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帰宅

ノアは俺やエドがアクセスできない高レベルの管理下に置かれ、何も知ることはできなかった。貴重な資料とエドは言ったが、確かに最上級の貴重な財産だ。俺がノアを起こしたのは、上から見れば機械を動かすボタンに偶然手が当たったにすぎない。それだけの人間に貴重な機械をおいそれと触らせたりしないだろう。


それから3日後、退勤間際に俺にかかってきた電話の向こうのエドは猛烈に怒っていた。少しでも遅れたらどんな目に遭わされるかわからない勢いにびびりながら、言われるまま可及的速やかに医局に向かう。


医局にはノアがいた。前に俺が寝ていたベッドに目を閉じて横になり、点滴を受けている。相変わらずシーツを巻き付けただけの裸で、髪の毛もめちゃくちゃに切られたままだ。あれから3日たってるんだぞ?どういうことだ?


椅子に座ってノアを見守るエドは「不機嫌」というタイトルで額に入れて飾ってもいいくらい見事な不機嫌顔をしていた。黙っているわけにもいかないのでおそるおそる声をかける。


「エド…どういうことだ?」

「だから言ったのに。誰もこの子の面倒見てないんだよ。」

「面倒って…どういうことだ?何で服着てない?メシも食わせてないのか?」

「だから僕は無理だって主張した。現代の知識が全くない。文化が全く違う。そんなところからきた子供を閉じ込めたらどうなるか。食事に手を付けないからこうなった。服だって渡しただけじゃ着られない。着せようとしても嫌がる。トイレの使い方だってわからないんだぞ。」

「え…トイレ使わなかったらどうし…」


そこまで言いかけたが、エドがものすごい顔をしたので続きが言えなくなった。想像はつくが…嫌だったろうな。可哀相に。


「体重と同じの重さの金より価値がある。なんてよく言えたもんだ…ヴィンス、この子の世話は僕がすることになったから。」

「ちょっと待てエド、話が見えない。」

「ああごめん…つまり…外に出せば逃げるかもしれない、事故に遭うかもしれない。研究所から出すべきじゃない。現代の文明に汚染されない古代アラダの知識を保存すべきだって。そう考えた上の連中が閉じ込めた。だが僕の意見は違う。いくら古代アラダ人だろうが人権はある。生きた資料として閉じ込めることは倫理的に許されない。現代に生きていけるようにする義務がある。」

「まっとうな意見だが通らなかったんだろ?なんで今になってひっくりかえったんだ?」


そう言うとエドは怒りを通り越して憎悪すら感じさせる目をして言った。


「この3日間の観察でこの子に期待したほどの価値がない…脳に障害が起きているか、知能が低くてたいした知識をもってないと判断したってことだ。つまり、いらないから捨てるってさ。」


さすがに俺も絶句した。いくら何でも生きている人間にそんなことを…と思ったが、研究所は慈善事業をやっているわけではない。遺跡から回収した物だとしても、価値がないと判断された資料は廃棄対象になる。それが人間だったというだけのことだ。だが…


「3日でわかるのか?」

「身振り手振りでも自分の意志を伝えようとしないからね。しかも服も食事も、何もかも拒否する。そういうのが愚鈍に見えたんだろうな。」

「そんなことないだろ?名前すぐ覚えたじゃないか。」

「あれは覚えたとは言わないな。繰り返すだけならオウムでもできる。だが確かに反応はした。」

「なんだろな…俺たちだけが特別なのか?何かあるのかな。」

「僕たち…より君かな。あってもおかしくない、目が覚めたときにいたのは僕たちだから。ヒヨコの刷り込みと一緒だ。」


そう言うとエドはノアに視線を向けた。その目つきは柔らかく、親しい間柄の人を見ているようだった。二人とも黒髪だから似ている感じがする。


「無価値かもしれないが貴重なサンプルだ。死ぬことだけは避けたい。そこまできて、やっと僕の意見が通った…いや、引き取るお人好しがいたら喜んで押しつける、だ。この子は生まれたばかりの赤ん坊と一緒だよ。誰かがそばにいて全部教えてやらないと…点滴が終わったら君の家に連れて行くから。」

「ちょっと待て。何の話をしている。」

「この子がこれから住むところ。」

「はああーーーっ?なんで俺の家なんだよ!」

「この子は君に反応するから。しばらくは君と一緒にしておくのがいいと思う。ああ、心配しなくていいよ。もし本当に障害があるってわかったら僕が引き取る。起きたかな。」


何を言ってるのかと思ったら、最後はノアのことだった。いつの間にか目を開けてこっちを見ていた。悲しそうな顔つきをしていて、俺がしたわけではないが酷いことをされて申し訳ない気になる。


「ノア」


名前を呼んで自分を指さしてみた。覚えてるかな。


「びんす」


覚えてた。すかさずエドが自分を指さす。


「えど」


ノアは少し安心した…ような顔をした。気のせいかもしれないが、無表情よりはましだろう。ちゃんと覚えてるじゃないか。誰だよ愚鈍だなんて言ったの。


「さて、じゃあ駐車場まで…どうやって行く?」

「どうするかな。歩かせるのも車椅子も…抱いて運んだ方が早いか。先に駐車場に行って車を回してくれ。エントランス…は目立つな。西の裏口にするか。」

「わかった」


先に駐車場まで行き、自分の車に乗り込んで言われたとおり裏口まで車を回す。電話で到着を告げると、少ししてエドがシーツにくるまったノアを抱いて裏口から出てきた。軽そうに抱いているが重くないのか?


エドはいったんノアを下ろし、後部ドアを開けた。入るように促すとノアは大人しく車に乗り込んだ。その後からエドが乗り込み、ドアを閉める。シフトレバーを操作しながらエドに話しかける。


「意外だな」

「なにが?」

「もっと警戒するとか、嫌がるかと思った」

「普通はそうだよな…といって僕たちのことを信用してるって顔でもないし。普通の生活をしたら少しは安心できるんじゃないかと期待してるんだけど。」

「普通の生活?」

「風呂に入るとか…ちょっと匂う。」


車を走らせて俺の家に向かう。その間中ずっとエドはノアの肩を抱いて話しかけていた。言っているのはたいして意味がないことだ。「今のはマクドナルドだよ」とか。言葉が通じないのはわかっているだろうに。安心させるためだろうか。


***


家に着き、車から降りる前にエドが俺に声をかけた。


「ヴィンス、車と家の鍵を貸してくれ」

「いいけど、何に使うんだ?」

「着る物と食い物を買ってくる。帰ってくるまでに風呂にいれておけよ。」


先に俺が車から降り、玄関の鍵を開ける。その間にエドはノアを車から降ろし、玄関で俺に引き渡すと手を出した。家の鍵も車の鍵も同じキーホルダーについている。一緒に渡すとエドは車に乗り込んで買い出しに行ってしまった。


まず風呂か。確かに近づいてみると少し匂う。シャワー…は使い方わからないだろうな。湯に入れて洗う方が簡単か。一度ノアをリビングに連れて行きソファを指さす。だが座るという意味がわからないらしく、立ったままだった。うん、まあ少しだけだからいいか。


浴室に入り、バスタブにシャワージェルを入れて蛇口をひねると泡だちはじめた。あ、もしかすると熱いお湯だと駄目かな。念のためいつもより温度をぬるめに設定しなおす。これでよし。


振り返ると開いたドアの前にノアが立っていた。ついてきたのか。シーツにくるまれた背中を押してバスタブの前まで連れて行く。古代アラダだって風呂はあっただろうから、何かはわかるだろ。


だがノアは泡だらけになったバスタブと俺の顔を見くらべて動こうとしない。これは…風呂だとわかっても、入れって言われてるのがわからないのか入りたくないのか。犬や猫なら抱いて入れられるが、人間はそうもいかないし…やってみせるか。


俺がTシャツを脱ぐとノアはぎょっとした顔をしたが、それにかまわず服を全部脱いで洗濯籠に放り込む。先にバスタブに入って手招きすると、とまどった顔をしていたが繰り返し手招きすると困惑顔のままシーツを洗濯籠に入れた。裸になっておそるおそるバスタブに入る。


最初は固まったままじっとしていたが、しばらくすると温まったのか表情がゆるんできた。泡が気になるようできょろきょろ周りを見て、思い切ったようにそっと泡を手にのせると小さい子供のように泡で遊びだした。なんだ笑えるんじゃないか。


しばらく遊んでいるノアを見ていたが、そろそろいいかなとスポンジを手に取る。名前を呼ぶとノアは遊んでいた手を止めた。まずスポンジを見せ、それで自分の体をこする。どうせついでだと全身をこすり、終わってからノアにスポンジを渡すと同じように自分の体をこすりだした。飲み込みが早い。意外と頭がいい子なのかもしれない。誰だよ愚鈍だなんて言ったの。


さて問題はシャンプーだな。さすがにこれは嫌がるかな。洗い終わって差し出されたスポンジを受け取り、もう一度名前を呼ぶ。


「ノア」


言われてうなずく。何かを教えるのだとわかったらしい。シャワーヘッドを外し、自分の頭の上からお湯をかける。シャンプーを手に取り、髪に付けてがしがし泡立ててからもういちどシャワーで流す。リンス入りだからこれで終わりだ。あー、さっぱりした。


軽く全身をシャワーで流し、先にバスタブから出る。さすがにバスタブに入ったままノアの髪を洗うのは無理だ。素っ裸のままシャワーヘッドを持って手招きする。意味がわかったようで頭を差し出してきた。やっぱり賢いな。


頭の上からお湯をかけると、ノアはぎゅっと目をつぶった。ざくざくに切られた髪にシャンプーを付けたがあまり泡立たない。こりゃずいぶん洗ってないな…。一度流してもう一度シャンプーで洗う。今度はしっかり泡だった。シャワーで流し、ノアにシャワーヘッドを渡してバスタブの栓を抜く。その間にノアは自分の体をシャワーのお湯で流していた。賢い。


バスタオルをリネン置き場から2枚取り出し、ノアからシャワーヘッドを受け取り元の場所に戻す。バスタオルを渡すとやはりきょとんとしていたが、俺が体を拭くところを見せると同じように体を拭きはじめた。賢い。


リネン置き場から下着を取り出してはく。さすがに俺の下着をノアにはかせるのはサイズが合わない。わかっていたことだが細い。横に並んでみると俺の顎あたりに頭があるから、160か165センチくらいか。Sサイズでも大きいかも知れない。XSがLサイズの下着を着たら落ちるな。うーん。

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