新婦と新郎と宇宙生物ハンター
銀河系で一、二を争う資産家のミス・レッドライディング・フッドが宇宙旅行の最中に行方不明となったニュースは天の川銀河を文字通り光速を越える速度で駆け巡った。続いて根拠のない憶測が飛び交う。もしも死んだとしたら、彼女の遺産はどうなるのか? いや、機械の体を手に入れ文字通り不老不死となっているのだから彼女が死ぬことはありえないわけで、遺産相続の問題は発生しないのではないか? いやいや、不老不死の体でも事故死はありえる! 待て待て、彼女には親族がいないから財産は政府のものになるのではないか? しかし天の川銀河に統一政権はないから資産は各惑星の自治体が没収するのでは? 不動産はそれでいいとして恒星間企業グループはどうなる? 解体されるのか? 知的財産権は誰の所有となるのか?
そんなこんなの噂が聞こえてこない深宇宙の片隅で宇宙生物ハンターのセウアズール越後俵屋は壊れた宇宙船のエンジンを直そうと悪戦苦闘していた。このまま機関が直らなければ彼の生涯は幕となる。救難信号を発しているが定期航路を外れた場所を漂流中なので、その微弱な電波が他の宇宙船に探知される可能性は極めて低かったからだ。
何度目か分からない人生最大の危機を前に、セウアズール越後俵屋は普段と同じように言ったところで何がどうなるわけでもない愚痴をぼやき続けていた。珍獣狩りなんてバカな仕事は今回限りで引退するとか、こんなことになるのだったら相手は誰でもいいから結婚しておけば良かったとかの、無意味な戯言をピンチのたびに毎回ぶつぶつ言うのである。謎の通信が入ったのは、信じたことが一度もない神を罵っているときだった。修理道具を放り投げ携帯通信機にかじりつく。
「もしもし!」
「ピザの配達なんだけど」
「違います!」
キレて反射的に通話ボタンを切ってからセウアズール越後俵屋は激しく後悔した。間違い電話でも悪戯通信でもいいじゃないか! あ~もう一回連絡が入んないかな~と願っていたら、再び通信が来た。
「はいはい!」
「ちょっとアンタ、電話をいきなり切るなんて失礼じゃない。店長を出して。アンタを首にしてもらうから」
嫌味な女だった。しかし、ここでキレるわけにはいかない。
「個人営業なもので店長はいません。ピザのご注文でしたよね? 注文をお伺いしましょう。ですが、お時間が掛かりますよ。現在、宇宙を漂流中ですので」
冷凍ピザがあったはずだ、とセウアズール越後俵屋は考えた。それどころではなかったが。
「あらなに、漂流してんのアンタ」
電話口の女は興味津々といった口調で訊いてきた。セウアズール越後俵屋は肯定した。
「そうなんですよ。それで、救助をお願いしたいのですが」
相手は黙り込んだ。セウアズール越後俵屋は耳を澄ませて向こうの状況を聞き取ろうとした。相手の女は他の誰かに相談しているようだ。ざわざわといった声が聞こえた。何を言っているのかは聞き取れない。やがて相手が出てきた。
「レーダーで位置を確認したから、救助に行くわ」
「ありがとうございます!」
しばらく待っていたら大型の超高級宇宙ヨットが近づいてきた。相手さんはお金持ちだ! とセウアズール越後俵屋は思った。レンジで温めたピザを皿に移した彼は、これがお礼になるかどうか思案した。そのうちエアロックが開いた。向こうの超高級宇宙ヨットの乗員である人間型アンドロイドたちがセウアズール越後俵屋の宇宙船内へ入って来た。
「修理機材を持ってきました。それで直せるようなら良いのですが、駄目なら近くの宇宙基地まで曳航します」
アンドロイドたちに言われたセウアズール越後俵屋は恐縮した。
「お礼にピザをお届けしたいのですが、ご主人様はお会いしてくれますか?」
一体のアンドロイドがセウアズール越後俵屋をヨットの持ち主の元へ案内した。豪華な照明の輝く立派な部屋だった。客室なのだろう。そこには美貌の青年がいた。
「君が漂流者か。妻から話を聞いた。修理が出来るようなら、このまま立ち去ってくれ。新婚旅行中なんだ」
「ハネムーンのお邪魔はしませんよ」
そんなことを言いながらセウアズール越後俵屋は違和感を抱いた。相手が自分を恐れているように思えたのだ。狩人を警戒する獣を見ている気分だった。だが、ここは狩りの場所ではない。彼はピザの載った皿を出した。
「これは奥様へのプレゼントです。お受け取り下さい」
その言葉を聞いて若い女が物陰から飛び出して来た。
「あら、ありがとう! ピザが欲しかったの! 積み込んでおいたはずなのに、変ね!」
そう言って女はピザを食べ始めた。隣の男は嫌そうな顔をした。
「機械の体なのに、どうして食べ物が必要なんだ? 栄養なら太陽光発電で十分だろう」
「食欲はあったほうが楽しいでしょ? それに性欲も」
セウアズール越後俵屋は薄物を羽織っただけの女を眺めた。悪くない。機械の体だとしても、何の文句もない。
しかし新郎は不満を露わにした。
「僕との結婚を続けたいのなら、もっと高い精神性を持ってくれ。食糧は僕が用意した特殊な栄養剤以外の摂取は許されない。いいね」
女も不満を口にした。
「あなたこそ、私と別れたくないのなら、偉そうな言い方は止めてね。私はわがまま放題の女なの。それで何百年も生きてきたんだから」
何者だ、この女? とセウアズール越後俵屋は腹の中で首をひねった。機械の体になると不老長寿が夢でなくなるけれど、維持するためには多額のカネが必要だ。一日のメンテナンス代だけで、最低賃金で働く労働者千人の月収になるだろう。
美青年の新郎はセウアズール越後俵屋に言った。
「そろそろ自分の宇宙船に戻ったらどうだね?」
「あら、いいじゃない。もう少しいたらどう?」
妖艶な笑みを浮かべて何百年も生きている新婦が言った。
セウアズール越後俵屋は当惑した。どちらの指示に従うべきなのか? そのとき宇宙生物ハンターとしての直感が働いたのだ。このカップルで強いのは、雌の方だ! と。
「それでは、もう少し、お邪魔します」
女は艶を含んだ声で笑った。
「少しだなんて言わないで、ずっといらしていいのよ」
「え」
「アンタのピザが気に入ったわ。ここにいてよ。ねえ、一妻多夫で新婚旅行も素敵じゃない? どう?」
セウアズール越後俵屋は横目で新郎の美青年をチラ見した。凄く怖い顔をしていた。彼は言った。
「早くここから出ていけ」
女は険しい顔で言った。
「このヨットは私のものよ。あなたが口出しすることじゃない。不満なら、今すぐ出ていって」
あまりにも険悪な雰囲気にお暇したくなったセウアズール越後俵屋が下を向いた時、女の素足が視界に移った。同じく下にある美青年の足の裏から何かが生えていた。それは植物の根に似ていた。ハッとして顔を上げる。新郎の美青年と目が合った。美青年の目がギラっと光った。
セウアズール越後俵屋が横っ飛びに逃げなければ、美青年が口から吹き出した針で、その体は床に縫い留められていただろう。長い針が超高級宇宙ヨットの客室の床に突き刺さる。新婦は甲高い悲鳴を上げた。
隠し持っていた小型熱線銃を引き抜いたセウアズール越後俵屋は新郎の美青年を撃った。小型熱線銃に胸を射抜かれた美青年の顔から無数のトゲトゲが生えた。体からも棘が生え出した。着ていた服が裂ける。服の中からブヨブヨした緑色の肉体が現れた。
セウアズール越後俵屋は、元美青年の顔に向けて小型熱線銃を撃った。外れた。
「おのれ、下劣な人間め! サボテン男の針を受けてみよ」
顔から棘の生えたトゲ男、否、サボテン男は再び針を口から発射した。新婦の女が空手ショップで叩き落す。セウアズール越後俵屋は小型熱線銃の出力を最高に上げて熱線を発射した。今度はサボテン男に大ダメージを与えたようだ。白い煙を全身から漂わせつつ、サボテン男は言った。
「くそっ、今回は引き上げだ。覚えてろっ」
そんな負け惜しみを残してサボテン男の体は虚空にかき消えた。
「何なの、あれ?」
新郎に逃げられた新婦から尋ねられたので、セウアズール越後俵屋は質問に答えた。
「古代の地球に生息していたヴィーガンから進化したのがサボテン男です。彼らは足の裏から植物の根が生えているのが特徴です。それで見分けられるのです」
驚きを露わにして女は言った。
「そんな、そんなの全然気が付かなかった」
「でしょうね。彼らは特殊な能力を有しています。洗脳能力です。これにやられると、大抵の人間はサボテン男にコントロールされてしまいます。そうなると、相手の異常に気付かなくなってしまうんです」
セウアズール越後俵屋の説明を聞いて女は納得した。
「そうね。ナンパされてからの記憶が曖昧だわ。仕事を放棄して予定外の新婚旅行へ出るなんて、普通だったら絶対に考えないもの。それもきっと洗脳のせいね、そうなのね?」
そうとは限らないかも、と思ったがセウアズール越後俵屋は否定しなかった。
「そうですね。それが考えられます。彼の洗脳は、私が持ち込んだピザで溶けてしまったのかもしれません。彼らは、植物食は平気ですが動物食を憎んでいます。そのためにメンタルの調和が乱れ、洗脳を保てなくなったのでしょう」
サボテン男は私の美貌と財産の両方を手に入れようとしたんだわ、そうに違いない! とまくし立てる機械の体の女から目を背けたセウアズール越後俵屋は、強化ガラス越しに広大な宇宙を見た。