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回収

「この世で一番大事なことは誰かを愛すること、それ以上に大事なことはない。」と言われたことがある。まったくそれは正しいと思う。ただ俺が愛するに値する人間かどうかはいまだによくわからない。そんなことを言うと俺の太ももを枕代わりに寝ている小僧に笑われるんだろうが。いいかげん降りてくれないかな。そろそろソファに座っているのもつらくなってきた。


  ***


古代アラダの遺跡はこれまでに3つ見つかっている。アジアに1つ、オセアニアに1つ、あとは南極に1つ。


南極の遺跡は存在だけ確認されている。厚い氷の下にあって発掘が難しいこと、それから南極の環境保護もあってまだ誰の手も触れていない未知の遺跡だ。


アジアの遺跡は他国の研究者の立ち入りを禁止しており、調査結果を一切公開せず独占している。なので調査が進んでいるのは人類の共通財産として全世界に公開されているオセアニアの遺跡だけだ。


しかしオセアニアの遺跡もほとんど調査が進んでいないのではないかと言われている。1つは全体の規模が把握できていないこと、もう1つは建物を守る機能が頑丈で次の部屋に進むのが難しいからだ。単純に破壊して進むなら簡単だが、破壊と同時に貴重な財産が失われるかもしれないからそうはいかない。


財産と言っても金銀財宝なんて単純なものじゃない。もっと価値のあるもの、すでに失われてしまった古代の技術だ。中にはほとんど魔法と区別がつかないような高度な技術もある。それを知らない初期の調査では扉を破壊して進んでいたそうだ。無知というものは恐ろしい。


本当かどうか知らないが、破壊と同時にトラップが作動して行方不明になった調査員がいるという噂もある。つまり金の卵を産むガチョウは丁寧に扱う必要がある。発見から5年たったいまでも古代アラダの遺跡調査は国家連合事業として続けられている。


今回調査が可能になった部屋には石棺のような物がいくつか並んでいた。棺にしてはやや小さく質素なもので、中に何かを入れてあるのだろうと想像がついた。さて何が出てくるんだろう。


「中身は何だろうな」


後ろからおそるおそる部屋を覗いたエドがそう言った。おまえ、俺を盾にするなよ。腕を掴んで前に押し出しにっこり笑ってみせる。


「お先にどうぞ」

「…こういうときだけ後輩づらかよ」


振り返ったエドは眼鏡の下の目で俺を睨み付けた。エドは俺より年下だが、先に研究所に入っているので俺の上司に当たる。ウエーブのかかった黒い髪に緑がかった茶色の目。黒猫をイメージするスリムなイケメンで、中身も猫っぽい。エドに言わせると俺は頭の中にビールとハンバーガーが詰まっている、図体ばっかりでかい典型的なブロンドブルーアイの筋肉馬鹿だそうだ。なお俺とエドは仲が良い。本当だ。


だがエドが入りたがらないのも無理はない。この部屋の本格的な調査が始まったのは今日からだ。まず数人での下調べから始まって、徐々に入る人数を増やす。研究者とは呼ばれているがジャングルの探検隊と大差ない。何が起きるかわからない危険な仕事だ。


エドは調査用の機材を手にするとゆっくりと石棺に向かった。その大きさを見て首をかしげる。


「棺桶…にしては小さいかな。入らないこともなさそうだけど。」

「中身はなんだろな。蓋を開けたらミイラかゾンビがこんにちは!って出てくるんじゃないのか?」

「その可能性がゼロとは言えない。」

「冗談が否定できないのが嫌だな…。」


エドは石棺の蓋の隙間から細いファイバースコープを入れた。入ったところで光を当ててみると、茶色く乾燥した何かが画面に写った。角度を変えてみると骨のような物も見えた。おそらく棺桶で当たりだろう。幸いなことに動く気配はない。開けたら副葬品が見つかるかもしれないが、回収を急ぐこともなさそうだ。


俺も他の石棺を同じ方法で確認したが、どれもこれもミイラ入りだった。ただどうも不自然な点がある。隙間からの覗き見なので正確にはわからないが、どのミイラも同じポーズのように見える。手を後ろに回した状態で足を不自然に曲げている。衣服らしいものの痕跡もない。


後ろ手に縛られて狭い石棺に裸のまま押し込められた?まさか生きたまま石棺に入れた?死んでから入れたとしても不自然すぎる。何の目的でこんなことをしたんだろう。


「ヴィンス!」


突然エドが俺の名前を叫んだ。振り返ると一つの石棺の前に立って手招きしているエドの背中が見えた。おいおい、まさかマジでゾンビが入ってるんじゃないだろうな…。


「どうした?」


そう言いながらエドのそばに立つと、黙ったまま画像を見せてきた。石棺の中が写っている。それを見て俺も言葉を失う。そこには眠っている人の横顔が写っていた。


いやまさかそんなはずはない。人形か?それもおかしい。他の石棺は全て人のミイラなのに、一つだけ人形が入っているわけはない。つまりこれも人間と考えるべきだが…なぜミイラ化してない?それどころか生きている人間にしか見えない。興奮を抑えきれない声でエドがささやいた。


「大変な物を見つけたな…古代アラダ人だ。」

「の、死体だよな…?」

「そのはずなんだが、なぜ一つだけ…とにかくこれは最優先で回収しよう。」


  ***


研究所に移送された男の遺体は名無し…ジョン・ドウと呼ばれた。ジョン・ドウは最初は厳重に隔離された。なにせ5000年前の遺体だ。とっくの昔に絶滅した菌を持っていてもおかしくない。


だが調査の結果は拍子抜けするようなものだった。検出されたのはごくありきたりの細菌。その他にも特に警戒すべき点はないという結果になった。ただ1点を除いては。


「時間魔法?」

「うん。どうもね、時間が止まっているとしか思えないんだよ。」


そう言いながらエドはコーヒーマシンから紙コップに入ったコーヒーを取り出した。俺もカフェテリアの冷蔵ショーケースからペットボトルのコーラを取り出し、二人で窓近くの席に腰を下ろす。


「時間魔法ってあれか、古代アラダのちょーすごい技術。すごすぎて魔法と区別がつかないってやつ…で、それをなぜ人間にかけてるんだ?」

「人間にかけてるっていうか…実験してたんじゃないかな。人間にかけたらどうなるかって。」

「それは別に人間でなくてもいいだろ?猫でも犬でもネズミでもウサギでも。」

「そうなんだよな…その段階は成功して人間を使ったのか…。あの子の髪見た?」


俺はうなずいた。ガラス越しに見た姿は痛々しいものだった。裸のまま後ろ手に縛られ、髪がめちゃくちゃに切られていた。狭すぎる棺桶に無理矢理押し込まれたのか、足が不自然に曲がっていた。エドはあの子と言ったが、確かに子供と言ってもいいくらい若く見える。


「あれは刑罰だと思うんだよ。古代アラダ人は長い髪、肌を見せない服を着た姿で描かれている。その髪を切って裸にするのは見せしめだろ?犯罪者を実験材料にするのは…今だってないとは言えない。」

「そんな悪い子には見えないけどなぁ…奴隷だったとか?」

「それもありそうだが…どっちにしても本当のことはもうわからないか。午後から俺たちの調査の番が来るから時間通り来いよ。1時間しかないんだから。」

「うぃっす」


そう答えるとコーヒーを飲み終えたエドは席を立った。おれはもうちょっとさぼり…いや気分転換でコーラを飲みながらガラス越しの日光浴を楽しんだ。

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