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第十一話 我の眠る間のひと悶着

 ────オーク達との戦いの中でも荷馬を引く二匹の馬は大人しくしており、どちらも無事だった。怯えていたのを、馬の扱いに慣れたものが落ち着かせていた。


 誾千代やアカネ以外の子供達の半数は、荷馬車の屋根の干し草の上や、荷の隙間を見つけ寝込んでいる。


 誾千代がその荷馬車の荷台に潜り込んで眠ってしまった後、彼女の眠る荷馬車を囲んで兵士と大人達の会議が行われていた。


「このままルデキハ伯爵の所へ行った所で、我々は縛り首になるのではないか?」

「領地に残して来た妻子はどうなる」

「俺達も助かったのなら、村へ帰りたい」


 誾千代を守るように、荷馬車の前に陣取るのはコバンとヒイロ。偵察から戻ったアーガス。それに誾千代とオーガ達の戦いを見たシロウとクロナに衛士のセイドーとオウド。


 眠る場所がなかった子供達は荷馬車にくっついて固まっている。大人達の様子に心配そうに成り行きを見守っていた。


 不満や不安を抱えた大人達が、騎士や衛兵と一緒になってコバン達に詰め寄る。眠りについた誾千代が危惧していた通りの状況になっていた。


 魔物の襲撃という危機によって、一時は皆は団結もしていたし、気分が高揚していた。危機を乗り越えた連帯感は、束の間の夢のようだった。


 ────そもそもの成り立ちが囚われたもの達と、囚えた側のもの。


 コバンは領主であるザッコの側近として、共に悪行三昧に加担した。彼自身が死地に立ったのは、悪行の報いを受けたのだと覚悟を決めただけ。


 いま積み重ねた行いの糾弾を受けるのも、たんに悪行のツケが回って来たのだと思っていたのだ。


 彼らの不満がコバンへと向けられるのはわかっていたので、誾千代は心配していたのだ。彼は彼女の優しい心根に忠心をさらにあげる。


 それが騎士たちや衛兵には気にいらない。囚われたもの達は尚更だ。


 悪徳領主のザッコに従って悪行を共に行いながら、誾千代に媚びる卑怯者────そう詰られるわけだ。


 誾千代の庇護がなければ、とっくにコバンは殺されていた事だろう。


 誾千代の言いつけを守れずに会議など行う時点で、彼らの狙いは明らかだった。誾千代が眠ってしまった今、彼らは裁くべき相手に気がついたのだ。 


 一連の事件について、責任問題の追及がはじまる。日も暮れて来て、急いで野営の準備をすべきなのだが、それはコバンからは言い出せない。


 才能はあっても、人の愚鈍さは変わらぬもの。コバンは眠る誾千代を背に思う。彼女を害するものなどいないと思いたい。コバンは裁きの終わりまで、この方の側を離れる気はないと自らの心に誓った。


「いい加減にしないか、お前たち。我々は誾千代様の慈悲と、ご活躍があって生き延びたのだ。生命があるだけマシだろう」


 意外な援護が入った。誾千代様の側近を自負するヒイロが声を荒げた。


 彼女の背には眠たそうに目を擦りながら、心配する子供達がいる。救われた生命がわかりやすい立ち位置だ。


「許せとは言わないが、子供達の安全の確保をまず行うのが大人の役目じゃないのか」


 アーガスもヒイロを援護するように加わった。誾千代の言いつけを守り、先に野営の準備を整えてから話せばよいのは確かだ。


 ただ残念ながら二人共、騎士の側。説得力に欠けるとコバンは思った。 


「貴族なんて似たりよったりだが、誾千代様は違う。俺達は誾千代様について行くよ」


 シロウとクロナがコバンの前に立つ。彼を守るためではなく、誾千代を守るためだ。彼らは誾千代の活躍を目の前で見ている。


「皆さん、落ち着いてほしいのですよ。誾千代様の考えは既に皆さんに伝えていますよね」


 コバンは興奮する大人達を落ち着かせるように誾千代の言葉を反芻した。初めから彼女は去る者は追わず、好きにさせよと言っていたではないか、と。


 捕らわれていた者たちが、領主邸から逃げ出す為に兵士を何人殺害していようと罪に問われないだろう。悪事は領主の側にあるからだ。


 しかし領主のザッコを殺害した誾千代は違う。彼女は召喚者であり、囚われた者でないからだ。それに貴族殺しとなると、極刑になる可能性もある。


 誾千代について行く事の意味を、コバンは改めて集う者達に説明を行った。あの方は皆のためにあの小さな身体で罪を背負いながら、一人になる事を是としたのだから。


「私が言えた義理ではない事は、百も承知しております。ですが安全な地へ逃れるまで、誾千代様に協力していただけませんか」


 安全な場所まで逃げおおせた後なら、自分を煮るなり焼くなり好きにすればいい────そう告げた。


 コバンは自分達を解放してくれた誾千代のために、私怨を忘れて動くように懇願した。誾千代のために生命を賭ける覚悟は、もうシロウやクロナが知っていた。


 悪行の罪は消えたわけではないけれど、衛士達も大人達も今は引き下がってくれた。彼らは皆、誾千代には恩義を感じているらしい。


 そしてどんなに強くても、わずか七歳の子供なのだと、寝入るあどけない姿をみて我にかえったようだ。


 だが、せっかく説得が成功したと言うところでコバンが急に語りだした。


「ふっふっ……皆さんにも、わかりますよね。立ちはだかるものには容赦ない苛烈さと、この頬擦りをしたくなるような愛らしさ。醜いザッコ様のような貴族や、偉そうなだけの村長にいいように使われるよりも、私は誾千代様こそ主として使えたいのですよ。あの痺れるようなお声をずっと聞いていたいと、皆さんも思いませんか?」


 誾千代の話しぶりから、転生前は貴族だったとわかる。アカネ達、子供のなつき方を見れば名君であっただろう事も。


「────コバン、お前……」


 コバンに向けられるヒイロとクロナの目が急激に冷めた。衛兵や大人達も関わってはまずいものを見る目になった。子供達はコバンの気味の悪さを、肌で感じて震えていた。


 コバンはもう誾千代にさえ仕えることが出来れば、他人からどう見られようと構わないと堂々と宣った。


 

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