま、コバンの忠義は認めぬ
ルデキハ伯爵との話し合いは概ね上手く事を運べた。我が身を質に、企みに待ったをかけたようなものだが、伯爵とて分かった上で乗って来た。
兵による武力介入は断ったが、物資などの支援は遠慮なくいただくつもりだ。小さな恩義を重ねるのは癪だが、断わる理由もないからの。
「食料などを積んだ荷馬車が五台と馬が十頭。それぞれに馭者と護衛を兼ねて十名の兵士をつけてくれましたよ」
コバンが伯爵側との協議の結果を報告し、支援部隊の小隊長を紹介してくれた。
「ラッハルトと申します。この度は誾千代様の手足となって協力せよと命令を受けて参りました」
コバンと同じくらいの年齢だろうか。非常に堅苦しい男のようだ。伯爵の目付役とみてよかろう。我らと馴れ合わぬように、あえて忠義な堅物を充てたのだろう。
「うむ、協力感謝する。命令の優先度は、ヒイロやアーガス、コバンらより下がるが良いな?」
「承知しております。また我々から平民や子供達に何かを強要する事も禁じられております」
雇いの傭兵と思えばよいようだ。伯爵から、戦闘においては基本的には荷馬車を守り、子供達を守るように言われたそうだ。
我らも顔を合わせて共に戦ったのはつい最近の事。それ故さほど気を遣わずとも構わないのだがな。
「監視もあろうが、童子どもに罪はない。しっかり守ってやってくれ」
「!!」
「領主でもないそなたら相手に、駆け引きなど無用じゃ。生命を預ける以上、役目を真っ当してもらわねばのう」
「はっ、我々一同、誠意をもって尽力させていただきます」
良い返事だ。利害は一致しておるし、敵でないのならそれで充分よのう。
ルデキハ伯爵領へ来た時と違い、堂々と街道からザッコ領へと戻る。ザッコ領への帰路は、旧ザッコ領の主だった者たちとの戦いに赴くこととなるだろう。
ザッコの死が領内に伝わっておれば、領民の大半は弟のザッマ子爵に靡くであろうからな。
デリーの町からは正規の道となる。冒険者なるものや傭兵達、商人達などの旅人が行き交う、国内の領地を繋ぐ街道だ。
話に聞いていたように、町の近辺はしばらくの間、果樹を育てている農村が見えた。
「良い景色じゃの。この辺りは戦火にさらされておらぬのだな」
「はい。ルデキハ伯爵領は良くも悪くも中間地。悩みの種はザッコ領との間の森の魔物くらいと聞きますよ」
我の問いにコバンが答える。荷馬車の台数が増えたので、荷と共に、皆を分散して乗り込ませていた。
不穏な動きを見せているが、あくまで貴族がまだ裏で味方を集め旗色を決めている段階。
「ザッコ領周辺が騒がしくなり始めただけで、王国全体は平穏そのものなのですよ」
マケナディア王国という国は、王家と王家の血筋に連なるものが大貴族として力を持ち、国をまとめている。我の国で言う幕府のようなものだ。
田畑の荒れた我が国より、果樹の実りの様子を見れば、この地が長らく安定していたのだろうとわかる。
「私どもマケナディアの国は大陸の南端にあるからですよ」
東と南が海、西は大きな山がそびえ立つ。北は豊かな自然と言えば聞こえは良いが、ザッコ領を見てわかるように大森林が広がる。
国としては辺境。魅力が薄く、外敵から攻め込まれ難いため安定を保てていたようだ。我としては城持ちは目指す事になるが、騒乱の主にはなりとうないな。
我らは荷馬車に乗り、領境にあるハルキの砦町に辿り着く。森を抜けるのと違い、荷馬車で移動しても一日と掛からず着いた。
領境に砦があるのは隣領を警戒してではなく、魔物や賊徒の流入を食い止めるためらしい。
ハルキの砦町は川を利用して水路を引き、二つの町の入口に橋をかけていた。
「デリーより大きいのは、水路を水運としても使っておるからじゃな」
猿の主人だった信長公の事は我はあまり知らぬ。だが水運に目をつけ、生きておればいずれ天下のみならず、唐や南蛮征伐へ挑むつもりだったと伝え聞いたものだ。
戦は結局、補給だとあやつも嘆いていた。大食らいゆえ、朝鮮の地でのひもじい戦は辛かったろうな。
海を渡る戦となると、それだけ輸送手段に神経を使うというわけだ。我もそのあたりは肝に命じておかねばなるまい。
それにしても徒歩と比べて、運ばれるだけなら楽なように思うたが、座っていると尻が痛む。童子は寝転がれば良いが大人共は大変そうだ。
ルデキハ伯爵が派遣した調査隊は、調査が主体のものと、襲撃などを受けた時は伯爵へ報告に駆けるものと役割が分かれていた。
「ハルキで報告をお待ち下さい」
ハルキの町はデリーに比べて規模が大きい。団体客を受け入れる宿はいくつもあり、ラッハルトが我等の為に滞在用の宿を借り上げていた。
「宿の費用と食事代はルデキハ伯爵が出します。誾千代様は入り用なものをハルキで揃えると良いでしょう」
「うむ。伯爵の配慮、感謝するぞ」
滞在費用は伯爵が全て賄うようなものだ。護衛につけた者たちの分も含めて、全て領主持ちとなった。
その後の報告を聞けるのも助かるが、援軍となる息子の合流時間を稼ぎたいのだろうな。
「ふむ、少し色気を出しすぎたかのう」
「伯爵様は、誾千代さまが可愛いのですね」
アカネに言われるとどの意味かわからんのう。ルデキハ伯爵めが思うた以上に乗り気なのは良くわかった。
いまは目先の事に集中するとしよう。滞在の間に、我はアカネとワドウとホーネ側仕えとした。ヒイロにクロナと、セイドーにオウドを連れて、町へ買い出しへ向かう。
コバンにはアーガスの小隊にシロウを連れて、ハルキの冒険者ギルドへ不要な装具や素材の売却へ向かわせた。デリーでは規模が小さくあまり捌けなかったからだ。
ゴルドンとシバールは大人達と共に童子の面倒を任せた。ラッハルトらには命令権を持っているが、出発までは好きにさせた。
「ここで良かろう」
町中の開けた所まで来て、我らは休息を取るふりをした。目付役のラッハルトらには好きにさせたが、遠巻きに二人ほど我の後をつけていた。
「こそこそ隠れるよりも、人目の多い場所ならば安心じゃろうからな」
あくまで目眩ましの意味での話だ。見張っているもの達も隠し事を公の場でするなど考えておらぬからな。
「ワドウとホーネには風の魔法を覚えてもらう。二人共手を貸すのじゃ」
アカネの補佐にもなる。それと弓術を獲得し、短弓とやらを覚えさせた。
童子を戦場へ連れて行く以上は、戦力になってもらう。魔力の高い二人には魔法と弓を、残りの童子は弓と盾を扱えるようにするつもりだ。
「盾持ちならば、荷馬くらいは矢弾から守ってくれるだろうからの」
大人達は隙を見て槍を覚えさせる。屋敷とオークとの戦闘で、少しは扱えるようになっている。
指金によるスキルがあると、補正とやらで強うなるみたいだからの。
「クロナ、そなたには治癒師となってもらうが良いかの」
アカネでは掠り傷や弱い毒などは癒せても、深手は厳しい。魔法とやらの凄いのは、腕を切り飛ばされてもくっつけ治せる所だ。
専門のものがおるだけで、兵達も安心して戦えるというもの。
「お任せ下さい、誾千代様」
「我に知識がないゆえ、いまは大した回復魔法とやらは使えぬが、頼むぞ」
クロナが嬉しそうに頷いた。シロウも連れだしたかったが、コバンのやつにバレると面倒だからな。
「コバンは信頼なりませんか?」
ヒイロが不思議そうに訊いた。こやつはこやつで、あまり考えないので怖いものだ。
「指金の力を考えると、ザッコの価値と釣り合わぬのが一つ。今は従順じゃが、あやつは我を火種に変えようとしておるのじゃ」
ザッコにも我にも忠実なのはそういう事だろう。あやつは己の主を押し上げたい気持ちは強いのだが、その原動力が見えぬ。
ザッコに替わり情報源として生かしただけだが、奇行も隠れ蓑にしてそうだ。
「誾千代様のお目を疑うわけではないですが、あれはただの歪んだ愛情だと私は思います」
ヒイロよ、それは考えたくないのだ。やつめは具足や衣服が揃って顔を隠す必要がなくなっても、まだ我の着ていたボロ布を手放さぬのだ。
中央か地方の大貴族の手の者としておいた方が、我の心の均衡も保てるのだ。
「そこまで気持ち悪いのなら、解雇をお告げになりますか?」
「我の思い込みゆえ、使えるうちは使う。ザッコ領が落ち着いた時にでも身の振りは決めるとする」
もう一つの疑念、指金を持ち込んだのがコバンではないか……というのは黙っておく。我や貴族でもなく、指金を作った人物がコバンの真の主の場合だ。
我の勘でしかないが、指金めが臨機応変に変わりすぎる。
「あの〜、誾千代様。我々にも力を授けて下さいよ」
護衛がてら連れて来たセイドーとオウドが、共にいることを忘れてないか悲しい目で訴えてきた。
「そなたらは槍で良いではないか」
門兵どもは皆、戦闘能力が高めだ。槍と盾、それに弓か剣はたいてい扱えるので我の力は必要なかろう。
「そんな悲しい事言わんで下さいよ。ヒイロ様ほどではなくても、誾千代様のお役に立ちたいんですよ」
確かに我よりもアカネ達のためにも何人か強者は欲しいの。
「強制はせぬが……加護とやらは呪いに近いのじゃぞ?」
クロナやワドウやホーネのようにセイドーとオウドも我に信を寄せておる。
「ならばお前達は影護衛とやらをつけよう。戦の場ではヒイロが要じゃ。お前達は搦め手からの攻撃を凌ぐのじゃ」
童子となったいま、我には睡眠という時間の隙がある。ヒイロとて寝ずの番は厳しかろう。忍びどもは草となり潜むのが得意。二人にはそうした闇の戦いに身を投じてもらうことにした。
「……思っていたのとは違いますが、ありがとうございます!!」
「なに、お前達の適性とやらが闇に強いからそうしたまでじゃ。オーガを前に挫けなかっただけの事はあるの」
決してこやつらは強者ではない。だが、勇気あるもの達だと我は思う。我の力がどれだけこの者らに影響を及ぼすのかわからぬが、勇士というのは欲しても得られぬゆえに大事なのだ。