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第十五話 誾千代さま、デリーの町へ到着する

 我らは森から出てルデキハ領の境で再び野営を行う。翌朝、半日かけてルデキハ伯爵領のデリーの町へと到着した。


 先行していたアーガスが、町の門兵に事情を説明していたので足止めをされることなく町には入ることが出来た。


「賊徒共と違って、我々は正規の騎士や領兵隊ですからね」


 身元の保証はされておると言いたいのだな。武装はしていても大半は平民や童子。仮に暴れたとしても、町の守備兵で制圧出来ると踏んだのではないかの。


 童子の数も多いので、町の人間も含めた総がかりとなれば確かに勝てぬやもしれん。まあ初手から接近を知らせる馬鹿な賊徒はおらぬだろうし、戦わずに済むのなら良い。 


「ルデキハ領は果実の栽培が盛んなんですよ。行くあてのない大人や子供達を働き手や嫁として受け入れたい考えもありそうですね」


 アーガスも事情を説明する際に、能力の事に関してはあえて触れないようにしていた。大人達の身の振り先を考えた時に、単純な人身売買で攫われた事にした方が良いとの判断だ。


「ここへ来るまでの間に、シロウとクロナが大人達から意見を集めて回ってくれたんですよ」


 コバンが我の為に人員整理の傍ら頼んでいたらしい。妙な性癖は別として、ザッコの供回りは中々優秀なものが揃っている。


 一度は揉めたが、不安の一つが解消され気楽になったのかもしれん。


 あいにくとデリーの町の宿は大勢が泊まる設備のある所がなかった。そのため我らは町の守備隊の駐屯地へ案内された。


 デリーの町の駐屯地には守備隊が訓練で使う小さな広場があり、水場や厠が近くにあった。野営用の天幕や毛布などもあるだけ貸してくれた。よほど天候が荒れぬ限りは快適に過ごせそうだった。


 食料や具足などを奪って逃げて来た体を装っているため、ザッコの隠し蔵からひと財産奪った事は秘密だ。


 ルデキハ伯爵への連絡は、アーガスが来た時に町の守備隊がすでに伝達を行っていた。伯爵からの返事がかえって来るまでは、この町で待機する事になるようだ。


 もしザッコ領から追及されても、知らぬ存ぜぬを通すつもりなのだろうの。


「身分の差はようわからぬが、この町の領主とザッコは同格なのだろう。元侯爵家であるならば、伯爵連合とやらの盟主はザッコにならなかったのか?」


 設営が行われている間に、コバンやアーガスからこやつらの背景を今一度確認がてら聞いておく。


 いまは味方として求めているにしても、旗の振り方は変わるものだからの。


「ザッコ様は、そもそも跡継ぎとしてザンス侯爵家を継げていればまともだったんですよ」


 歪んだのは、弟を溺愛する父親のザンス侯爵のせいだったようだ。


「ザンス侯がザッマ様を可愛がるあまり、侯爵家を二つに分けてしまわれた。誾千代様も御領主様でしたのなら、それがどれほど悪手かおわかりですよね」


 我は身に沁みて知っておる。立花家の当主を、他所から来た馬の骨に明け渡す羽目になった惨めな記憶。


 挙句の果てにあやつと契を交わすように言われ、どれほど憤慨したことか。


 思い出すと一層腹が立つ。あれで無能だったのなら、我とて黙っていなかったものだ。


 あやつはまあ中々出来た漢だった。しかし武勇はともかく、当主としての才覚は負けたと思うておらぬ。


 我ならば立花の城を明け渡すような道に進む事はなかったと、いまも自負しておる。


 ────もう済んだ事だ。結局我は戦いに赴いたあやつと顔を合わせ、迎え入れてやることはなく死の間際におった。


 この異界に呼ばれたあの日、身体が妙に軽くて久しぶりに外へと散歩に出れたのだったな。


「誾千代様────?」

 

 いかんのう。我の中には憤怒と悔恨の情が眠っておる。過ぎた事にいつまでもこだわった所で、今いる世界に立花のものも城もないのだ。


「────うむ、なんでもない。つまり謀り事のきっかけは父親にあり、恨みからザッコは歪んでいったわけじゃな」


 ……認めたくないが、ザッコは我と同類なのだな。


「はい。領内で兄弟が争うだけならまだ良かったのですよ」


 ザンス家の内情はコバンが改めて説明する。ザッコとザッマは互いに牽制し旧領を取り戻す為に、貴族派閥を利用した。


 ザッマは自領の東にある公爵家に取り入り、いざという時の後ろ盾となってもらっていたようだ。


「ザッコ様は力のある公爵家に対抗すべく伯爵連合を打ち立てたのですよ。しかし元侯爵家とはいえ、ザッコ様は新参の伯爵。盟主についたのはこの地の領主様になってしまいました」


「それで胡散臭いと噂の中央貴族と手を組む事にしたわけか」


 伯爵連合など、盟主として手綱を握ってこそ意味がある。名を連ねているだけでは、良いように利用されて終わる事は発案者が一番よく知っていたわけか。


 時間に余裕があれば、いったん盟主の顔を立て、裏から操ることも出来よう。しかし弟のザッマは父親という最大の後ろ盾に東の公爵家と、ザッコより早く力をつけていた。


 ……改めて聞くと同情すべき点はあるが、犯した罪は裁かれて然るべき。苛立つ気持ちを攫った民にぶつけるなどもってのほかだ。コバンらもそれは承知しているからこそ、我に協力しているのだろう。


 ◇


 駐屯地の広場への設営が終わると、コバンから攫われた者達の処遇について相談に乗るように求められた。兵士達と違って平民ならば待遇は元の状態と変わらぬだろうに。


「ザッコを討った我が言うものではないが、お前達は結局どうしたいのだ。好きにせよとは言うたが、多少の助力はするつもりだぞ」


「誾千代様が新たな領主として立ち上がるつもりだと、コバンからは聞いております」


 コバンめ、本気でザッコの後釜に我を据える気だの。戦を起こすにはまだ兵が足りぬ。ルデキハ伯爵を頼ったのも、協力させ兵を借りる魂胆だったが、考えが変わったようだ。


 村などから攫われた大人や童子達は、帰れる所がある者もいるし、新しい土地に呼ばれる者もいる。


 少なくともデリーの町の人間を見る限り、ルデキハ伯爵とやらはまともな領主だと感じる。税の取り立てもいたって普通のようだ。


 身の振り方は好きにすれば良いと伝えてあったはずだ。元の暮らしに戻りたいというのならば、ルデキハ伯爵に協力させるつもりだ。


 ルデキハ伯爵の領地へ移住するにしても、便宜を図らせる。我とて鬼ではないからの。


「ザッコ領に親しいものがいないものはルデキハへ移住を、他のものは我々は誾千代様について行きます。元の村へ戻り、誾千代様についてゆくように村の連中を説得しようと思っています」


「ふむ、それは良いがルデキハ伯爵の条件を聞かずに決めてよいのかのう」


 どんな人物かなんて我にもわからぬ。だが良い領主かもしれん。我が気に入ったとしても、約束事を先に決める必要はないのだ。


「誾千代様は我々を見捨てる事も切り捨てる事も出来たのに、助けて下さいました」


「貴族……いえ、偉い人々は税を取る事はあっても、分け与えて持たせる事などありません」


「我々は誾千代様に御領主になっていただきたいと思っているのです」


「ルデキハ伯爵様が良い領主様だったとしても、誾千代様とは根本的な考えが違うように思います」


 災害などで食料の配給などはあるようだが、平民に金子を渡すことなどあり得なかったらしい。


 もっとも我のいた世界でも給金すらまともに支払われず、泣きを見る庶民は多かった。


 猿めの人気が異常に出たのは、抜群に金払いが良かったのもあるのだろう。


「勘違いしておるようじゃが、我が領主でも厳しく取り立てはするし、貰うものは貰うぞ?」


 お人好しの御し易い領主だと思われたのかの。それならば、認識を改めさせねばならぬ。


「わかっておりますよ。コバン殿も仰っていましたが、我々は誾千代様にならば全て差し出す覚悟にございます」


 どうなっておるのじゃ。指金の魔力のせいか?


 強力な呪いの中には、人を惹きつけ虜にするような類のものがあると言う。そういえば立花の城の者や、宮永の村の衆もやたら我に懐いてきおったな。


「魅了の魔法などではないですよ。ザッコ様にはなくて誾千代様にはあるのは、強さと公平性です」


 コバンはそう言って、我を擁立する利点を大人達に説いて回ったようだ。ルデキハ伯爵の後ろ盾などよりも、領民の後押しほど心強い味方はないの。


「なるほど……つまりコバン。そなたはルデキハ伯爵側も不穏な空気を持っていると読んだのじゃな」


 伯爵連合の話はザッコが持ちかけた。ルデキハ伯爵が簡単に承諾したのは、自分が盟主になる思惑の他に、ザンス侯爵の跡取り問題に利用価値を感じたのではないか。


「伯爵連合とやらは確か地方貴族が中心だったのう。つまり内外で王家の足下が揺らいでおるわけじゃな」


 我の解答にコバンが目を見開く。何をいまさら驚くのやら。


「我のいた国は、もっと血なまぐさい権謀術数に満ちていたものよ。それこそ国外海外の思惑まで含めてのう」


 どこで誰が何と繋がっておるのか、複雑に絡み合うので難解なのだよ。

 

 信頼出来る民が我の為に働くというのなら、我は立花のものとして応えてやろう。ルデキハ伯爵には悪いが、そなたらには中央貴族とやらの目を引く役割を担わせ、ぶつかってもらうとしよう。


 信奉度とやらが上がった。大人達の覚悟と信頼の証のようだ。何の役に立つのかは不明だが、立花の雷鳴を異界の地に響かせる目安になりそうだの。


 身の振りが決まっていないのは騎士や衛兵だったもの達となった。コバンとヒイロは我について行くとうるさいからの。


「我々は誾千代様の親衛隊としてお供を願います」


 アーガスらが覚悟を決めたようだ。忠誠とやらも、以前は曖昧な感じだったものが、いまは信頼が高くなったように見えた。


「よかろう。改めて名を聞くから順に名乗るが良いぞ」


「騎士をしとりますゴルドンです」

「騎士位のシバールと申します」

「衛士隊長のサフィです」

「同じく衛士隊副長トーパです」

「私は隊士のベリヘットです」


 セイドーやオドウら門兵も我らと残ると息巻いた。ふむ、アーガスには今名乗った三名の衛士をそのままつけるとしよう。大楯使いの騎士二人とセイドーとオドウはヒイロに任せれば良いな。


 残りのものはルデキハ伯爵に志願を行うそうだ。あまり他領の領主へ主を変えるのは好まれないのは我の国と似ているのう。


 今回は主を失っておるので窘められるような事はあるまい。それに彼らはルデキハに残る者達のために、力になるつもりのようだった。


 草となり働くとはなかなか良い心がけだ。まあなるべく平穏に暮らしたいのもあるそうだ。大人達も我の為にこの地に何名か残るというからの。


 我やコバンの話から我の為に、伯爵領に居を構えておくほうが無難だとなったようだ。


「成功を信じてますが、念のためといいますから」


「子供たちは全員ついて行く気満々ですが、足弱な子供は預かるつもりです」


「他領のものがうまく溶け込めるかわからんですからね」


 騎士と衛士に数名の大人がおれば別荘であっても我の立場にも格好がつく。話し合いの結果、大人十名が我に付いて行くと決めた。


 ルデキハ伯爵とやらの出方次第では、一戦交えることになるやも知れぬ。過剰な要求に我らが応える謂れはないからの。


 だが他領へ残り諜報を行うと言うのならば、我としてもこやつらに少しは配慮してやらねばなるまい。


 童子どもは何故か全員が我と共におる事を望んだ。足手まといになるので、童子らこそルデキハ伯爵領に残ってほしかったのだが……致し方あるまいよのう。


 説得の甲斐があって、童子の中でも幼い三名は折れてくれた。予定通り子供達は、ここに残るつもりの大人達が面倒を見る事になった。

 


 

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