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ラズベリーチョコアイス

弁護士事務所に行く日は俺もノアもスーツを着た。4年前と同じように美人の受付のお姉さんに事務室に通され、同じようにダンはにこやかに迎えてくれた。スーツを着ているノアに向ける目は子供の成長を喜んでいるようだった。


座るようにダンに促され、全員椅子に座ったところでダンがノアに話しかける。


「ノア、君の意志を無視して養子縁組をしたことをまず謝らせて欲しい。だが私もエドもヴィンスも、これが一番君のためになると考えてしたことだ。許してもらえるかな。」


それを聞いてノアは黙ってうなずいた。その表情は緊張していて固い。緊張が移ったのか俺までなんだかむずむずしてきた。ダンはテーブルの上の封筒から1枚の紙を取り出し、全員によく見えるように置いた。


「養子縁組を解消する申請書を用意している。まずヴィンス、君の意志を確認したい。ノアとの養子縁組を継続するか、それとも解消したいかね?」

「俺は継続を希望します。」

「わかった。ではノア、君はどうしたい?」

「僕は…」


ノアはうつむいて少し言いよどんだが、顔を上げるとはっきりした声で言った。


「僕はヴィンスとの養子縁組を解消します。」


それを聞いて驚いたのは俺だけだった。ダンはプロフェッショナルらしくまったく感情を表に出さず、エドはこうなることを知っていたような顔をしていた。


「ダン、すみませんが解消にあたって1つ取り決め…手続きをお願いできますか?エドとヴィンスが僕のためにしてくれたことに相応の対価を支払いたいんです。」

「ちょっと待て、俺は金が欲しくてお前と養子縁組したわけじゃ…」

「黙ってヴィンス。ノアの話を最後まで聞いて。」


エドが止めるとノアは感謝するようにエドに視線を向けた。そしてまたダンに向かって言葉を続けた。


「僕もお金でお礼できるなんて思ってません。ヴィンスとエドがしてくれたことは感謝なんて言葉で言えないくらいで…ただ今の僕に出来ることはそれくらいだから。区切りをつけるためにそうさせてください。」


それを聞いたダンはうなずいて言った。


「わかった。具体的な金額は考えているかな?」

「え?あ、あの、僕のお金の半分…でいいですか?」


そうノアが答えるとダンは優しく笑った。


「多すぎるよ。エドとヴィンスが君のために用意してくれたお金だ。大事に使いなさい。じゃあ、まず私が考えてみていいかな?妥当な額を提案するから、それに全員が合意できるかどうか改めて相談しよう。それでどうだろう。」

「…お願いします。」


ノアは助かったと言いたげな顔でうなずいた。きりっと話していたと思ったが、やっぱりノアはノアだな。口の端が上がってしまいそうになるが、なんとか真面目な顔を装う。だがダンにはばれたらしく、おかしそうに眉を上げるとこの場を納める言葉を口にした。


「では養子縁組の解消を前提として進めます。サインは次回、謝礼金を確認のうえ記入いただくということで。」


外に出てみると来たときと同じく空はよく晴れていた。弁護士事務所に来る前と何も変わってない。当たり前だ。だが出てきた今は俺とノアはもう同じじゃない。親子でなくなった。いや、正確にはまだ親子だけど時間の問題だ。


エドと別れ、ノアと駐車場に向かう。車に乗り込んでシートベルトを締め、ハンドルに手を乗せてさっきのノアの言葉を思い出した。養子縁組を解消する、か。俺と別れて生きることを選ぶとは想像もしてなかった。だがエドのあの顔は知ってた顔だ。そりゃ黙ってるはずだ。もし俺が知ってたらノアを問い詰めたに違いない。


いずれノアは家を出て行く。もしかしたら弟のように俺の前からいなくなるかもしれない。「この世で一番大事なことは誰かを愛すること」とジリアンは言った。だが俺の愛情はいつも空回りする。親としてノアを愛したつもりだったが、やっぱり俺には無理だった。


だが悪いことばかりでもない。ノアは自分のことを自分で考えて決めるようになった。その成長は素直に喜ぶべきだろう。もう俺がいなくても大丈夫なんだな…。


考えに沈んでいたせいでノアが乗ってこないことに気づくのが遅れた。落とし物でもしたか、忘れ物でも取りに戻ったのか?だが窓の向こうに立っているのが見える。立ったままその場から動こうとしない。どうしたんだろう。一度車から出てボンネットごしに声をかけてみた。


「どうした?早く乗れよ。」


そう言われてもノアはうつむいたままで、やっと聞こえるくらいの小さい声で謝った。


「…黙っててごめんなさい。」

「ん?ああ、さっきのことか。謝らなくていいよ。驚いたけど、ノアがそうしたい方でいいって言っだろ?」


そう言ったがノアは憂鬱そうな表情のままだった。


「僕…家に帰っていいのかな。」

「何言ってるんだ?お前の家だろ?」

「だってもう僕、ヴィンスの子供じゃないし。一緒に住むって…おかしいと思う。」

「ん?まだ親子だぞ?それに家を出るにしたって、そんなにすぐ出て行けないし。しばらくハウスシェアして、どうするかゆっくり考えればいいさ。今日からハウスメイトだ。よろしくな。」


それを聞いたノアは顔を上げ、安心したように言った。


「そうか。僕とヴィンスはハウスメイトなんだ。」

「そうだぞ。記念にアイス買ってやるからさっさと乗れ。何がいい?」

「…ラズベリーチョコ。あとバニラとマンゴーシャーベットがミックスのやつ。」

「欲張りだな。いいけどあんまり食うなよ。おまえ、アイス食いすぎると腹こわすんだからな。」

「わかってるよ!」


そう言うとノアは笑って車のドアに手をかけた。

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