社交界という名の魔窟(2)
「one、two、three、one、two、three! 手の先足の先まで意識を張り詰めて――そう! その感覚を忘れては駄目よ!」
この宮殿に来てから2週間がたった。
その間クロレナリアは寝て特訓し、また寝て特訓しという就寝以外の時間は全てアナとの特訓に費やした。
シナリータの作法は、筋肉至上主義のアカルエとはまた違った辛さがある。
女は美しく、しかしか弱く、といった風潮が主流となっていることである。
ここ2週間みっちりとシナリータの常識を教え込まれ、流石にそれが『修行』だとは思わなくなった。……実質的な面は置いておいて。
その男尊女卑とも言える堅苦しい文化の中でも誇りを持って逞しく生きる存在が多数いる。
その筆頭がアナだろう。
『スプーンより重いものを持ったことがない』そんな誹りを受けながら、甲冑の1.5倍は重いだろうドレスを羽を纏っているかのように軽やかに着こなし、美しく踊ってみせる。
決して疲労は感じさせず、徹頭徹尾朝から晩までその優雅な所作が崩れたところを見せたことがない。
その徹底された姿は、すべての女性から羨望の眼差しを集め、男性にさえ憧れられている節がある。
王宮の使用人の様子を見るに、なので貴族の反応は何とも言えないが。
暫く基本の『き』の字と言われる簡単なステップを踏みながら、アナからの指導を受け、一刻ほどたった。
アナは「少し休憩を挟みましょうか」とクロレナリアに声をかけ、メイドに紅茶の用意をするよう合図した。
「クロレナリア様はダンスがお得意なのですね。節々にキレがあり、美しい――流石はアカルエの方というか」
しみじみと言うアナに、クロレナリアは、え? と声を上げた。
「アナはアカルエに縁があるの? 両国に交流など本当に最近まで無かったと思うのだけど……」
「……ああ、クロレナリア様は知らないのですか。我が国とかの国の間では、一定数、必ず移民が存在するのです」
「……移民?」
ええ。と苦笑気味にアナは頷く。
「奇しくも両国は、全く真逆の特性を持っているでしょう? だから故郷で辛い思いをした者たちが、再起を図って移住するのです。……現に実行するまでの根気と想いがある者は、それなりの覚悟を持っているもので、大成しますわ」
実は持ちつ持たれつやってるとこもあったのですよ、とアナは表情を崩さないまま、付け加えた。
初耳の情報になるほど、と頷くと、アナはいたずらっぽくクロレナリアの頭を撫で、自身とクロレナリアの額をくっつけた。
シナリータの内輪内でする、親愛の証のようなものだ。
「……クロレナリア様も苦労なされたのでしょう? 大丈夫です。きっと貴女だって――」
「――アカルエの人質は、ここか?」
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