マン島TTレース再開記念!……サイドカーレースって知ってますか?(知らなきゃ読め)
命知らずのレーサーは数知れず。しかし、そんな彼等に命を預け、更に危険な役割を担当する者が居る。今回はそんな話です。
擦らない方は安全運転、擦ってるあなたは私の仲間、毎度お馴染み稲村某で御座います。えっ? 何処を擦ってるかって!? そりゃー膝やステップ、マフラーのエキパイやアンダーカウル、一度でも走行中に路面で擦れば安全マージンから逸脱してますからね。気をつけてくださいね?(時効発言)
さて、先ずは2022年、遂に再開されたマンクスTT、マン島レースの話題から。
既に結果は出ていますが、コロナ禍のやや鎮静化に伴い様々なカテゴリーのレースが開催されましたが……やはり、と言うか何と言うか……予選中に一名、本レース中にライダー及びドライバーの二名、合計三名の方が事故で命を失いました。危険なレースとはいえ、やはり避けられないんですかね……亡くなった方の御冥福をお祈り致します。
……と、ここで「ドライバーが亡くなった? 比較的安全な車で事故により亡くなった方がいたのか」とお思いの貴方、実は違うんです。この【ドライバー】とは、サイドカーの運転手の事なんです。
「へー、サイドカーね。よーくツーリングとかで見かけるハーレーとかにくっついてるアレ?」と、思った貴方、半分正解。一般的にサイドカーと言えば、二人乗り若しくは三人乗りを想定した改造バイクって認識が大半でしょうが、専門のレースに使われるサイドカーは全くの別物。そして、レース史上最も常軌を逸したスタイルの乗り物だったりします。今回はそんな【レーシングサイドカー】のお話です。
先ず、その構造ですが、簡単に説明するとエンジンはバイクの流用で、排気量問わずパワフルな小型エンジンが多く用いられています。過去には二スト四気筒等のレーサーバイクから転用(それでも軽く150馬力以上!)されていましたが、昨今は四スト二気筒890ccエンジン(これでも同じ馬力らしい)を使用しているようです。
次に車体構成ですが……フレームは完全なハンドメイド。前後タイヤを支えるアームと、エンジンを固定するボディを繋ぎ留める為だけの簡素な構造で、その上にカーボン製のカバーを付けて完成。タイヤは四輪用の幅広タイヤで、これを前後そして右側に一輪の三輪車として取り付けられています。
さて、車体はこんな感じですが、問題はパッセンジャーと呼ばれる助手席に乗る選手の位置なんですが。
……無いです。
いや、嘘じゃないですよ? シートみたいな座る場所は有りません。ただ、車体後部に板が有るだけ。正確には乗車中に身を低くして空気抵抗を減らす空間が存在するだけ。そんな場所によっこらしょと乗り込んだパッセンジャーは、レース中ひたすら掴まっているだけ。ウソだろって? いえいえホントです。一応掴まる為のバーは車体の側面左右に取り付けられていますが、それ以外にパッセンジャーが身体を固定する物は存在しません。
……じゃあ、何でレーシングサイドカーが【最も常軌を逸したレースカー】なのかと尋ねられたら、答えは一つ。そのレース中にパッセンジャーが行う重要な役割があるからです。
では、サイドカーレース中にパッセンジャーが何を担っているのか、そこを説明しましょう。
実は彼等パッセンジャーは、この三角形に近い奇妙な乗り物の【バランサー兼重り】としての役割を果たしているんです。サイドカーが左に曲がる時は身体を車体越しに乗り出して(ほぼ肩から先は車体の外)荷重を掛け、右側に曲がる時はサイドカーの部分に有るタイヤカバーの上に乗って荷重を掛ける。つまり、人間バランサーとしてタイヤのグリップを引き出していく役割を担当しています。
……ええ、シートベルトなんてしていたら身体を動かせませんから、一切の固定器具は有りません。しかも、彼等はヘルメットを路面に擦り付ける寸前まではみ出して荷重を掛けます。時速200キロ以上の速度を出していても、その役目を果たす為に身を乗り出していくのです。
そして、究極的に【あ、俺は無理】と思わせられるのは……空気抵抗を少しでも減らす為に、ドライバーの背後に隠れて前方を見ないまま、曲がる直前まで耐え続けるんです!! 赤の他人が運転する乗り物で、しかも曲がる瞬間には車外に身体を乗り出すまで、前を見ずに乗り続ける……勇気以外の要素が必要なんでしょうかねぇ……?
幅の広いタイヤ特有の、後ろへと蹴飛ばすようなダッシュと共に車体の速度がグングンと上昇する中、パッセンジャーはヘルメットをドライバーの背中より低くしながら耐え続ける。
荒れた路面に依り、タイヤがバウンドし抵抗感を無くしたままでも構わずアクセルを回し、更に更に加速する。
減速のGに伴い身体が前へ押しやられる感覚と共にパッセンジャーは身体を乗り出すと、バーを掴みながら車体の左側に臀部を突き出して身体を路上に晒し、暴れる車体を少しでも抑制しようと奮闘する。
ダッ、ダダダダッ、と、スリップを繰り返しながら急カーブを曲がり終えると同時に、身体を安定させる物一つ無い車体の上にしがみ付き、再びバーを握って橫方向から押し寄せる慣性の圧力に耐え続け、直線に出ると同時に着座位置へと身体を押し込む。
キュオッ、フボォオオオッ!!
目の前に突き出した吸気ファンネルが唸りを上げながら大気を吸い込み、金切り声に似た咆哮と共に華奢なフレームを軋ませながら、レーシングサイドカーが速度を増していく。
……1、……2、……3、
幾つまで数えたら、カーブが終わるのか?
いや、違う。カーブが終わったら、身を伏せて次のカーブまで耐え続け、再び全身を狂ったような暴風が渦巻く車体の外に晒すのだ。
レーシングサイドカー、通称ニーラー。
ドライバー、そしてパッセンジャーの息の合った操縦技術により、時速200キロ以上まで加速させた車体は、ブレーキを引き摺りながら限界まで減速を遅らせてコーナーへと進入し、タイヤを時に滑らせながら脱出していく。
その奇妙な形状のレーシングカーは、世界で一番命知らずの相棒と共に、果敢な挑戦を続けながら木々が両脇に茂る街中を、そして波打つ路面を時にジャンプしながら走り抜ける。
マン島レース、歴史有るこの場所で、一番勇敢な競技者は、サイドカーのパッセンジャーかもしれない。
パッセンジャーが居ても、タイヤは滑ります。そしてジャンプもします。今年もサイドカーは事故に遭い、ドライバーが亡くなりました。重ね重ね御冥福をお祈り致します。