プロローグ(3)
クロレナリアは混乱していた。
いくら国が違うといえども、余りにもシナリータは文化が違いすぎる――まだ標高の高く、滅多に交流のないリアリィ山脈の奥に位置する国の方が、まだ類似点が多いくらいだ。
これが戦争の弊害なのか、と呆然としていた矢先に――といっても結局は、意識高い者たちの修行風景だったのだが――また、驚くようなことが起きた。
背後から現れた金髪男の上官らしき人物。
彼がまた、こう、途轍もなく好みだったのだ。
まだ20代だろうか。
黒狼のような艷やかな黒髪は肩に乱暴に流してあり、若さの中にもどこか粗野な雰囲気を醸し出している。
瞳の色もすべてを射抜くような力強い赤で、貴族のものというよりは軍服というのが正しい装いは黒に金の鎖がしゃらと付けてあって、とても見栄えがいい。
何より素晴らしいのがその体躯――アカルエの筋肉オタク達にも引けを取らない……それでいて実用的であろう引き締まった無駄のない身体をしている。
背も高く、2、3メートルはゆうに有るだろう――まさにアカルエの(戦)乙女たちの理想の人物である。
枯れ枝のような容姿をしたクロレナリアでもそれは例外ではなく、頬が桃のように染まっていくのが感じ取れた。
ッ、駄目ですわ。私は実質人質といえども、国王の正妻となる者……家臣に懸想など……ッ!
だが、意識すればするほどに頬の赤みは増していくし、緩みかけた顔とて再び『普通の表情』に戻すことのなんと難しいことか!
それでもアカルエの威信をかけてクロレナリアは歯を噛み締めた。
額に皺を寄せ、口元を軽くへの字に曲げる。
よって出会い頭にやける可笑しな女にはならなかったものの、いきなり不機嫌になって睨みつける態度の悪い人になってしまった。
「で、では案内します。クロレナリア嬢」
膠着した雰囲気に恐る恐るメスを入れた金髪男は、そそくさとクロレナリアの手を取り逃げようとする。
「待て、何処へいく? ルード。お前の用は目の前にあるではないか」
だがそう上手くはいかなかった。
威圧感のある男性が眉を顰め、冷たい声で言い放つ。
金髪男――ルードはいい加減にして下さいよとまだ少し青い顔のまま小さく息をついた。
「貴方は主らしく、謁見の間にいてくだされば良いのです。第一印象は大事だと散々教わったではありませんか?」
じととした家臣の苦言に男性がクッ、とおかしそうに喉を鳴らす。
クロレナリアの胸の奥が不意にきゅっと引き締まった奇妙な感覚がした。
「……第一印象? そんなものが今更変わるとでも? アカルエ人にとって俺は災いを齎した悪以外の何者でもないだろう」
「それでもやはり――」
「くどい。第一アカルエとてシナリータと大して変わらん。この風貌を恐れ言葉を無くすだけだ」
反論の余地すらない言葉にルードは押黙るが、クロレナリアは別の意味で言葉が出なかった。
(……謁見? 災いを齎した? なんのこと――まさか、この人が)
「国王、陛下……?」
クロレナリアの呆然とした声が、乾いた空気に妙に強く響き渡った。
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