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花に溺れた

作者: 北峰希

花の音がする、といえば馬鹿にするだろうか。

花の咲く音、散る音、枯れる音。かすかに耳に残って彼らは消えていく。いつかは亡骸すら地に残らず溶ける。

そんなことを考えさせてくれまいと今年も木に花が開いた。


「去年はどうだったか聞きたいところだけど」

花の声がした。

「どうもこうもないよ。毎日コーヒーを飲んで仕事に出かけて、食べて寝て。時には一日中寝た。同じことの繰り返し。」

「ありきたりな毎日を送っていたなんて君は相も変わらずつまらないね。」

「はあ。どうも植物を育てるのは苦手なんだが、君は上手く育ってくれてよかった。もう苗を植えてから何年たったかな」

「そんなこと思い出してもつまらないでしょう。私はここから見える出来事のことしか知らないの。まるで地の文になった気分。語り手かな」

「今年もこうして話が出来るだけすごいことだと思いなよ」

「へえ」


独特で雑で、面白みのある言葉。風に揺られる度に花の言葉がそよそよと聞こえてくる。はたから見れば僕がぼそぼそと呟いているだけに見えるだろうが、そんなのはどうでもよかった。

「今夜雨が降るかな、昨日酔っぱらったおじさんが何故か私に言ってたから」

「相当その人は酔っていたんだね。あ、天気予報も雨」

「あめ」

「散ってしまうかな」

「そうね」

「今年は君と話すのも終わりかな」

「永遠に話せなくなるかもよ」

「そっか」

軽口。大事なことは言葉にしなきゃ伝わらない、どんなに後悔するかも分かっているのに出来ない。不確定な未来を考えて、明日でいいか。なんて毎日が続く夢を見ていた。年を重ねて大人と言われるに近しい歳になるほどに言葉は重く固くなることを実感する。


「ねえ。君はそろそろ創作家に戻りな」

「え」

「ありきたりな毎日、それをありきたりじゃ物足りないから始めたんでしょう。私に声をかけるためだけに毎日様子を見に来るなんて馬鹿らしい」

「ば、からしい、って」

「君が継ぎ接ぎな世界をつくるのはなぜ、なぜ作っていたか。それはこのくそったれな人生に色と幸福と寄り添いを添えるため。首を吊るのを半年我慢させるため、飛んでしまいたくなる衝動を思わず飲み込むくらいのそんな孤独な寄り添いをつくるのが目的だったでしょう。そんな孤独な寄り添いを過去や未来の君に与えるために現在の君が創るんでしょう」

「でも、この僕の人生にとって主役は君だ。アンサンブルの僕はひきたてに過ぎないよ」

「なら私はその役を降板する。君と同じ場所の舞台に立たない私なら語り手がお似合いだから。私たち二人の物語はバッドエンドで幕が下りたの。観客は続きの、君が主役のストーリーを待ってる」


「僕は、本当は主役になりたかったんだ。でも平民はなれないって知って、君に出会って、君こそが主役にふさわしい人だって思った。かぐや姫を見るじいやの気持ちだよ。結ばれもしない、話の中にも加われない、ただそっと言葉を2言程度落とすだけ。僕も月に行ったような気分のときだってあった、でもそれは浮かれてただけなんだ。光がぶれて軽く当たっただけなのに僕のためとかほざいてしまったから。だから」


「うるさい、うるさい。うるさい!!君はまだ孤独なのか、自分で孤独を避けるために継ぎ接いできたのに。君のために残してきたものは何だ、あのくだらないと笑いながら二人で生きていた時間は何だったんだ。いっそのことあの時殴りに行けばよかった。誰が何と言おうと君の人生であって主役でなくてもキャストの中には入ってる。それを拒んで幕の裏に入るんじゃない。」

「僕だって、生きたくて生きてるんじゃないんだ」

「なら、どこへだって消えてしまえこの馬鹿」




花はそう言って音がしなくなってしまった。唐突に大粒の雨が降ってくる。

「馬鹿、」



花はそれから一晩で散った。言いたくないこと、思ってもいないことを言ってしまったなと思ってももう遅い。今年はもう咲く花もないから何も聞こえない。


その日を境に僕は創作家に戻った。花で埋めていた寂しさがまた広がって、穴が開いたからだ。

きっともう花は開かない。だからこそ、今晩も孤独な寄り添いを求めて世界を作るのである。

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