修学旅行で苫小牧に行きました。楽しかった苫小牧(苫小牧!)
「苫小牧なんか行ったことあるかぼけがあああああ」
高橋の突然の宣言に、僕は北海道のるるぶトラベルを投げ捨てるほどにビビった。
「だいたい、北海道なんかに行ってなにがあるんじゃああああぼけえええええ。くそがあああああ、なめやがってよおおおお。修学旅行なんて糞イベントは海外だろうが普通よおおおお、ぼけえええええ教育委員会のちんこまんこ野郎があああああああ」
「ちょっちょちょ高橋さん。声が大きいですよ」
ファミレスのソファ席の上に立ち、テーブルを足で踏みつけながら高橋が叫び、僕は周囲の客の視線がこちらに向いていることに気付いて慌てる。あまりにも不審者が過ぎる。というよりも、普通に通報されて逮捕されるのが目に見えていた。店から追い出されてしまう。
「教育委員会なんて糞食らえだああああああよおおおおおお」
高橋は叫んでまたテーブルを蹴った。店中の客がこちらを見た。
高橋の奇行に気付き、店員が飛んでくる。
「お客様! お静かにお願いします!」
店員が叫ぶ。高橋は勝ち誇ったような顔で僕を見た。僕はなにか言おうとしたが、なにも思いつかなかったので、ただ黙っていた。何に勝ったと思っているのやら、高橋は勝ち誇ったままに、店員の顔に、ポケットから取り出した生八つ橋を張り付ける。
「お、お客様、これはいったい……」
「生八つ橋じゃああああああいいい! そんなのも知らんのかあああ」
さらに複数枚生八つ橋の生地を店員の額に貼り付ける。
「抹茶! ニッキ! ニッキ! 抹茶抹茶!! ニッキニッキ! チョッコレットオオオオオオ!!」
「や、やめてください!」
「いーや、やだやだ! まだまだ生八つ橋! 祇園精舎の鐘の声! 諸行無常に生八つ橋! 井筒うううううう夕子おおおおおおお」
誰か何とかしてくれ。
僕はファミレスのテーブル席の下に潜り込みながら祈った。
その祈りが届いた。
「お抹茶なさい! そこまでよ!」
突然の声である。ファミレスの入り口に、抹茶の女神が立っていたのだ。京都府南部宇治市の非公式アンダーグラウンドマスコットアイドルキャラクターだ。抹茶を大事するあまり、人権を大事にしないことから、宇治市からは煙たがられている。
「生八つ橋の抹茶味を大切にしなさい! この糞ガキ!」
「うるせええええええええ」
店員の両足を持った高橋は、店員をガツンと振り回して、抹茶の女神を叩きのめす。
「アツコ・マツムラ!!!」
そう叫ぶと、店員と共にファミレスの中の、ドリンクバーへと突っ込んでいった。
ドリンクバーのオレンジジュースをコップに注ぎ、抹茶の女神の顔面へとぶっかける。
「この抹茶野郎がああ! これでも食らってろおおお」
「おんぎゃああああああああ!! アツコ・マツムラ!! アツコ・マツムラ!!」
「おい、何やってるんだお前たち!」
聞き馴染みのある声が聞こえて、僕はテーブルの下から顔を出した。
担任の松田が天井に足をつけて立っていた。
「今日は卒業式!」
体育館に整列された生徒の中、松田は叫んだ。
「これは卒業式!」
僕は、パイプ椅子の上に座っていた。体育館の壇上では、校長と高橋が並んで挨拶していた。卒業証書授与式である。
「ここは体育館! 卒業証書授与式!」
松田がまた叫ぶ。高橋に負けじと声を張り上げていた。
「全員起立!」
高橋の掛け声に合わせて全員が起立する。僕も起立した。卒業生全員が起立したところで、在校生から拍手が起こる。お父さんお母さん偉大なる指導者Aと偉大なる指導者Bとそんなに偉大でもない指導者と、同胞諸君が涙を流している。
「全員、礼!」
高橋の掛け声に合わせて卒業生全員がお辞儀する。僕もお辞儀をした。在校生や同胞諸君が拍手する。お母さんがハンカチで目元をぬぐっているのを見て、僕はまたちょっと泣きそうになる。隣の隣の家のヨネさんが号泣していて、その横のモモコさんが笑いをこらえていた。僕はふたりに向かってそっとサムズアップしてみせた。高橋は真剣な眼差しで校長をじっと見つめているし、校長は泣いているのか笑っているのかわからない表情だ。
「楽しかった! 美味しかったいくら丼!」