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第十三話 誾千代さま、指金に物申す

 せっかく陣を築いたので、使える仕掛けはそのままにしておくように伝えた。追って来るものが、迂闊に掛かってくれると面白いものだ。獣ではないゆえ、それはないか。


「屋敷から運び出した食料は足りておるのか?」


 飯の支度をして、腹ごしらえした後に出発となる。大量に積んだと言っても荷馬一台分しかない。コバンの話では、ルデキハ領まで二日程の距離ゆえ一応持つはずだ。


 不安の原因は売り物になるからと、回収したオークの毛皮などで荷が膨らんだからだろう。やつらの毛皮は比較的重いからだな。


「食料はモリナマズとハネウサギが捕れるので、充分持ちますよ」


「モリナマズは清水に棲んでいて、栄養価が高いんです」


「そうか、ならば良いか」


 アーガス達が三羽程の野ウサギや鯰に似た魚をいくつか狩って来た。正直な所……うまい飯は好きなのだが、我は飯を作るのが苦手なのだ。


 むっ……指金め、料理値などという能力値をつけようなどと思うなよ? 


 ────つけた瞬間、握り潰して放り捨ててやるからの。


 我の殺気を感じ、指金もようやく空気を読んだ。魔法の理は良う分からぬが、ザッコのようなものに高価な指金をただで譲るわけないからのう。


 調理上手な女達が手早く血抜きを行う。子供達にも食べやすい大きさに捌いてゆく。持って来た穀物と混ぜて煮込み、スープにして皆で分けて食べた。


 異界とは言うものの、領主の別荘という屋敷には厨があって竈があった。棚には料理をのせるための皿もあったはずだ。


 我が国と違うのは箸くらいかの。まったくなくはないようだが、ザッコの屋敷には置いてなかった。


 貴族とやらは力のある名主のようなものだ。飯を作る場は城や寺社のように厨として専用の部屋となっておった。村のもの達の質素な暮らしの中でも、大抵は竈くらいはあるらしい。


 料理に関しては、慣れが必要だな。ザッコが溜め込んでいた食料や調味料の類は、高価で手に入らないものも多いようだ。我と共にいるもの達では、使い方がわからぬものもあったらしいの。


「料理人は屋敷の戦いの中で亡くなっておりまして」


 コバンの把握している料理人は二人いたが、どちらも戦いの中で死んでいた。逃げ出した所を悪行に加担していた南蛮侍に咎められ斬られたそうだ。


 うまい飯は兵どもの士気が上がる。行軍中はろくに食えぬ事が多いものだから尚更だ。この世界は、戦の最中はどうなのだろうか、気になる所だ。


 コバンよりヒイロ達の方が詳しいだろうから、後で聞いてみるとしよう。我とて腹に入れるのなら旨い飯の方がよい。村の衆が拵えてくれる餅は美味かった覚えがある。



 ────腹ごしらえをしっかりと済ませた我らは、ルデキハ伯爵領へ向けて移動を再開した。


 荷馬車の前をゆくのはアーガスと南蛮侍と門兵達の二名だ。小川を越えた事で、危険な魔物達が出没する可能性はグッと減るそうだ。


「いわゆる領境ってやつでしてね。魔物が増えるにも減るにも理由があるんですよ」


 我の側を歩くコバンが謎かけのように話しかけて来おった。まあ簡単な話じゃな。


「国境は兵の巡回も気をつかうものよ。いざこざを避けたいのは同じ。その隙を賊徒達や無法者が狙い、住み着きやすくなるわけじゃな」


「流石です、誾千代様」


「わかりきったことじゃな」


 褒められた所で嬉しくもないわ。オーガ達よりも悪知恵の働く連中が襲撃してくる可能性を考えて、布陣は考えている。


 我はアカネを側に、ワドウとホーネを後ろに連れて歩いている。他の童子達がその後ろの荷馬車周りを囲むように進む。


 その左右を大楯を持つ大人達が固める。左手はシロウが、右手はクロナが皆のまとめ役として動く。


 殿にはヒイロが三名の兵を連れて守っていた。守るため、警戒のためでもある。他にも道なき森の中で童子が転んで遅れた際に、彼女達が補佐に入るためでもあった。



 木々の生え方がまばらになりはじめ、もうすぐ森を抜けることになるのがわかる。この森がだいぶ歩きやすかった理由は、オーガやオークなど人間以外の魔物達が縄張りにしていたためだろう。


 魔物達が人里を警戒しているのか森の入り目、外周の方がむしろ荒れていた。大人達が盾を背に、皆で荷馬車の通る道づくりをしていた。


「それで、森の先の様子はどうじゃ?」


 その間に先行し、すっかり偵察になれたアーガス達が戻って来た。


「森の先は平和そのものでしたね。あとは野盗どもが、上等な隠蔽の魔法で待ち伏せしていないと思いたいっすね」


 アーガスも、鬼達が彷徨いていたのが気に食わない様子だ。召喚したにせよ従属させたにせよ、呼び出す側にはそれなりの実力者がいるのだろう。


「コバン、それとアーガス達はそのまま荷馬車に交代で休め。森を抜けた後は、あちらの領主に先触れとして行ってもらわねばならぬからのう」


 大半が素人とはいえ、簡素なものながら童子達まで武装した集団なのだ。無用の諍いは避けたい。


 冒険者とやらの傭兵団や、商人達ならば規模の大きくなる事もある。そういう集団は所属や身元がわかるように組織的に管理しているので、国内ならば大きな問題にならないらしい。


「打ち合わせ通り、誾千代様はザッコ様の隠し子としますよ。森の屋敷がオーガ共に襲われザッコ様は亡くなられたと」


 非常に不本意だが、我はあの醜い南蛮人の息女という扱いになった。競争相手が亡くなり、自分に庇護を求めて来れば、ルデキハ伯爵とやらも悪いようにしないだろう。頼るかどうかは実際に人物を見て決めれば良いからのう。


 ザッコには跡継ぎはなく、隠し子だとしても我は幼い。労せずザッコ領が手に入るとなれば伯爵は協力するはずだ。


 一番の気がかりはザッコの弟のザッマ子爵とやらだな。ザッコとザッマは兄弟の仲が悪く、ザッコは弟とも影で争っていたようだ。


 しかし兄が亡くなったとなれば、元々彼らの父が治めていたザンス侯爵領に戻り、ザッマが当主に返り咲くことになるやもしれない。


「もちろんそのためには王家の承認が必要ですがね」


「併合が認められる可能性はどれくらいじゃ?」


「ザッマ様の中央との繋がりがわかりませんから何とも。憶測になりますが、誾千代様が領主代行となるよりも高いかと思われます」


「ふむ。何の伝も保証もない隠し子など、どこからでも湧いてくるものじゃからの」


 そうした跡継ぎ問題に関しても、我の国と同じ悩みを抱えているようだ。


 我を取り込もうと考えるならば、ルデキハ伯爵もその辺は考えているはずである。


 ザッコの持っておったこの指金を跡継ぎの証と認めさせ、伯爵には介入させぬ方が良さそうだ。


 ルデキハ伯爵にすれば、ザッコ伯爵が亡くなり我とザッマ子爵との跡目争いの後、弱った側を叩けば得だ。そのためにも伯爵は我を認め、多少の支援はすると思われた。


 仕掛けたのは正直まだわからぬ。ただ力を持つ中央貴族とやらも案外狙いはザンスの遺児達の共倒れやもしれん。


 ルデキハ伯爵も棚からぼた餅を得る機会を中央のものにみすみす渡すような真似はせぬはず。


 ザッコは使い走りの小領主と組むつもりだっただろうが、あちらはそう思っておらぬかもしれんからの。


 コバンをはじめ、この一行の者たちには領主達の思惑や駆け引きはわからない様子だ。


 騎士とやらのヒイロやアーガスらが少し貴族絡みの話しに詳しいくらいか。


「コバン、ヒイロから話しを聞きたい。下がって交代せよ」


「わかりました」


 ヒイロには飯についても聞きたいから丁度良かった。側を歩くアカネ達は、話についていけず童子同士で雑談していた。


 バラバラに集められたもの達なので、牢獄では恐怖に震えるばかりだったので、初めて話すものもいるようだ。


 いまもまだ魔物や野盗に出くわす可能性があって怖ろしい様子だ。しかしそれは村で暮らしていてもあり得ること。


 野営した事で童子達も日常の感覚を取り戻し、会話の出来るくらいに心の余裕が生まれたのかもしれない。

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