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おやすみ

その夜は2人でアイスを食いながらTVを見た。ノアはチョコ、俺はバニラマンゴー。何も変わらない、いつもと同じ夜だった。だがドラマを見終わって、そろそろ寝ようと歯を磨いているとノアが浴室にやってきた。


「ヴィンス、あのね…」

「どうした?」


話しながら歯を磨く。ノアは言い出したはいいが、言葉を続けられずもじもじしていた。


「その、あの…僕と一緒にその…」

「一緒に?なんだに?」

「一緒に寝てもらえる?」


一気に言い切るとノアは不安そうな顔をした。思わず吹き出して歯磨きが鏡に散る。慌てて飛び散ったしぶきをティッシュで拭き取りながら、なにを言い出すんだと半笑いになって答えた。


「おいおい、何を言うかと思ったら。いいぞ。どうした?風呂も一緒に入った方がよかったか?」

「…いいよ、そこまでサービスしなくても。」

「サービっ…!」


やばい、なんか変なツボに入った。ギリギリ手で口を押さえたが、てのひらに歯磨きが垂れる。肩をふるわせていると何がおかしいんだと言いたそうな顔でノアがむっつりしていた。そんな顔するな、よけいおかしくなるじゃないか。


  ***


久しぶりに俺はノアと同じベッドで寝た。4年前と同じようにくっついてきたノアの背中に手を置くと違和感があった。こんな感じだったっけ?もっと細くて骨っぽかったような…首筋の骨を指で確かめているとノアは笑いながら身をよじって体を離した。


「くすぐったい!」

「あ、すまん。なんか…肉がついたな。」

「え?そう?」


毎日見ていると気がつかないが、確かにもう大人になったんだな。一緒に寝たがるのは子供だと思うが。ノアは自分の背中に手を回して首の後ろを触って確かめたが、どこが違うかわからない。とでも言いたげな顔をして枕に頭を乗せた。


「久しぶりだね。」

「そうだな。最初のころはずっと一緒に寝てたな。」

「うん。嬉しかった。怖かったから。」

「怖かった?なにが?」

「全部。知らないことばっかりだし、自分が何も覚えてないのも怖かった。ヴィンスと一緒にいたら大丈夫だって安心できた。」


そう言うとノアはしばらく黙ったまま俺を見ていた。不自然なくらい長く沈黙が続き、先に居心地が悪くなったのは俺の方だった。


「何か話があるんじゃないのか?」

「うん、あのね…ヴィンス、僕…」


しばらく言いよどんだ後、思い切ったようにノアは言った。


「僕、大学に行きたいんだけどいいかな?」


そう言われて拍子抜けした。言おうか言うまいか、そこまで悩むようなことか?


「なんで俺が駄目って言うと思うんだ?自分の金でいくらでも行けるだろ?」

「お金じゃなくて…大学に行くなら家を出ないといけないから。」


その言葉が胸に刺さった。わかっていたことだが、やっぱり出て行くつもりなのか。思わず未練がましい言葉が口から出る。


「そうか。住むところは大学の寮かルームシェアになるな。そんなに荷物は持って行けないだろうし、すぐ使わない物はここに置いておいてかまわないぞ。」


そう言うと安心したようにノアは笑った。


「ありがと…休みには戻ってくるから。そしたらまた一緒に寝てね。」

「おいおい、大学生にもなって一緒に寝ようなんて。甘えん坊にもほどがあるぞ。」

「いいんだよ。僕はヴィンスのものだから。」


I'm yours.


そう言われて一瞬どきっとした。普通は愛を告げる言葉だ。だが俺にそんなことを言うわけがない。そっちの意味じゃなくて親しみをこめて言ったんだ。勘違いした自分が可笑しくなって口元が緩む。だがノアが続けて言った言葉はそれが勘違いではないことを俺に告げた。


「親子だったらずっと一緒にいられる。わかってたけど…そしたら僕の気持ちを一生黙ってないといけない。だから、やめることにしたんだ。」


思ってもいなかった言葉に何も言えず、黙っているとノアはじっと俺を見て言った。


「僕はもうヴィンスの子供じゃないけど、一緒にいてもいい?」


愛情のこもった、だがどこか不安げな眼差しが俺に向けられる。そういうことか。そういうつもりで養子縁組を解消すると決めたのか。毎日顔を合わせていたのに気づかなかった自分の鈍感さに腹が立つ。


一緒にいたいかって?そのとおりだ。だけどお前が望む意味ではYesじゃない。Noと言えばノアは何もかも失う。それを覚悟の上で自分の気持ちを伝える方を選んだとわかっているのに言えるわけがない。嘘でもいいからYesと言えば…駄目だ、それこそ傷つけるだけだ。今の俺の気持ちを正直に伝えるなら…。


「こっちにおいで」


そう言うとノアはとまどったような顔をした。だが俺の言葉どおり、そろりと近づいてきて遠慮がちに体を寄せる。その背中にさっきと同じように手を乗せて話しかけた。


「気がつかないでごめんな。おまえがそんなことで…いやそんなことって言ったらいけないけど、悩んでいると思わなかった。俺は…あー、えーっとその…意外すぎて何を言ったらいいかわからないんだが…」


胸元でノアがくすっと小さく笑う。笑うなよ…俺がさらっと格好良いこと言えないって知ってるだろ。


「ずるいってわかってるけど…少し時間をくれないか?どんな結論が出るにしても、俺がおまえと一緒に暮らしたいのは変わらない。それだけは約束する。」


そう答えるとノアはわかったというようにうなずいた。それを見届けて、予想外のことが多すぎる今日を終わらせる言葉を言う。


「おやすみノア」


それを聞いたノアは安心したように体を預けてきて、俺の胸元に顔を埋めて言った。


「おやすみヴィンス。大好き。」


 ***


翌日、エドとのカフェテリアでの話題は当然昨日の話になった。エドが紙コップのコーヒーを片手に心配そうな顔で言う。


「あれからどうした?」

「アイス買って帰った。」

「ノアと話したか?」


そう言われてどきっとした。昨日のノアの言葉がよみがえってくる。だがエドがそれを知っているはずはない。


「ああ、俺に謝ってた。別にいいのにな。で、アイス食って、久しぶりに一緒に寝ようって言われて寝た。やっぱ4年たつと大きくなってるな。ああそうだ、ノアは大学行きたいって。でも卒業したらまた俺と住みたいってさ。」


別にやましいことはないんだが、すこし早口で余計なことまで話してしまった。それを聞いたエドはなんともいえない顔をした。


「…ノアも大変だな。」

「まったくだ、大学に行くなら猛勉強しないといけないし。入ったら入ったで毎日レポートだよ。俺はもう絶対やりたくない。でもまあ、大学に行けばいろんな友達できるだろうし。いいことだ。」

「そういう意味じゃないんだけど。気がついてないならいいよ。」

「なんだよ。言いたいことがあるならはっきり言え。」

「別に。僕が言うことじゃないし。本当に頭の中にハンバーガーが詰まってるんだな。まったく。」


呆れたようにエドは言って席を立った。俺に背中を向け、馬鹿にしたようにひらひらと手を振りながらカフェテリアを出て行く。なんだよ、お前に馬鹿にされる覚えはないぞ。こっちこそまったくだ。


エドの態度も引っかかったが、どうせ聞いても答えないだろう。どっちにしてもやることはまだたくさんある。ノアの大学入学どころか、養子縁組の解消手続きすら終わってない。


そういえば大学で何を専攻したいか聞いてないな。帰ったら聞いてみよう。今日TVを見るときはチョコのアイスにするか…なんて問題から目をそらして先送りにしようとしているのは自覚している。俺はずっとお父さんのつもりだったし。まさかノアが…なあ。俺なんかのどこがいいんだろ。


俺と一緒だと安心するって言ってたけど、もしかすると安心と愛情を勘違いしているだけかもしれない。そういう意味でも大学に行って、一度家から出るのはいいことの気がしてきた。俺がいない場所で一人になって自分のことを考える。いろんな人に会っていろんな考え方に触れる。またとない良い機会だ。


よし、まずは大学に入って一人暮らしさせてみよう。そしたらノアも考えが変わら…なかったら今度こそ俺はコーナーに追い詰められるんだが。それとも俺の方が変わるかもしれないんだろうか。それは想像もつかないが、あいつが家を出たら寂しいのは想像がつく…いや今から寂しがっててどうする。


どっちにしても4年後も、それから先も俺とノアは一緒に暮らす。どういう形になるかわからないが、なんでもない普通の幸せがずっと続く。この世で一番大事なことは誰かを愛すること。それが約束されているならこれ以上望むことは何もない。


-END-

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