プロローグ(1)
ことんことん。
舗装された煉瓦道を、馬車がゆっくりと進んでいく。
一定のリズムの中、たまに不規則にごとんと揺れる大きな揺れは、まるで自分の胸の内を表しているかのようだ。
クロレナリアはふぅ、と今日でもう何度目かのため息をついた。
この何気ない嘆息さえ目的地――嫁ぎ先に着いたら、簡単に出来なくなるのだと思うと、止まらなくなってしまったのだ。
もういっそ、一生着かなければいいのに……そんな彼女の思いも虚しく、目的地――シナリータ王国の王城が見えてきた――。
クロレナリア・ディ・アカルエは、この王国と隣接する国にして長年の敵対国、アカルエ公国の第4公女だ。
それぞれ南と北に位置するこの2つの国は、元は一つの国だったと言われている。
だがある時大災害が起き、それをきっかけとして元々歪み合っていた2つの地域が分裂し、それぞれ国家を形成したのだ。
それから事あるごとに、この2つの国は喧嘩を売り、買い、経済戦争から武力衝突――総力戦になるまで、戦い続けていた。
そして先日、その戦いに一先ずではあるが決着が付き、負けたアカルエは多額の賠償金と、こよなく愛する末娘を人質としてシナリータへと送ったのだ。
その末娘がクロレナリアなのだが……ぶっちゃけ、愛された覚えがない。
『こよなく愛する』とか言われて目を剥いてしまうほどには――というかそれ以前に誰の話だろうと首を傾げてしまうほどには――無関係の話である。
だがそれもしょうがないだろう。
クロレナリアの容姿は、普通ならば老いたときになるだろう白髪にほんのり薄く、灰を塗したような残念な髪色で、手足も筋肉の『き』の字もなく、まるで朽ちた大木の先でぽきりと折れている卑小な小枝のよう。
吹いて倒れそうとはこのことを指すのだと体現するようなクロレナリアの身体は、筋肉至上主義で体力命、最近の流行りの筋肉を付けるのがトレンドのアカルエでは、最も忌避される存在だ。
普通なら赤子の時点で野山に捨てられているような子供である。
幽霊と蔑まれようが、余りロクな食べ物を与えられなかろうが、日のもとを歩くのを禁止されていようが、そこには多少なりとも親の愛があったのだ――と信じたい。
……なるほど、確かに『こよなく愛され』たのかもしれないわ。
虚ろな目をしたクロレナリアが笑いを零すと、呼応するように馬車がガタンと大きく一つ跳ね、止まった。
死神とは、得てして性格が悪いものである。
さあ後どれくらい生きられるのかと死神に愛されすぎて生きながらに幽霊とまで呼ばれた少女は、もう、ため息すら出ずに天を仰いだ。
一瞬、スリップかと期待にもならない望みを抱いたが、やはりというべきか、王城に着いたらしい。
老年の御者が頭を垂れて手を差し出す。
「公じ――クロレナリア嬢、御手を」
「ええ、ありがとう。ウィルソン。……貴方ともここまでね」
「御健闘をお祈りしております。我等が姫君」
彼は公城の中でクロレナリアに分け隔てなく接してくれた、数少ない人物だ。
そしてそれ故にクロレナリアの父――国家君主に睨まれていた人物でもある。
どうかこれからも息災であって欲しいと願うが――さて、一寸先は闇というか、その程はクロレナリアには分かりそうもなかった。
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