第1話 二千年
ネトゲの醍醐味といえば、やっぱりソロだ。
一人で敵と真剣に向き合う。
これが最高だ。
チャットしながら狩りをするなんてのは性に合わない。
ボイスチャットなんかもってのほかだ。
別にコミュニケーションツールとしてのネトゲを否定しているわけではない。
あくまでオレの個人的な価値観──というか生き様の話だ。
古い考え方なのはわかっている。
時代についていけてない、大昔のネトゲの空気感が忘れられない男。
それがオレなのだ。
ネトゲの話に戻ろう。
まず、ソロプレイはストレスとの戦いでもある。
なぜなら、すぐに死ぬからだ。
ネトゲの中の敵は、パーティーを相手に想定されて作られている。
それに対して一人で挑むのだ。
だから死ぬ。
あっさりと。
そして、死ぬと非常に悔しい。
さらに悔しいことに、ソロプレイヤーの狩り場は、自分よりも低ランク帯パーティーの狩り場とよく被る。
だから、そこで一人で死んでると。
「あのソロ、こんなエンジョイ勢パーティーの狩り場で死んでる(笑)」
「オレたちよりレベル高いのにね(笑)」
「友達いないのかな(笑)」
「引きこもりなんじゃね?(笑)」
なんてよく言われる。
事実、引きこもりで友達もいないので、そのご指摘はごもっとだ。
ごもっともだが、学生時代にぼっちで机に突っ伏してた記憶が蘇ってきて「うわああああ!」ってなる。
悔しい。
屈辱だ。
だがっ。
その悔しさを噛み締めて今日もモニターと向き合う。
なぜなら、それが我々孤高のソロプレイヤーなのだから。
と、
言ってるそばからまた死んだ。
ただし、死んだは死んだでもネトゲの中でじゃなくて。
リアルに。
死因は胃潰瘍からくる胃がん。
ソロプレイのストレスが原因だったようだ。
どうりでここ数日、口から血が出ると思ったぜ。
ああ~。
オレは死んだのかぁ~。
悔しいなぁ……。
ぬくぬくパーティープレイしてた奴らを一生見返せなかったなぁ……。
オレに『不老不死の体』と、無限の時間があればなぁ……。
そう思いながら、完全にオレの意識は途絶えた。
◇
目覚めると、そこは辺り一面真っ白な空間だった。
「フォッフォッフォッ、ここは精神と時任の部屋じゃよ」
「うおっ、だれっ!?」
振り向くと、そこには肌が緑色のおっさんが立っていた。
「フォフォフォ、こらこら、誰がおっさんじゃ、だれが」
察しのいいオレは、さっさと話を進めようとする。
「ああ、心を読める系ですか。ということは、あなたは神ですか。これから行くのは異世界ですか? では、不老不死の体と、無限の時間をください。そしたら勝手に気の済むまで一人でレベル上げしてるので。では、よろしくお願いします」
そう言ってオレは、両手を前に突き出し、膝を九十度に曲げる。
「……なにをしておるんじゃ?」
「え? 転送される際のポーズですが?」
これから転移されるのがFPSっぽい世界なのか、それともファンタジー系の世界なのか。
はたまた転移ではなく転生で、死ぬ運命だった赤子や幼児に生まれ変わるのか。
まずは最初のスタート地点が超重要だ。
そこでつまずく訳にはいかない。
っていうか、このくだり面倒くさいから、さっさと送り届けてほしい。
「……い、いや、ワシは神ではないし? 異世界に転生させることも出来ないし? 心も読めないんじゃが? それより『精神と時任の部屋』について触れてほしいんじゃが? このまま触れられずに流されたら、きっとみんなモヤモヤすると思うんじゃが?」
めちゃめちゃ額に汗かきながらキレ気味に「?」マークを連発してくる緑おじ──いや、緑じじい。
なんかウザいから、お前はもう「おじ」から「じじい」に降格な。
「はぁ? 神じゃないのなら誰ですか? ただ肌の色が緑なだけの超個性的な人ですか? っていうか、ここってあれでしょ? 『精神と時任の部屋』って有名なアレの部屋をモジッてギャグにでもしたつもりなんでしょ? マジでいいから、そういうの。ていうか、みんなってだれ? ねぇねぇ、みんなってだれ?」
あれ、ぷるぷる震えてるな、この緑じじい。
どうせあれでしょ?
ここは死後の世界でどうのこうのでしょ?
神じゃなくても、なんらかの裁定を下す人とかなわけでしょ?
いらないんだよな~。
『精神と時任の部屋』とか。
『緑色の肌』とかさぁ~。
そういう取って付けましたみたいな要素。
困るよな~、そういう微妙なところで個性出そうとするの。
なになに? なにアピール?
ボクって面白いでしょアピール?
ハッ。
鼻で笑っちゃいますね。
どうせこっちはもう死んでんだ。
怖いもんなんてな~んもないんだよ。
「ワ、ワァッ……ワァ~~~ン!」
え、オレが心の中で罵倒したら、緑じじい急に泣き出しちゃったんですけど……。
え、ってことは、もしかしたらこの緑じじい、やっぱり心読める系なんじゃね?
え、そしたら「心が読めない」って言ってたのは、もしかしてオレに言い当てられたのが悔しくて逆張りしてただけなんじゃね?
え、じゃあ結局のところ、やっぱりこいつは神で、転生もさせられるのでは?
そして一回逆張りしちゃった手前、今更もう本当のことを言えなくなっちゃって、それでどうしていいかわからなくなって泣いちゃってるのでは?
「んじゃね?」と「のでは?」の連発。
しかし、それは確信に近い。
「ウゥ……グス、グスッ……」
いや、ってうか。
こんな小さくも可愛くもないじじいに、こんな泣き方されてもキツいんですが……。
『辺り一面真っ白な空間の中、存在してるのは、オレと目の前で泣いてる緑色のじいさんだけ』
ねぇ、これよりキツい状況ってなんかある?
「あ~、えっと……神、なんだよね? それじゃあさ、もうオレの方から異世界に転移する際の条件をはっきりと指定するからさ? それで、さっさと転移終わらせて次にいこ? ほら、この状況が続いてもお互いに気まずいだけだからさ?」
「ウッ、ウゥ……」
うおおおおお、めんどくせえええ!
なんでオレは死んでまで、こんなよくわからんじいさんをなだめてんだよマジでええええ!
「それじゃあ『不老不死の肉体』で『ダンジョン最奥』に飛ばしてくれたらそれでいいからね? 大丈夫? 出来る? ダンジョンは『出るのに二年くらいかかるところ』でも大丈夫だよ? ほら、オレってソロプレイ得意だし」
「ゥ、ウン……」
ほっ。
わかってくれたか。
本音を言うと、もっと理想のソロプレイ環境を整えたかったけど、それよりも一刻も早くこの地獄のような状況から脱したい。
いや~、それにしてもオレもとうとう異世界デビューかぁ。
よ~し、転移したら二年間鍛えまくって、異世界パーティーの奴らの目の前でソロプレイで敵をやっつけて「すげええ」って言わせてやるぜ。
次の人生こそ、前世でやる遂げられなかった目標を成し遂げるんだ。
オレがまだ見ぬ異世界に胸踊らせていると、緑じじいが予想もしないことをのたまいやがった。
「わかった……出るのに『二千年』かかるダンジョンね」
…………え?
緑じじいが「ニチャァ」とした邪悪な笑みを見せる。
「は? じじい、今なんて──」
緑じじいが手に持った“かりんとう”みたいな杖を振ると──。
オレは『脱出まで二千年かかるダンジョンの最奥』に転送されていた。