8. 他郷の夜に
「おいでおいで〜」
差し出した腕にツノラビを噛み付かせ、慣れた手つきで仕留める。
「いやいや、ミロ君。戦い方が独特かつバイオレンスすぎるよ」
「え?」
「え?じゃないよ、まったく。すごいスキルだね。<安全運搬>だっけ?」
「そういうルインさんだって。さっきのすごい風って魔法ですか?」
呆れ気味にミロの戦闘を見守っていたルイン。その足元には、頭から背中にかけて燃え盛るように赤い毛が走る猪の魔物が転がっていた。レッドボアである。
「そうだよ。<ウィンドカッター>っていうんだ」
中級職【魔術師】の初級魔法だというその魔法が、ルインの短い詠唱の直後にレッドボアの頭と胴体を真っ二つにするのをミロは見ていた。
「グギャ!」
「プトラもかっこよかったよ」
ツノラビの突進をかわしざま、しなる尻尾で叩き落とす。綺麗な一撃であった。
もちろん仕留めたツノラビはすでにプトラの腹に収まっている。
《運搬物の総数が300に達しました。職業レベルが5に上がりました》
《ユニット数が8から16に増加しました》
《スキル<地図>が開放されました》
休憩のたびに狩りや採取をしていた甲斐あって、職業レベルもまた一つ上がり、新たなスキルも加わった。ミロもホクホク顔である。
サラコナーテへの旅にルインが加わり数時間。途中、ツノラビを追いかけるレッドボアと遭遇し三つ巴戦になるという思わぬ出来事もありつつ、一行は今日の野営地である小さな滝のほとりに辿り着いた。
日没にはまだ少し早いが、先客が一組、すでに野営の準備を始めている。
王都に向かう商人と、その護衛に雇われた冒険者パーティーだろう、とルインは言う。
「ちょっと早いですけど、夕食にしましょうか」
ミロは言って、短剣で器用にツノラビを捌き始めた。
皮を剥いで内臓を取り除く。最終的に一口大にしたラビ肉に、採取した野草や香辛料をなじませフライパンでさっと焼き目をつける。
焚き火はルインが火魔法であっという間に起こした。
皮面に焼き目がついたら、芋、きのこ、野草、最後に水を加えてひたすら煮込む。
「芋に火が通る頃には完成です」
「食べられる野草ってこんなにあるんだね。知らなかったよ」
「いくつかは食べずに捨てちゃいますけどね。これはお肉を柔らかくするやつで、これは香り付けです」
言いながら小さな葉や実を取り除いて捨てていく。
「へえ、ミロ君すごいね。僕は料理はからっきしだけど、そんな僕でもすごいのがわかるよ。そもそも野営するときにこんな本格的な料理なんて普通しないしね」
「そうなんですか?普通は何を食べるんですか?」
「定番は干し肉とか、水分の少ない堅パンかな」
ほら、とルインはポーチから干し肉を出して見せる。
「そうなんですか。野営の時はいつも現地調達して料理してたから、これが普通なんだと思ってました」
「それにしてもいい匂いだね。お腹がすいてきたよ」
「あとはレッドボアを焼いたら完成ですよ」
「ボアは捌いておいたよ、こんな感じでいいかな?」
「いい感じです」
受け取ったボア肉は、揉んで千切った野草と胡椒で味をつける。フライパンはスープに使っているので、木の枝を削って作った串に刺して焚き火で焼く。
薄く切ったレモンを肉に貼り付けて焼くと、レモンの焼ける香ばしさと爽やかな酸味が肉の味を引き立てるのだとミロは言う。
「その揉んだ野草、スープにも使ってたね。どんな効果があるんだい?」
「これはシオナ草と言って、塩の代わりです。細胞を壊すと塩味が増すので、揉んでから使うんです」
焼ける肉の香ばしい香りとレモンの爽やかな香りが鼻をくすぐる。串焼きを見守るルインの腹がぐうと鳴った。
ミロは「もう少し焼いたら食べられますよ」とルインの腹に答え、はたと気づく。
「そういえば食器がありませんね」
「あはは、そうだね。串焼きはそのままでいいけど、スープはどうしようか」
「今から木を削って作るのも面倒ですね」
「な、なあ君達!」
フライパンから直食いするのもちょっとね、と話していた時だった。
近くで野営の準備をしていた一行が慌てた様子で駆け寄ってきた。
「聞き耳を立てていたようですまんが、食器を貸すから、そのスープと串焼きを我々にも売ってくれんか!?」
身なりの良い男が代表してミロに話を持ちかけてきた。その後ろにいる四人も含め、どこか逼迫した様子でミロの返事を待っている。どうやらルインの言った通り、王都へ向かう商人とその護衛パーティーらしい。
「マナー違反なのはわかっているんだが、材料に余裕があれば頼めないだろうか?」
「もちろん俺たちも金は払う。肉がないなら今から狩ってきてもいい」
「あの、きのこなら提供できるのですが・・・」
「三日間干し肉ばっかりでさ、その匂いで気が狂いそうなのー」
冒険者パーティーの面々も思い思いに訴えかける。
「スープはいいですけど、串焼きはルインさんのボア肉なので。どうします、ルインさん」
「いやいや、ボア肉は料理を作ってもらう代金みたいなものだから、ミロ君の好きなようにしていいよ?」
五人の顔に期待の色が満ちる。
「食材もまだあるし、じゃあ、食器をお借りしてもいいですか?」
「おお、そうかそうか!じゃあこの椀にスープ一杯と串焼き一本、合わせて三十オロンではどうかね?」
「えぇっ!三十オロン!?」
初依頼の報酬と同じ額に、ミロは思わず声を上げる。もちろんこの後、五人分で三十オロンではなく、一人三十オロンで合計百五十オロンだと知って、もう一度声を上げることになるのだが。
*
スープの椀を片手に串焼きにかじりつく。焚き火を全員で囲み、野営地は小さな宴会場になっていた。
「う、うんめぇ!」
「本当ね。ボア肉はよく食べるけど、野草でこんなに味が変わるなんて」
普段、冒険中は干し肉しか食べないというA級冒険者パーティー『竜の庭』の四人は感動しながら串焼きにかぶりついている。ボア肉は一頭丸々捌いて味つけだけしておき、銘々串に刺して焼くセルフスタイルにした。
「しかし、野営でこんなうまいものが食えるとはな」
リーダーのヴァンはしみじみとスープを味わい、「いつもこうなのか?」とミロに尋ねた。
「村にいた頃は狩りでたまに野営してましたけど、だいたいこんな感じでしたね」
食べ物は体と精神をつくる。命のやり取りをする狩りにおいて、食をおそろかにするのは武器や回復薬を投げ捨てることに等しい。
ミロにサバイバル術を仕込んだシュサクの教えだった。
「そう僕は教わりました」
「なるほど、一理あるな」
「そうね、精神力は魔法にも大きく影響するから、今の話、刺さるものがあったわ」
「うちでも取り入れてみるか」
パーティーの方針を決める立場にあるヴァンの言葉に、【魔術師】のサラが賛同する。
ちょうど一人分残ったスープのおかわりがオークション状態になり、ニビによる120オロンの札が上がった時点で、見かねたミロが第二陣を作ることを提案。結局、スープは第三陣にまで及び、道中狩りをした魔物も、数日分を想定して採取した野草や香辛料も、全て使い切ってしまった。
「長年商人をやっているが、ただの雑草としか認識していないものばかりだよ」
「ねえ、このお団子に入ってるのはさっきの青臭い草よね?刻んで入れた時は狂気の沙汰かと思ったけど、なんでこんなに美味しくなってるの?」
サラが言う団子は、小麦粉をねって野草を混ぜたものである。
ニビが小麦粉を、『竜の庭』からはきのこが提供され、第三陣はもはや鍋になっていた。
「それはニニララ草といって、熱を通すと青臭さがなくなって美味しくなるんですよ」
「炒めても美味しいんですよ」というミロの言葉を、サラは熱心に聞いている。
「ホントだ!これもうめぇ!」
「ホントホント!もう何杯でも食べられちゃう!」
「こら、アルト、ヒナ!最後の一杯なんだから、ちゃんと味わいなさい!」
「「・・・はーい」」
「ごめんね、ミロ君。食材使い切らせちゃって」
「大丈夫ですよ、サラさん。明日も休憩中に採取すればいいので」
明日からは僕も採取を手伝うよ、と言うルインは最後の串焼きをプトラに食べさせている。
「しかしそれでは休憩にならないだろう?」
「僕は全然。プトラに乗ってる間はずっと休憩してるようなものなので」
「確かにプトラ君の背中は乗り心地いいよね。揺れも少ないし。多分人を乗せ慣れているんじゃないかな」
「なるほど。さすがプロの運び屋さんだね」
「グギャ!」
そうだろ、とプトラが鳴く。
「そんなに安定して採取高があるなら、商売として成り立つんじゃないかね?」
「野草を売るってことですか?」
この料理をだよ、とニビが言う。
「いいわね、それ。こんな風に野営地専門でやれば儲かりそう」
「わあ、ヒナ、毎日通っちゃいそう」
サラとヒナの言葉に、ミロは手にした銀貨を見た。スープ三杯に串焼きの食べ放題、そして食材を使い切った詫びにと、結局一人百オロンずつ。合計五百オロンがその手にあった。
大小の銀貨が詰まった袋はずっしりと重い。
「でも一食で三十オロンじゃ、高くて売れないと思うんですけど」
「いや、三十オロンで交渉しておいて何だが、私なら一食七十オロンは取るだろうな」
「く、さすがニビさん。そのくらいなら出してしまうだろうな」
ニビとヴァンの言葉にミロは耳を疑う。
「近くに街もないこの状況だから、温かいものが食べられるだけでも御の字。加えてこの味だからねぇ。払っちゃうだろうなあ」
ルインが言うと、ヒナが立ち上がった。どこから出したのかリュートを掲げている。
「ヒナもそう思う!よし、ヒナ歌っちゃいます!」
「ちょっとヒナ、変な効果付与しちゃダメよ?」
「もー、わかってるよサラ。」
よくわからないやり取りに眉をひそめるミロ。
「ヒナ、【吟遊詩人】なの。じゃあ聞いてください。『ミロ君、お店やればいいのに』」
シャンとかき鳴らした軽快なリズムにヒナの軽やかな歌声が乗る。
まだよくわかっていない様子のミロに、ルインが解説する。
「職業の一つだよ。音で攻撃をしたり、歌を聴いた者のステータスを一定時間変化させるようなスキルを多く持っているんだ」
「へえ、そんな職業もあるんですか。すごいですね」
メロディーとなって紡がれるのはスープや串焼きの作り方と味の感想。『竜の庭』のメンバーは苦笑いだが、ミロは歯切れの掛け布団にくるまり、その美しい歌声に聞き入った。
村を出て二日目。初めて心が安らいだ瞬間だった。
「なんだか、いい夜ですね」
「そうだね」
焚き火の煙がヒナの歌声をはらんで夜空へと立ち上る。その行方を追って見上げると、村で見るのと同じ月が夜を淡く照らしていた。