第一話 我は立花 誾千代なり!!
────……あやつとはあの日を境に会う事はなかったな。あれはあれで一角の将になった。
主家敗れ、いまは不遇をかこつとしても、あやつを慕うものは多い。
父上が認め我が惚れた彼奴ならば、いかに情の薄い狸も人柄を認め、抑えておきたくなるに違いないからのう────
「はて、我は井戸に水を汲みに来たはずなのだが。ここはなんじゃ、牢獄か?」
ぼんやりと考えごとをしながら歩いていた我は、水を汲みに井戸へ来たはずだった。
ふと見上げた美しい月に雲がかかり、雷鳴が轟いた……そこから記憶がトンとなくなっておるようだ。
「妙に匂うし……我の身体が縮んでおるではないか!」
暗がりの中、我は自分の手足を見つめる。ぼんやりだがわかる。慣れ親しんだはずの身体が、妙に小さい事に気がついた。
それにカビ臭い匂いと、あたりに漂う汚水の刺激臭が鼻につくようだ。錆びついた鉄の格子の先には、部屋の様子がわかるくらいの光源がぼんやりと浮かび揺らぐ。
どこからか啜り泣く人の声が響く。虜となったの者達が我の他にもいるようだ。醒めざめと泣く声を馬鹿にするような、門兵らしき声が聞こえた気がした。
「やはり……牢獄か」
我のいる部屋はさほど広くない部屋だ。粘土を焼いたような壁で出来た牢獄。拳を打ちつければ脆く割れそうだった。素手で穴掘りするには難義しそうだ。それでも最悪ぶち壊して堀すすめるしかなかろう。
我を欲するのは猿亡き今、狸の手のものか……まあ誰でもよいわ。それにしても我の身体、どうなっておるのだ。囚われると、手足が童子のように短くなるものなのか。着ている物は泥のように薄汚れたボロ一枚のみ。
「ふん。立花の誇りは、たとえ泥にまみえ身体が幼くなろうとも、汚されはせぬからの!」
我が立花の誇りさえ纏っておれば良い。たとえ拐かされたとしても、自分を見失わなければ乗り切れるというもの。
童子の身体は不便だろう。しかし我の身体を蝕む痛みがなくなって、活力に溢れていた。
「しかし酷く臭いのに、腹が空くとは難儀じゃ。この所、食せぬ日が続いておったゆえ、腹がなるのは久しぶりじゃな」
具合が良くなると、とたんに身体が食い物をくれと叫び出した。我ながら情けない話だのう。童子の身体のせいか、成長のために身体が食を欲する道理には逆らえぬようだ。
「……むっ、誰か近づいて来ておるようじゃな」
牢番か、我を拐かす不届き者か。捕えて嬲ろうものなら返り討ちにしてくれよう。我は力を貯めるべく身構え、静かに足音の主たちを待つ。
やって来たのは南蛮人の男二人のようだ。一人は熊のように、デカいのう。
「なんだ、これは。女──それも小娘ではないか」
熊が喋った。流暢に我の国の言葉を話しよる。見た目は黄金色の髪の南蛮熊侍だが、賢いのかのう。
「ですが七歳で高い数値ですよ」
灯りを手にした熊より頭一つ小さなやわな男が、我の姿を見る。七歳……だと。やはり我の身体は、童子になってるのか。
それにしても……なんだこやつらは。牢とはいえ、立花の真の当主たる我を前に、いきなりやって来て無礼な奴らめ。
偉そうな熊侍めは、青の瞳で無遠慮に我を見る。好色そうな俗物は猿も熊も変らぬのう。それにしても南蛮侍の特徴に近い姿に、豪華そうな反物を羽織っておる。
側仕えらしき、背の低い方は髪が赤金色に土色のような感じだ。肌は我と似ておるが、血色は良くない。
南蛮人にしてはどちらも太かったり細かったりと、締りのない身体をしておるようだ。デカいが方は肉が腹からはみ出しておるではないか。
小柄な男は逆に痩せ過ぎて、あれでは戦う前に倒れるぞ。見せかけだけのデカい図体か。そのような虚仮威しの身体では、我を捕えておき続けることなど難しいという事を見せてやろうぞ。
我は蓄えた力を開放するように、南蛮人に向けて弾け飛ぶ。おぉ、身体が軽い。
「ぐぎゃ!」
────うむ。下卑た髭のある顎を蹴り上げるつもりが、縮んだ身体では珍妙な物を蹴るに留まったようだ。幼き頃には、今と変わらぬ童子だったのう。あの頃も、人攫いども相手に苦労したものだからの。
「この小娘、ザッコ様に何て事を」
────ドカッ!
主より遅れを取るとは不忠者め。身体を張らねば近習は務まらぬぞ。側仕えの者には始めから、珍妙な物への前蹴りで黙らせた。
う〜む、童子の身体は難儀な大きさだ。しかし身体を蝕む痛みもなく、動きやすい。これなら牢を破ることなど容易いことよ。
「賊徒共に、立花の者は遅れを取らぬわ!」
我は立花と共にあり。どうやら怪しげな術で我を虜にしたようだが、猿だろうが狸だろうがこの身、好きにはさせぬぞ。
我は倒れ伏し気を失うた南蛮人達の脇腹に、とどめの蹴りを入れた。声にならない呻き声が蛙を踏み潰したようで気色悪い。
「ちと臭うがこやつの衣服、上反物のようじゃな。我の戦利品として、貰っておくとするかのう」
南蛮の賊徒の割に、着物は派手だのう。巷で流行っとる傾奇者崩れか。我を相手に丸腰なのは勇気を認めてやろう。
う〜む、異人共に捕らわれるなど士道不覚悟じゃと、あやつに笑われそうだのう。ここは一人で脱出してみせ、誹りを受けるのだけは避けねば成らぬのう。
我は着物をもらうついでに、こやつらの身包みを剥ぐ。ここがどこかわからぬ以上は逃げるにも、路銀はいる。刀はなくとも高価な着物や使える物は売れるからの。
ほう────これは南蛮物の指金か。これは美しい形の珍貴なものよ。ふむ、付けてみるとするか。
我とて、おなごだからのう。身綺麗に飾るのは嫌いではないのだ。あやつにからかわれてからは、着飾る姿など見せてないがのう。
「……ほほう、面白い。これは文字か!」
指金には、何やら細かな文字が刻まれていた。はめてみると妙にしっくり来る。
「南蛮の物とも寺の物とも違うようじゃ。何故か我でも読める」
不思議な絡繰なのだな。この文字……どこぞで幼き頃に見た事があった気がするぞ。
……はて、どこで見たのやら思い出せぬのう。
『ステータスを確認して下さい』
「なんじゃと、この指金、喋るのか?」
ふむ、これは伴天連共の新技術とやらかもしれぬ。指金が光を差して、気を失っておる南蛮人に当たる。
デカい図体から、我の脳裏に文字と数字が浮かぶようだ。我にはなんの意味があるのか、さっぱりわからぬがのぅ。
指金の光が消えた。文字は読めても意味がわからぬ。暗がりでの提灯がわりにはなるだろう。
「まあ良い、鍵も見つけた事だ。さっさと臭い牢屋から出て、飯を食うとするか」
おっと、いかん。その前にむさい悪党二人を縛り付けておかねばのう。この付き人の服で縛るとしよう。騒ぐといかぬから、口も塞ぐぞ。
「────これでよし、と。せっかくじゃ、牢の鍵も締めておいてやるか」
南蛮人のむさい身体など、見て愉しいものではないのう。我の着ていたボロで、潰れたものは隠してやった。
「さて、まずは情報集めじゃな。この暗がりから察するに、やはり我は地下牢に閉じ込められておったようじゃ」
他にも虜が幾人もいる。我と同じように、お世辞にも良い状態とは言えぬな。呻いたり啜り泣くばかり。牢番と戦ってでも、牢から出ようなどと思わぬものはかりか。
童子なども多い様子だ。ならば仕方ないかの。我は囚われた者たちの檻の鍵を順に開けていく。助かりたければ自分から動くと良かろう。
囚われたもの達が無害なものとは限らぬ。我と違って悪人罪人やも知れんからのう。我と共に行動を促すのは別な危険もある。精々陽動になってもらうとするか。
檻から出られるとわかると、動ける者達が何人か一斉に逃げ出す。無手で牢番に挑むのなら、好きにするが良かろう。
大人達の後から我のような童子が数名続く。こちらは警戒していて足取りが重い。
我は静かに闇に姿を隠して後をつけた。壁に灯された松明の灯りに沿って行けば出口のようだ。
黴と獣臭い地下牢から上への階段を登ると、眩しい陽の光に目が眩む。そして光を遮り、争う人の姿も見えた。
「召喚者が逃げ出しているぞ!」
「伯爵様はどうされたのだ?」
「魔導顧問を呼べ! 制御魔法を作動させるんだ」
うむ、やはり無法者の仲間がおったか。人数は脱獄組が上だが、やはり無手では厳しいだろう。ならば数のある内に敵の数を減らさねばのう。
「ふっ、我が名は誾千代なるぞ。立花の誇り、見せてくれるわ!」
立花の誇りこそ我が刃。得物なぞ無くとも、我の力に不足などない。者共、立花の力をよく見ておくがよい。
我の名乗りに門兵が怯む。明かりが不十分なためか、こやつら我の事見えてないようだ。
門兵どもが動揺をしている間に、我は囮の男の陰から門兵の背後を取る。後ろから膝に蹴りを食らわせ、倒す。首の根を踏み抜き意識を奪うと、持っていた槍と腰の剣を奪う。
「槍はこう使うのじゃ!」
槍を得た我は、四名の門兵を逃さず倒す。見張りの門兵などに、我が遅れを取るわけはない。
「そこの童子ども、こやつの具足を取って使え」
我とさほど変わらぬであろう童子をつかまえ、門兵の具足を着るようにいう。皮のようなものに鉄を貼り付けた簡素な具足だ。
童子には大き過ぎるが、ばらして紐で括り付ければ心の臓など守るに足る。
「戦いは大人どもに任せるのじゃ」
童子共が悪さをしたかどうかはわからぬが、薄明かりに輝く瞳は澄んで見えた。
優先すべきは我は自身だ。すまぬが我もいまは童子。お前たちを助けるには、ちと手が届かぬ。道は開くゆえ、自らの身は自らの力で守るのだ。
────次々と湧いてくる蛮族じみた門兵共を、手に入れた槍で殴りつける。童子の身体ではあるが、力が溢れるようじゃ。今ならあやつもこの腕一つで倒せそうだ。
逃げた大人達が死にもの狂いで戦う間に、我に続く数名の童子が、門兵の具足を奪い身につけていた。
正しいつけ方でないからだろう、ぶかぶかな具足に着せられて不恰好な様だ。それでも何もないよりは良かろう。身につけるだけでも、心強うなるものだからの。
「具足が落ちぬよう紐で身体に巻き付けるのじゃ。そこの童子、手伝ってやれ」
怯える童子の中にも肝の座った童子がおるものだ。彼女に童子の面倒を任せ、我は大人達の加勢に向かう。
いつの間にか我を先頭に童子の兵隊が出来てゆく。大人達は奪った槍や剣などの得物を手に、我と退路の確保へと向かう。
騒ぎを聞きつけたのだろう。門兵よりも装備の整った、南蛮の侍が数名駆けつけて、地下の出口付近へと陣取った。
「……あれらは強いようじゃな」
先に仕掛けた大人達二名が、大盾に阻まれた。そして大楯の隙間から短めの槍を繰り出されて、次々と突き刺されて生命を落とした。
「なるほど。狭い出入り口では、あの盾と小槍は有効じゃな」
防御の為より道を塞ぐのに大盾を使うことは有効だ。なかなか敵もやるようだ。広さのあった牢獄の通路などと違い、出入り口は数で囲めぬ。
こちらの攻撃を二人ないし三人で大盾の壁を作って防ぎ、隙間から槍で刺す。単純だが戦いに不慣れな様子の逃走者には為すすべがない。
「厄介なのは大盾持ちの十名か」
飛び道具がないだけマシのようだ。眩しく光る景色が盾の隙間から覗けた。牢獄の土壁と変わり、屋敷の木壁らしき通路に通じる出口のようだ。光の先にも十名以上の南蛮侍がおるように影が揺らいだ。
門兵含めて、外への出口を固めていたのは総勢三十名以上。こちらは門兵の具足を纏った童子が五名に、槍を持つ大人が八名、我を入れても十四名にまで減った。
「お前達に勝ち目はない。投降せよ!」
人数は半分以下か。南蛮侍の声に大人達が戦意を失う。戦力も装備も上回る相手。
だが────この立花 誾千代、例え千の敵に囲まれようと断じて退かぬ!
お読みいただきありがとうございます。
この物語はなろうラジオ大賞5にて投稿した千文字作品の連載拡大版となります。
戦国の女武将そして女城督、立花誾千代が異界に転生をするとどうなるのか。そんな妄想話となります。