第十話 誾千代さま、眠気に敗北する
────こやつは指金の真似をした、あやかしか何かかもしれんな。
我の能力を最初から見誤っておるし。慌てて槍、刀、弓、馬術、砲術、体術などをつけおったわ。この分だと、ステータスとやらもかなりの誤差がありそうだ。
あやかしは見てくれで騙すものがいるものだ。我もそう簡単に騙されぬように、注視せねばならぬのう。
「誾千代様はそう仰いますが……指輪は、わりと正確に力を測れるはずなのですよ」
コバンが首を傾げる。そうやって盲信するとは馬鹿なやつよ。そもそもザッコが使用していた時は、強さと魔力の有無しか測れなかったらしいではないか。
「────ふんっ、立花の力を指金ごときが簡単に測れるはずがないのじゃ。まあ……他のものの力を測るには都合が良さそうじゃから、まだ捨てはせぬがのう」
指金は売ってもかなりの財産になるようだ。この世界での生活に慣れた時には売り払ってしまうとしよう。
何やら指金が勝手に震えた気がした。今更何を震えおる。売られて困るのは指金であって、我は困らぬからの。
真面目にやらんのならば、潰して鋳直しても構わんのだぞ。我を甘く見る指金には喝を入れておいた。
骨の折れる作業と素材回収を終えて、我はコバンらと荷馬車へ戻る。
「誾千代さま〜!!」
涙を浮かべたアカネが、木の根に躓き転ぶのも構わず我に突撃して来た。
我がうまく受け止めねば、頭同士ぶつかって惨事になるところだったぞ。アカネの顔は、涙と泥とすり傷でグシャグシャだ。
「何を泣いておるのじゃ。せっかく敵を討ち果たしたというのに粗忽ものめ」
童子だろうが、むやみやたらと泣くものではないと、我はアカネの額を指で軽く弾いた。
「だって、誾千代さまがおっきなオーガと戦って大変だって、コバンがぁ」
コバンめ、ろくに説明もせずに人を連れ出したようだな。まあ済んだ事だし良かろう。
それにしてもこの短い時間で、アカネはずいぶんと我に懐いたものだのう。頭を撫でるとすぐに泣き止んだわ。
荷馬車に陣取る童子達も全員無事だ。矢弾の類がなかったので被害もなく済んだようだの。我の顔を見てアカネ同様安心した表情を浮かべた。
戦闘を乗り切った事で、領主側の侍達と、拐われた側の大人達の軋轢も少しは緩和されたようだった。
魔物や賊徒やらがいる森。油断は出来ぬが、協力して対処するのはよい傾向だ。それにしてもこやつらの、我への賛辞が凄いのう。
「オーガ三体一人で倒したそうだ」
「誾千代様は異界の勇者なのかも」
「いや英雄〇〇の隠し子だよ」
「我らに遣わされた救いの主かも」
何やら興奮気味に盛り上がりをみせておるが、倒したオーガは二体だ。それに手が空いたのなら、守りやすい所までさっさとゆかぬか、たわけが。
いまの我は声援に応える余裕がない。ちと不味い事になって焦っていた。アカネを脇に抱えながら我はコバンを呼ぶ。
「……コバンよ、困った事があるのじゃ」
「何でしょうか」
困り事と聞いて、コバンの顔が緊張する。思わぬ敵が現れたのだから仕方がないのう。
「我は今、もの凄う眠いのじゃ。まだ野営の場所を確保しとらぬし、眠っとる間に寝首を掻かれるやもしれぬが……後はヒイロとぬしに頼んむこととする。我は眠るぞ」
「……はぁ?」
コバンの返答など待てぬ。酷く眠くてたまらん。童子の身体でも、我は強かった。
しかし、この幼き童子の身体の弊害は睡眠だった。我は荷馬車の荷台の隙間に潜り込んだ。
「ちょっ……誾千代様?!」
慌てるコバンにあとは頼むしかない。無防備な事この上ないが、度し難い眠さが我の身体の動きを鈍らせる。
このまま隙だらけの寝姿で、寝首を掻かれたのなら、それはそれまでの事。武運尽きたと、諦めるしかなかろう。だから我は、眠った後の事はコバンとヒイロに任せた。
「アカネ、おぬしも側で眠るがよい」
「はい、誾千代さま」
嬉しそうにアカネが頷く。地下牢で我と共に行動していたので、他の童子よりも疲れているようだ。アカネは素直に従い、我にピッタリとくっつくと深い眠りについた。
我が完全に眠りにつくまで、コバンがブツブツ言いながら慌てていたが、丁度良い子守唄になったようだ……。