第十二話 野営陣と連れ立ち語らうゆばり
────気がつくと、水のせせらぎが聞こえて来た。あたりは日も暮れて真っ暗になっている。二つばかりある焚き火の炎が、寝惚け眼にゆらゆらと揺らいで映った。
荷馬車は大きな幹の木の下につけられていて、馬たちは荷台を外されて休んでいる。眠たそうな欠伸をしながら、童子達が馬の身体を労っていた。
我とアカネの近くに、童子が二人ほど挟まるように眠っている。童子達は順番に眠ることにしたようだ。野営の場所も決まったようで何よりだ。
荷馬車の番に門兵と大人の二名がつき、火の番と周囲への警戒は大人達が交代で行う感じだ。大きな枝を集めて、野営を囲うように障害を作ってある。その切れ目にも見張りが立っていて、夜の森を注視していた。
彼らは皆で相談して、戦闘での疲労の大きい門兵や侍を、先になるべく休ませていた。
コバンは荷馬車の近くで手頃な岩に座りながら眠っている。我が近づいてもピクリともしない。だいぶ草臥れていたようだな。
ヒイロとアーガスも似たような格好だ。こちらは完全には眠らずに、気配を探っている感じがした。
「誾千代様、目が覚めたのですか」
アカネを寝かせたまま荷馬車を出て、我は焚き火の一つに歩み寄る。我の姿に気づき、火の番をしていたシロウが声をかけて来た。
「────尿じゃ。ついてくるでないぞ」
我の言葉にシロウが、「あぁ、すむせん」 と野暮な事を聞いて赤くなった。こやつも一応、我の事は童子でもおなごと認識しているのかのう。
「私がついて行きますね」
いつの間にかクロナが来て我の手を繋いだ。森の中の暗闇は、思っている以上に暗い。
万一逸れると狼や熊に襲われる。ましてここは異界の地の森。どんな化け物が出るかわかったものではなかった。
まあ我を出しにして、クロナも用を足したかったようなのは黙っておいてやったわ。
公家や猿の家臣らのような出自のおなごらは、樋箱など常に用意させていた。持ち運ぶのと用を足すのに幕を張り、後片付けを行う側女まで連れておるそうだ。
戦の役に立たぬが長きに渡る対陣の場で華やかなおなご達の舞は、敵の士気を削ぐのに一役買ったという。やり方は好かぬ。だが猿のそうした柔軟な機知だけは、我も見習わねばならぬ。
男も女も等しく戦に出るのは、我の世界とこちらの世界も変わらぬ様子だ。拐かしも、女や童子の方が多いのも同じ。異界も世知辛いものよの。
尿の事は別として、クロナの心配もわかる。一人で暗い森の中を彷徨うなど、攫ってくれと言っているようなものだからの。
「ついでじゃ、我の眠った後の話しをせよ」
用足を済ませ、人のないことを確認してからクロナに問う。こやつらの事、コバンやヒイロに伝達役となるよう言いつかっておるはずだからの。
「少し揉めましたが、予定通りヒイロ様とコバン様が指揮を取って移動を再開しました。アーガス様も偵察から戻っていたので、この場所を案内してくれたのです」
「怪しい動きをするものはおらなんだか?」
「兵士と大人達の一部が少し不満を。あっ、でも誾千代様にではなくコバンさんや騎士達に……ですよ」
まあ、そう言う事にしておくとするか。一応、我に対して大人達は恩義を感じている様子だ。童子達は完全に我になついているらしい。
「下っ端の門兵らはどうじゃ? 我により仲間を殺され、先程もテクズを死なせてしまい、文句はなかったのか」
強さには従っても、隙を見せれば容易く討てるものだ。心服しているように見えても、心変わりなど人の常と言うもの。そうした事をこの指金はわかっておらぬから、あてにならぬのだ。
我が腐したせいか指金が熱い。我の指を焼くつもりならば、川へと投げ捨てるぞ。
「誾千代様の言う……夜の闇に紛れて反抗する人も、物資を奪って逃げようとする人も、今の所はいませんでしたよ」
「ほほぅ、なかなか統制の取れたもの達だったようだの」
「……というか、コバンさんが気持ち悪い事を熱く語りだしたせいで、逆に皆の意志が高まったんだと思います」
コバンが何をほざいたのか、凄く気になるの。おそらく忠義とはまた別な考えで、皆は動いておるのかもしれん。もしあやつがそれを狙ってやったのなら大したもの。見る目を改めぬばのう。
いまも我が抜け出した事により隙がある。殺すつもりなら絶好の機会のはずだ。手練れのヒイロやアーガスも側にいないからのう。
我がいなければ、コバンらも多勢に無勢、脆いものだが騒ぎの声は聞こえなかった。
……動きがないのは、たんに昼間の戦闘続きで疲れ過ぎたのが要因やもしれんな。農兵どもが慣れぬ戦で張り切り過ぎてへたるのを、よく見ていたからわかる。
「別に理由があるとするなら、衛士のセイドーの言葉が当たってそうです」
「オーガの時にいた門兵じゃな」
「領主屋敷の戦闘で亡くなったものの大半が、領主のおこぼれというか、悪事に加担した人だったようなのです」
クロナが言葉を濁す。ザッコによって慰みものとされたものを与えられたか、やつに内緒でもっと酷い事をやっておったのやもしれん。
ザッコがいなくなると、そうした悪事が明るみに出るだろう。捕らわれた時に処罰を受ける可能性は大きい連中だ。
ヒイロが反発したのも、それを察したか揉めたかしたのだろうな。オーガに殺されたテクズとやらも、程度が違うだけで、あくどい行いをしておったようだ。
「悪い奴らは悪いなりに、必死に抵抗しようと足掻いておったのじゃな。迷惑な話よのう」
残ったこやつらが信頼出来るのなら、我の配下に加えて一旗あげるのに合力を頼みたい所だ。この森はこやつらの練度をあげるにはよい場所かもしれん。
クロナの話しを聞き、我は今後の事に頭を巡らせる。いまの所はこやつらには叛意がないとわかったので、再び眠ることにした。
童子は眠るのも生業のうちだからのう、許せ。我とクロナは野営地に戻る。我はアカネに掛けた毛布に再び共に包まり、目を閉じた。
慣れぬ野営での一夜であったが、皆、それぞれ無事に一晩過ごせたようだ。
夜が明けてから野営地を見渡してみて、昨夜クロナが付き添ったわけがわかった。
「しっかり戦える野営陣が出来ておるではないか」
夜が明けて野営陣を観察してみると、防衛体制が築かれていた。
簡素だが枯れ枝葉を集めて積み固めて出来た塀が、荷馬車を中心とした陣を囲っている。
防御力はないが集団に囲まれた時に火を放つだけで炎の壁に変わる。森林に燃え移らないように塀周りの草木も狩り取り、罠の役割を果たしていた。
通路も四つ程あったようだ。その内の三つは罠が仕掛けてある。昨夜通ったのは罠のない進路であり、襲われた時の退路でもあるのだろう。逃げたいのは屋敷跡の方角ではないからな。
簡素だが、魔物も人もわざわざ壁を通りたがらないものよ。雑に枝葉が積まれているので、賊徒ならば押し通る際に傷だらけになるだろう。
出発してしまえば使うことはないが、心の安らぎは大事だ。
「水場も確保しつつ上手く囲ってあるのう。やるではないか」
「囚われていた村人達の中に防柵づくりに慣れたものがいたのです」
いまの我らは身分はあってなきもの。その場の状況に適したものに、皆が従ったようだな。
童子達の寝床も、荷馬車の近くに大楯で壁を作ってあった。何を揉めたのかは知らぬ。だが守りたいもののは皆同じのようなので、我も安心したぞ。