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服を着るのも大変だ

さてどうしよう…と思っていると、洗濯が終わったときのピーっという音がした。エドか?浴室のドアを開けて呼んでみる。


「エド?」

「終わったか?」


エドの声がして、その後で本人が現れた。両手に服をもってぱたぱたと振る。


「洗濯してたのか?」

「ああ、間に合ったな。まだちょっと熱いけど。」


エドが振っていたのは下着とTシャツだった。


「まずこれを着せてくれ。下はこれから持ってくる。」


受け取った服をノアに渡したが、服と俺の顔を見比べて着ようとしない。そうか、服を渡しても着なかったって言ってたな。何をどう着ればいいかわからないか。


まず下着を指さし、俺が履いていたパンツを一度脱ぐ。下着に両足を入れて引き上げるところを見せる。ノアからパンツを受け取り、足下に置くと俺と同じように足を入れた。賢い。そのまま俺が引き上げる。よしこれで下着ははけた。Tシャツはどうするかな…これも実際にやってみせるしかないか。


Tシャツを持たせたまま手を引いて寝室に行く。クローゼットからTシャツを取り出すと、目の前でゆっくりと着てみせた。同じようにノアは着ようとしたが前後が違う。慌てて手を止めると、正しい方向になるようひっくり返す。ノアは俺の真似をして頭からかぶったが、頭や手をどうやって通せばいいかわからないようでTシャツの下でもがいていた。ああ、こんなことでも難しいんだな…。


一度引っ張ってTシャツを抜き、名前を呼んでから両手を平行に前に出してみせる。同じように手を出したノアの腕にTシャツの腕を通し、最後に頭を通すとやっとTシャツを着せることができた。


「服を着るのも大変だね」


そう言いながらエドは今度はズボンを振りながらやってきた。これは意外と簡単だった。あっさりとノアは自分でズボンをはいた。前後がないタイプらしく、どっちでも良かったらしい。その間に俺も部屋着のズボンをはく。


胸にワンポイントが入った白いTシャツと、足首より少しだけ短いウエストゴムの紺色ズボン。部屋着だが外に出られないこともない。着ているものが普通になった分、髪の酷さが目立った。少し切って整えるか…いや、今日だとまた怖がるかな。少し落ち着いてからにするか。


エドがサンダルをノアの足下におくと自分で足を通した。それを見て満足したようにエドが言う。


「とりあえず今日はここまでかな。明日になったらもう少しちゃんとした服を買おう。」

「服はいいが…髪はどうする?」

「アンジーに頼んだ。お客さんが来る前に店を開けてくれるって。」

「そうか、アンジーがいたな。」


エドの恋人のアンジーは美容室を経営していて、自身も美容師として働いている。アンジーは本名ではなくあだ名だが、エドに言わせると姿形だけでなく心も天使のように美しい彼にはぴったりの名前なんだそうだ。俺も会ったことはあるが優しいだけでなく頼りになる人だ。なんでエドなんかとつきあっているのか不思議でならない。


やっと服を着せ終わったが、なんだかノアの様子がおかしかった。Tシャツから出た腕を気にしてさすっている。気づいたエドが気遣わしげに言う。


「かゆいのかな?それとも寒いのか…試しに何か着せてみるか。シャツある?」

「ちょい待ち」


クローゼットから着古したシャツを出す。一度目の前で着て見せて脱ぎ、ノアに差し出すと受け取って袖を通した。あっさり着たにもかかわらず、エドはまだなんとなく納得してない顔をしていた。


「寒かったのかな…寒いって気温でもないけど。」


だぶだぶのシャツの、長すぎる袖を折り返しながらノアは不思議そうな顔で俺を見た。


「なんか俺、ノアさんにすごく馬鹿にされてる気がする。」

「馬鹿にって言うより、それでいいのか?って顔してるな…。」

「なんだろな、ドレスコードにひっかかるのかな。」

「ドレスコード?…ああそうか、それ当たりかもしれない。おまえもシャツ着ろ。」

「なんでだよ。」

「古代アラダの習慣だ。人前で肌を出さない。長袖を着るのが普通なんだ。試しに着てみろ。」


そう言うエドは長袖のシャツを着ていた。確かにいま腕を出しているのは俺だけだ。


「えー、シャツ着るのかよ。暑いよ。」

「リネンシャツとかないのか?」

「あることはある…まあいいか、試しにやってみよう。」


クローゼットからリネンシャツを出してTシャツの上から着る。なんとなくノアはよくできました。みたいな顔をした。


「あー、なんか正解っぽい。」

「異文化交流も大変だな。ドレスコードか…そういうことを気にするのは社会的階級が高い証拠だが…。」


そうエドが言ったときチャイムが鳴った。それを聞いたエドは玄関に向かう。俺もノアを連れてリビングに行くとエドが箱を持って戻ってきた。


「デリバリーか?」

「ああ、食べる物を買う時間がなかったからデリバリーを頼んだ。あと2回来るよ。とりあえずこれテーブルに出しておいて。」


予告通り2回チャイムが鳴ってエドはデリバリーを受け取った。てっきりハンバーガーかピザかと思えば、中身は意外なものだった。チキンとフレンチフライはまだわかる。だが中華の野菜炒め、エビの炒め物、中華風焼きそばに炒飯。丸いパンにサラダ、そしてフルーツミックス。ふだんは頼まない物ばかりだった。


「ずいぶん健康的だな。ハンバーガーじゃないのか。」

「君は未開人の村で、何かわからない煮込み料理を出されたら喜んで食べる?」

「…いや、さすがに」

「ノアにとってはハンバーガーはそれだよ。できるだけ原型がわかる食品じゃないと怖くて食べられないだろ。それにベジタリアンかもしれないし。お皿出してくれる?あと飲み物何があるかな。」

「コーラとオレンジジュース。あとコーヒー。」

「その中ならオレンジジュースかな。水も用意しておくか。」


デリバリーの箱をそのままテーブルに並べる。皿とカトラリーを3人分セットし、水とオレンジジュースが入ったグラスを横に並べる。準備できたところで椅子をひき、立って見ていたノアの名前を呼んで椅子を指さす。


先にエドと俺が椅子に座ると、ノアも同じように椅子に座って変なものを見るような目でテーブルを見た。


「何かわからないのかな。」

「いや、それはないだろう。食事の習慣が違うんじゃないかな…とりあえずチキン切る。」


そう言いながらエドがチキンを食べやすい大きさに切り分けた。


「なんでチキンなんだ?」

「豚肉や牛肉より原型がわかりやすいから。あとどの国、どの時代でも鶏肉は食品としてほとんど制約がない。」


エドがチキンを切り終わると、俺はチキンとフレンチフライ、炒飯とエビの炒め物を自分の皿にとった。エドはパンを手でとり、チキンとサラダを皿にのせてドレッシングをかける。まずは2人で食事をしているところを見せる。あ、エビうまい。


それを見ていたノアは、見よう見まねでスプーンとフォークを持って、一番小さいチキンと野菜の炒め物を少しだけ皿にのせた。フォークでチキンを口に入れる。だが最初にとった分を食べ終わると、もうそれ以上料理に手を出そうとしなかった。飲みものも水しか口にしない。遠慮している…じゃなくて食いたくないって顔だ。


「食わないな。絶食してたから食べられないのか、もともと小食なのか。」

「口に合わないのか食べられないのか…フルーツなら食べるかな。」


そう言うとエドは冷蔵庫に行ってフルーツを出してきた。透明な容器に何種類かのベリーとブドウが入っていて、見た目も綺麗に詰めてあった。エドはノアの皿にベリーとブドウをいくつか置き、自分の皿にも乗せて口に入れた。


「ん、このブドウすごく甘い。」

「そうか…っておい、なんで俺に食わせないんだよ。」

「ちょと待って。」


ブドウを口にしたノアは驚いたような顔をした。続けてもう1つ口に入れる。


「やっぱり。ブドウの方が好きそうだな。」


エドがブドウをノアの皿に乗せると、ノアは嬉しそうに次々と口に運んだ。


「食うな。普段からブドウ食べてたのかな。」

「そうかも。品種改良されてるから昔のブドウより甘いだろうし。食べるだけ食べさせるか。君の分はなくていいよね。」

「まあな」


そう答えるとエドは残ったベリーを全部自分の皿に乗せた。いや、いいって言ったけどさ。ブドウだけじゃないのかよ。こういうのがエドだよなホント。

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