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FILE00:無から生まれた女の子

 改めまして、2021年2月23日に、【アデリーン・ザ・アブソリュートゼロ】は連載開始から1周年を迎えました。

 本作はそれを記念するため、作者が本編の初期設定・構想に基づいてアレンジを加えた上で書き下ろした特別編です。

 本編と合わせてお楽しみいただけたら幸いです。


 未知なる細胞、未知なる遺伝子、最先端の技術。すべてが合わさった時、何が作られ、何が生まれるのか。それはまだ誰にもわからない。実験の結果が出るその時までは。


「本当によろしいのですか」


「ああ、この実験に人類の存亡がかかっている。()()がなぜこの細胞サンプルを届けてくれたのか? その意味を確かめねばならん」


「いいのか? 地球外生命体からのプレゼントなんだぞ。連中が何を考えてたかなんて今更だが……」


「後には引けないでしょう。やる以外に選択肢はない。そうしなくては、出資してくださったスポンサーの皆様に顔向けできませんよ」


「話はまとまったかね。諸君らの成功を祈る」


 某国に点在する、とあるラボの内部で極秘に進められていたプロジェクトがついに完成を迎えようとしていた。成功すれば新たなる一歩を踏み出し、更なる進化と発展へとつなぐことが出来る。もし失敗してしまったら、ここまで時間をかけて築き上げてきたものはすべて水泡に帰す。――よって、絶対に失敗することは許されない。科学者たちが各々の思いや不安を口々にした後、ついに命運を決める最終実験が開始された。研究室内の中央にある培養液で満たされたカプセルにエネルギーが送られ、その中に浮いていた【人間のDNA】と、彼らが地球外生命体から交友の証として受け取った、【とてつもない再生力を秘めた細胞サンプル】が融合する。


「す、すごいぞ……! 見る見るうちに増殖と成長を始めている!」


 1つになったそれは、まったく別の何かに形を変えた。小さな肉片から【肉体】を形成し始めたかと思えば、次の瞬間には激しい光がアクリルガラス越しにカプセルの外へと漏れ出し、そしてその光も収まってからしばらくが経つと――。


「なんとまあ、かわいらしい。こっち見て、ほら!」


 まったく新しい生命が今ここに誕生した。姿形は、人間の赤ん坊と何ら変わりない。研究者の1人である赤毛の男性がその赤ん坊を布にくるんで、そっと優しく抱きとめる。大人しくしていたその子どもは、大きな声で泣きじゃくった。見知らぬ大人たちに囲まれた恐怖からなのか、この男性をインプリンティングの要領で父親と思い込んだか認めたか、それとも、言葉を出せず想いを伝えられないもどかしさからなのか。


「まるで天使のようだ。それとも悪魔となるのか……? どちらにせよ、我々はそれらに等しい存在を人工的に生み出してしまった。この責任は重大だ」


 ()()()をして産声を上げたということは、()()を作ったのではない。人間を生み出したという証拠だ。母親の体からではないが、確かに()()()()()()。これからどうなってしまうかなどわからないが、少なくとも、この子を(ないがし)ろにしていいはずはない。そう彼は確信した。


「三浦君。その実験体をどうするつもりだ」


「違う、この子は紛れもなく人間として生を受けたのだ。そんな呼び方はするべきではない。そうだな――アデリーンだ。この子の名は【アデリーン】だ」


 上層部に属すると思しき老人から名を呼ばれた【三浦】は、今抱いている赤子の性別が女の子であることをその場で見抜き、名前まで付けた。



 ◆◆◆



 あれから2年の月日が流れ、アデリーンと名付けられた女の子はラボの中で急速な成長を遂げ、今や5歳相当となっていた。幼いながら既に将来を約束された美貌を身につけたが、それとは裏腹にやんちゃだったようで、施設の外には出してもらえなかったゆえに中で走り回り、設備も勝手に触って時には壊すなどして、ケガも絶えなかったが、傷付くたびに周りが手当てを施す前に自己再生を果たしていた。彼女の肉体を構築している細胞が強い再生力を持っていたために起きたことだ。まるでゼロから創り直すようであったことから、同細胞には【ゼロ・リジェネレーション細胞】と名付けられることとなった。


「ねえ、ここから出して」


 ガラスのケージの中でモルモットやハムスターのような目で見られ、遊び道具もおもちゃも必要最低限しか与えられない。シンプルに楽しくない。急成長したから余計にそう感じてしまったというのもあるが、アデリーンは自由を欲しがっていたゆえにラボ内で大人にばかり囲まれ、同年代の友達ももらえずに監視され、研究に利用されてばかりの毎日に退屈し、嫌気が差していた。


「え? 今なんて」


「ここから出してよ!」


 「子どもの戯言だ」と取り合おうともしない酷薄な者もいれば、三浦博士に同調して彼女を心から心配する者も少なからず存在したし、もちろん彼女の機嫌を取ろうと媚びへつらう、みっともない者も中にはいた。だが、そんな彼らに心を開かない――いや、開きたくなかったアデリーンはついにつもりに積もった怒りを爆発させる!


「よせ、アデリーン!?」


「私をお外に出してったら!」


 俗にいう超能力を発現させてしまったのか? 髪の毛が扇状に逆立ち、両手からすさまじい念動力を発したアデリーンは周囲にあるものすべてを浮かび上がらせ、とうとうガラスケージも割って飛び出すとラボそのものまでも破壊しようと暴走を始める。


「早まるな、どうか暴れないでくれ……!」


「やだ! やだああああああああ!!」


 たとえ、最も彼女の身を案じていた三浦からの願いであろうと、止めようとする周囲の言葉には聞く耳も持たない、心がこもっていないと思ったからだ。騒然とする彼らが空間の歪みを感知するほどに彼女は恐ろしい力を働かせて、ついには殺意まで持ち出したが、怒りに身を任せて誰かを殺そうとしたその時、超能力の反動か彼女は疲れ果てて気を失う。


「やっと治まった、しかし……なんなんだ、この寒さは……!? あの子の力なのか!?」


 破壊の爪痕が痛々しく残されたラボの内部は、どういうわけか冷凍庫の中にいるかのように冷気が漂い、ツララも生えてくるなど全体的に凍り付いていた。当のアデリーンは、暴走していたゆえかそのことを知らぬまま眠っている――。



 △



 力を行使しすぎた疲れから3日も眠っていたアデリーンが目を覚ますと、そこは彼女が破壊したものとは別のラボにある三浦の部屋のベッドの上だった。自分に何があったのか気になっていた彼女に事の一部始終を話すと、三浦は彼女を連れて部屋を出て行く。行き先は個人的に「ガツン!」と意見してやりたい、研究機関の幹部たちが待つ会議室。だだっ広いそこで、長机に設けられた席に着いている幹部らは三浦を見るなり、あまりいい目を向けなかった。彼と彼がかばうアデリーンに対し疑問符を抱いたためである。


「三浦博士、君は彼女をどうしたい?」


 モノクルをつけた老人が開口一番にそう訊ねる。当然ながら三浦の答えは既に決まっており、次に物怖じしない顔をしてこのように述べた。


「どうしたいも何も――……。僕は、彼女を1人の女の子として育てたいと、そう思って直談判に来させていただいたまでです。あなた方こそ、アデリーンに何をさせたいのですか?」


「そのアデリーンは怒り狂って、超能力に目覚めラボ1軒をまるごと破壊したらしいな? ならば、超人的兵士として育てるべきだ」


 責め立てているのは、モノクルの老人の隣に座っている長身痩躯で横に広がった髪とヒゲを生やしている、人相の悪い初老の男。威圧感たっぷりだが、三浦は動じない。そんな彼の後ろにアデリーンはずっと隠れている。本当に少なかったのだ、自分が心を許すことのできる人が。


「どうせ人造人間なのだ。この2年間、あらゆる苦痛を与えるテストや、常人ならば死ぬ環境下にも置いたし、脳や心臓を貫かれても平気で【再生】してみせたではないか。そんな子を兵士や兵器に仕立て上げずして――……」


 長身の初老の男性が過激な思想を唱えだしたその時、冷静だった三浦も怒りに火が付き長机を思い切りぶん殴った。「――私と同じなんだ、博士も……!」と、アデリーンは幼いながらも彼の心情を察して、同時に先日暴れてしまったことを省みる。


「彼女を生み出したあの細胞は! 【ZRゼロ・リジェネレーション細胞】は、そんなことのために使っていいものではない! 医療技術の発展に役立てるべきなのだ! あなたたちはそんなにアデリーンに手を汚させて、罪悪感に苦しめさせたいとおっしゃられるか!?」


「偽善者め。いたずらに子どもの姿をした遺伝子のバケモノを造っておきながら……」


 アデリーンを我が子も同然に想い、必死で反論する三浦に対し幹部たちの反応は非常に冷たい。先ほどの2名の老人だけでなく、奥に座するスキンヘッドで悪人面の壮年男性らも三浦を見下すような視線を向けていた。だが彼は一歩も下がらない。


「この子は、アデリーンはバケモノなどではない。人の子だ。彼女に必要なのは、機械のような冷酷非情さなどではない! 正しき教養と! 人のぬくもり、……何よりも……やさしさだ!」


 義憤に駆られる三浦は、白衣の左胸ポケットにつけていた所属機関のマーク――Hの字を描いた二重螺旋のバッジを外して、床に叩きつける。「完全に手を切る」という証明だ。


「今日限りで当機関からは降りさせていただきたい。……アデリーンは責任をもって僕が育てます。あなたたちのもとに置いておきたくはないので」


「なん、だと……!? 三浦君! どこに行くのかね!?」


 洗いざらい伝えた三浦は、アデリーンと一緒に会議室から退席する。出る前に、彼女は一度だけ振り向き、機関の上層部に対して悲しい目をしてから後にした。


「パパ……ごめん、博士? 私、自由になれるの……? もう【実験動物】にならなくてもいいの?」


 血のつながりはなくとも、アデリーンにとって三浦は父のような存在。その事実に変わりはなし。手をつないでもらいながら、彼女は気が済むまで問い続ける。彼女がいたから落ち着くことが出来た三浦は、穏やかな笑顔を浮かべてアデリーンにこう誓う。


「そうだ。行こう、こんな暗くて冷たい場所ではなくて暖かくてもっと素敵なところへ」


 ――その日、【三浦ジョージ】博士は私室を引き払い、アデリーンと共に出て行った。彼らの行き先は誰も知らない。

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