6. 老騎獣
「おは「一週間ほどサラコナーテのダンジョンに潜ってこい」
初依頼を終えた翌日の朝。マスタールームに通されたミロは、挨拶をする間もなく二つ目の指定依頼を言い渡された。
「えっと、今回は何を討伐するんですか?」
「特に何とは指定しない。ダンジョンを攻略してサラコナーテの冒険者ギルドで報告すれば、こっちにも報告内容が来るようにしておく」
依頼内容が昨日より随分と曖昧な気もするが、
「あー、まあなんだ。昨日の初依頼で実力があるのはわかったからな。より実戦的な形で依頼を遂行する訓練だ」
「な、なるほど」
それなりの理由があったらしい。
「サラコナーテは王都の東に位置する街だ。馬車で四日程の距離だが、今回は【御者】の調査も兼ねてギルドから騎獣を一体貸与する」
「貸与って無料ってことですか?」
「ああ。まあ新職種の調査は義務みたいなもんだからな。気にすることはない」
運び屋ギルドでこれを見せろ、と言ってダガートが放った手紙を、ミロは慌てて受けとめる。騎獣一体の相場などミロには知る由もないが、所持金が安宿一泊分しかないミロにはありがたい話だった。
「あ、ありがとうございます」
「よし、行ってこい」
今日も今日とてダガートの話の展開は流星のように速い。初めて聞く運び屋ギルドについて質問する時間さえ与えられず、ミロは追い出されるようにマスタールームを退室した。
*
サラコナーテへは東門から出発するが、まずは騎獣を借り受けに、西門を出てすぐのところにある運び屋ギルドへと向かう。
「ここが運び屋ギルドだったのか」
それは昨日、ツノラビ討伐の際にも通り過ぎだ場所だった。
商業ギルドや冒険者ギルドほど大きくはないが、木造二階建てのホームの隣には柵で囲われた広い敷地あり、様々な魔物が放し飼いにされている。
恐る恐る近づくミロに、柵の近くにいた世話係の男は「大丈夫だ」と鼻で笑う。敷地内の魔物は全て【魔物使い】のスキルで飼い慣らされていて、命令しない限り人を襲うことはないのだという。
「こいつがレンタルのラプトラルだ。じいさんだが、サラコナーテまでなら十分だろう」
ダガートの手紙を見た男が連れてきたのは、小さな荷台を背負ったトカゲの魔物だった。二足歩行で、頭の高さはミロの身長の二倍程の位置にある。顔の造りからトカゲだとわかるが、小さな前肢に申し訳程度に生えた羽根や、太く発達した後ろ肢の爪などは、むしろ鳥の要素を強く含んでいる。
「ありがとうございます。よろしくねラプトラル君」
手綱を受け取ってラプトラルを近くで見る。世話の仕方が杜撰なのか、あちこちに皮膚が膿んでただれていたり、赤く滲んだ擦り傷があったりと痛々しい。
傷のないところを優しく撫でると、ラプトラルは生気のない目をミロに向け、グララ、と弱々しく鳴いた。呼吸は浅く、ゼイゼイと乾いた雑音が混じっている。あまり体調は良くなさそうだ。
後で回復薬が効くか試してみようと思いつつ、ミロは気になっていたことを男に尋ねる。
「あの。運び屋ギルドに所属するにはどうすればいいですか?」
「なんだお前、運び屋なんかに興味があるのか?」
「はい。僕、職業が【御者】なので、運び屋ギルドなら職業を活かせるかなと思いまして」
「【御者】?・・・っつーと馬車や騎獣に乗る御者のことか?」
眉をひそめる男に、ミロは「そうです」と昨日からもう何度目かになるやりとりを返す。
「聞いたこともない職業だが、まあいい。で、ギルドに所属する条件だったな?生憎だが、お前じゃあ所属は無理だろう」
男はミロを下から上へと品定めするように見た後、そう言い切った。
「運び屋ってのはただ手綱を握ってるだけじゃ務まらん。安全に物や人を運ぶには、道中で魔物や野党に出くわした時に対処するだけの腕っぷしやら、そもそもそんなもんに遭遇しなくていいようにする情報収集力、運搬計画やらが必要になってくる。まあ他にも挙げればきりがねえが、要は旅の知識と経験がそれなりにないとってことだな」
「そうですか・・・」
知識と経験。つい昨日冒険者になったばかりのミロには取りつく島もない話だった。
潔く諦めて男に礼を言い、ミロはラプトラルとともに運び屋ギルドを後にした。
街に入る前に、近くの川辺でラプトラルから荷台を外し、荷台袋から取り出した体力回復薬と状態異常回復薬を飲ませる。
「ちょっと苦いけど、毒じゃないからね?」
ほらね、と丸薬を少しかじって見せてから口に入れてやると、ラプトラルは素直に飲み込んだ。
リコットの回復薬は水に溶かすと塗り薬にもなるので、アワアワ草とミント草で作ったボディーソープにも混ぜて体を洗ってやる。
膿みや傷のある部分は泡で撫でるだけにして、決して擦らないように注意する。初めのうちは傷に染みるようで、苦しそうな鳴き声を上げていたが、回復薬が効いてきたのか、次第に血色が良くなり、目にも生気が戻ってきた。
「よかった。効いてるみたいだね」
傷や膿が癒えたところで、体毛にこびりついた土汚れを洗い落として、再度全身をボディーソープで洗う。一時間ほどかけて丁寧に洗ってやると、ラプトラルは見違えるほど立派な姿になった。
「グギャギャ!」
「あはは、どういたしまして。二週間くらいの付き合いになるけど、よろしくね」
再び幌を背負わせ、旅の相棒にプトラと名前をつけ呼んでやると、プトラは「任せておけ」と言わんばかりに鼻息荒く一鳴きした。
*
運び屋ギルドのある西門から、街の中を横断して東門へと向かう途中。片道四日の旅にできる限りの準備をしようと、ミロは露店が並ぶ広場に立ち寄った。
「寝袋。水樽。調理用に鍋も欲しいな。あとプトラの体を洗うブラシ。あ、そうだ、獲物を入れる用の袋も・・・」
必要なものはいくらでも思いつくが、所持金は三十五オロンしかない。買うのは必要最低限なものだけ、と決意したその矢先。露店で寝袋を見つけたミロは、値札に書かれた金額にほんの一瞬意識が遠退く。
「ご、五十オロン・・・まさか、一つ目でもう予算オーバー」
恐るべし王都価格、とうなだれる。
寝袋は諦める他ない。プトラのブラシもなんとか作れないだろうか。食料は道中調達すればいいし、野草でも肉でも、焚き火で串焼きにすれば鍋もいらない。
そうしてほぼほぼ諦め、唯一水樽だけはなんとか購入したいと思った時だった。
「どうかされましたか、ミロさん」
「あ、エナさん!こ、こんにちは」
長い耳を揺らしながら歩み寄ってきたのは、冒険者ギルドの職員、エナだった。
簡素なシャツに、裾の短い水色のパンツ。ギルドの制服を着ている時より幾分印象が柔らかい。ピンクや黄色の花柄をあしらった腰巻きが、歩調に合わせてふわりと踊る。
「顔が険しいようですが、何かお困りですか?」
「いや、えっと・・・」
情けない話なんですけど、とミロは寂しい懐事情をエナに話す。
「・・・なるほど。でしたら私にお任せいただけませんか?多くは代替品になってしまいますが、三十五オロンあればそれなりの準備ができるかと思います」
少々あてがありますので、とエナは案内役を買って出る。珍しくその表情に笑みを浮べて。
「ありがたいですけど、エナさんはギルドのお仕事はいいんですか?」
「今日は非番ですので。それに、実は私もミロさんにお願いしたいことがありまして」
「僕にお願い?なんですか?」
「初依頼のことなど、少々お話する時間をいただきたいのです」
今後、新人冒険者をサポートする上で参考にしたいのだとエナは言う。
ミロの担当はギルマスであるダガートがしているため、話が下の職員にまで届かないらしい。
「そういうことであれば、僕からもぜひお願いします」
「ありがとうございます。では早速参りましょう」
話の展開が速いあたり、さすがはダガートの部下である。
まずは寝袋、と言って訪れたのは布を売る露店。
革紐と太めの針を買って、貰い手がなければ捨てるだけだという無料の端切れを大量に譲り受ける。
「端切れを重ねて、一箇所を革紐で繋ぎます。綺麗に縫い合わせるには紐がたくさん必要になるので、あくまで繋ぐだけです。これを繰り返して隙間なく繋ぎ合わせると、大きな布のようなものが出来上がります。この時期の王都やサラコナーテの気候であれば、十分掛け布団代わりになるでしょう」
「なるほど。大きい布だと値が張るけど、これなら針と革紐代だけで済みますね」
次に訪れたのは鉄を扱う工房。
エナは職人と交渉して、見習いが作り損ねたというフライパンを一つ購入する。
作り損ねたというだけあり、鍋のように深く、形もきれいな丸をなしていない。底厚が均一ではないため、火の通りにも偏りがあるのだという。
見習い職人にもプライドがあり、初めこそ「こんな出来の悪いものを売るわけにはいかない」と渋っていたのだが、「どうせ鋳潰すのであれば、鉄として購入させてください」と、とんちのような交渉で無料同然で購入するに至った。
そうして方々を回り終える頃には、掛け布団、フライパン、水樽、ブラシ、木箱、麻袋、欲しいと思っていたものがきっかり三十五オロンで揃ってしまった。
「こんなに揃えてもらって、本当にありがとうございます。サラコナーテのダンジョンでたくさん稼いで、帰ったらお礼にご馳走しますね!」
「それは楽しみです。その時はぜひダンジョン攻略のお話もお聞かせください」
「そういえば、初依頼の話は今からでいいですか?何かお役に立てる話ができるといいんですけど」
エナを連れて噴水の縁に腰掛けると、プトラが噴水の水を飲み始めた。それを横目に、ミロはツノラビ討伐や報酬のこと、今日受けた依頼の詳細をエナに話して聞かせた。