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4. 木漏れ日に銀

がさり、と葉が擦れ合う音がした。

音のする方を見やると、茂みから現れたのは黄色い毛と鋭利な一本角を持つ魔物。


「キィィイイ!」

「キィイ!」


討伐対象のツノラビである。


「二匹同時か」


慎重に戦えばなんとかいけるだろう、とミロは腰に下げていた短剣を引き抜く。

が、楽観する時ほど事態は激化するもので、ツノラビに斬りかかろうとした背後で、さらに二つの鳴き声が響いた。


「キッキイ!」

「キイイィィィ!」


「よ、四匹」


二匹同時でも分が悪いのに、四匹など逃げられるかどうかすら怪しい。追い打ちをかけるように<ステータスボード>で見た「守り:0」が脳裏をよぎる。

すぐさま逃げに転じたミロは、しかし、走り出した足をピタリと止めた。


「キィイイイイ!」

「五匹目・・・!」


金属が擦れ合うような五つの鳴き声。三方を囲む耳障りなその声は、連携をとっているようにも、すでに勝利を確信している勝どきのようにも聞こえる。

頭に浮かんだのは「死」という文字。ミロはそれを振り払うように頭を振った。

血の気が引いていく一方で、心臓はうるさい程に激しく鼓動する。

逃げなくては、と足に力を込めたところにずん、と地を蹴った一匹のツノラビがミロの腹に飛び込んだ。

それは投擲された槍のごとく。一本角が皮を破り、内蔵を貫き、鮮血が・・・


「痛・・・・・・・・・・くない?」


舞い散らないし、貫くどころか、なんなら刺さってすらいない。


「え?なんで・・・?」


興奮状態で痛みを感じないというのは聞いたことがあるが、幻覚まで見せることがあるだろうか。

ミロの疑問に構うことなく、残り四匹の牙がミロの腕や足、肩に襲いかかる。最初の一匹も手応えあり、と言わんばかりに脇腹に噛みつきにかかる。

避けられない、とミロは咄嗟に目を瞑るが、


「ぐ・・・。あれ、やっぱり痛くない」


目を開けると五匹のツノラビが一心不乱にミロの体を噛みちぎろうとしている。

しかしその鋭い牙は、一向にミロの体を傷つけることができない。


「怖っ!すごいガジガジされてる」


何かの影響だとするなら【御者】しかないのだが。謎の光景を傍観していると、ダメ押しとばかりにもう一体のツノラビが現れた。


「ニイイイイイイイイイイィィィ!!」


素早い動きになびく体毛は木漏れ日を受けて煌めく白銀色。ツノラビ特有の一本角に加え、その周りには短い角が四本生えている。


「・・・あれもツノラビ?」


呑気に観察するそばから、白銀ラビも我が物顔でミロかじりに加わる。


「謎のガジガジガードがいつまで保つかわからないし、今の内に!」


食事に夢中なツノラビの脳をめがけて、目から短剣を突き刺す。一匹づつ確実に、まずは腕のツノラビ。両腕が自由になったら肩、足、脇腹。そして最後に首に噛み付く白銀ラビを仕留めた。


「はぁ、はぁ・・・勝った」


動かなくなったツノラビを目の前に、ミロは血に染まった地面にへたり込む。噛まれた場所をしらべるが、傷一つ付いていない。

あの謎のガジガジガードは、一体何だったのだろうか。


「まあ、今はいいや。死に目にあったけど、なんとか生きてる」


息を整え、「生きてる。よかった」とミロは改めて言葉にした。


ツノラビの血抜きをしている間に、アワアワ草とミント草で即席のボディーソープを作り、近くの川で汚れた服と体を洗う。

血抜きの終わった獲物は荷台袋に直接入れた。血で汚れてもいいように獲物用の袋を買っておくべきだったと思ったが、そういえばミロは現在一文無しだった。


「依頼達成の報告が終わったら洗えばいいか」





夕刻。街の閉門を間近に控えた冒険者ギルドは、たくさんの冒険者達で混み合っていた。

依頼報告のためカウンターに列を成す者、併設された酒場で豪快に飲む者、あるいは膝を突き合わせて話し合いをする者達。昼間の閑散としていた雰囲気はどこにもない。


五つある受付カウンターもフル稼働で職員が対応に当たっている。

中でも一際長い列を作っているのは、昼間もいた、あの嫌味な女性職員が受付をするカウンターだった。


「イヤミーさん、だったかな?すごい人気だ」


ナンバーワンと自称していたが、あながち嘘ではないのかもしれない。

ネルヴィーの列に並ぶ冒険者達は、その稼業の過酷さを物語る生傷や欠損がどこかしらに見受けられる。謎のガジガジガードがなければ、今頃自分もああなっていたかもしれない。そう思うと、今更ながらに足が震えた。


受付をする職員の中にエナを見つけ、ミロは列の最後尾についた。


「次の方どうぞ。おや、ミロさん、お疲れさまです」

「エナさん、お疲れさまです」


少々お待ちください、とエナは席を立ち、すぐ後ろにいた職員に話しかける。

ギルマスを呼ぶよう言伝ると、職員は「そいつが例の?」とミロを一瞥して通路の奥に消えていった。


「今ギルマスに取り次ぐよう頼みましたので、このままお待ちください」

「ありがとうございます。昼間と違ってすごく忙しそうですね」

「今はまだそれほど。もう少ししたらさらに混んできますよ」


これ以上混むのか、とミロは驚く。

冒険者の習慣上、朝一番と、日が傾いてから街が閉門するまでの時間帯は混雑するのだとエナは言う。


「初依頼はいかがでしたか?うまくいきました?」

「あ、はい、一応。魔物は怖かったですけど、野草の種類も豊富でいい森ですね」


雑談をするうちに、先程の職員が戻ってきた。


「エナ、部屋に通せってさ」

「承知しました。ミロさん、申し訳ありませんがマスタールームまでご足労いただけませんか?」

「ダガートさんの部屋ってことですか?わかりました」

「そちらの通路をまっすぐ進んでいただき、一番奥のドアからお入りください」


言われた通りに通路を進み、奥にあるドアの前に立つ。

二、三度深呼吸をしてからノックすると、重みのあるドアの向こうから「入れ」とだけ短い返事が帰ってきた。


「失礼します。今朝依頼を受けたミロです。依頼達成の報告に来ました」

「じゃあツノラビは討伐できたのか?」

「はい、依頼通り、五匹分あります」


荷台袋から出した五本の角を、ダカートはしげしげと見つめる。


「確かに。本当に五匹まとめて相手にしたのか・・・」

「全部で六匹でした。一匹色違いのが出てきて」


そう言って白銀ラビも取り出すと、ダカートは椅子を蹴倒す勢いで立ち上がった。

目をむいて固まるダカートの様子に、ミロは何事かと息を呑む。


「こいつぁ、シルバーフォーチューンじゃねぇか!」

「シルバー・・・?じゃあやっぱりツノラビではなかったんですね」

「しかもこんなにいい状態で・・・」


ダカートはしばらく黙り込み、シルバーフォーチューンを検分する。


「あの、依頼は達成ってことでいいんですか?」

「お、おう。そうだな。ツラノビの角は五本とも確認したから初依頼は合格だ。状態が良ければ肉や毛皮も買い取るぞ。他にも採取したものがあればそれも出せ。このシルバーフォーチューンも買い取りでいいな?珍しい種だから少し色をつけてやる」


話が加速的に展開していくが、一文無しから脱却したいミロには渡りに船だった。

嬉々として血抜きしたツノラビと採取した野草を取り出す。


「半日でよくここまで採ってきたな。ちょっと待ってろ、今計算する」


ダカートは棚から「買取表」と書かれた書類を一枚取り、表を埋めていく。

時折頭を抱えて唸る様子からして、複雑な計算式があるのだろう、とミロは舌を巻く。


「冒険者は買取金額を確認してこれにサインする。そしたら職員が金を渡す。これでようやく依頼の完了だ」

「なるほど、わかりました」

「一応確認してからサインしろ」


羽ペンを渡され、買取表を確認する。


-----


ツノラビ(血抜き済み・角欠損)×5・・・12オロン

シルバーフォーチューン(血抜き済み)×1・・・15オロン

薬草(10本)×5・・・5オロン

セース草(10本)×2・・・2オロン

ヤワラカ草×1・・・1オロン

合計・・・35オロン


-----


何より目を引くのはシルバーフォーチューンだ。単価にしてツノラビの五倍以上である。抜き出て強かったという印象はないので、村でも見かけないあたり、希少種が故に高価なのだろう、とミロは考察する。

野草も自生する数が少ないほど高額になっているようだ。

相場がわかるわけでもないので、とりあえずサインする。


「で、それとは別にツノラビ討伐の報酬が三十オロンな。買取と合わせて、全部で六十五オロンが今日の報酬額だ」

「ありがとうございます」


重みのある銀貨袋を受け取る。

半日弱働いてこの額であれば、一見割が良さそうではあるが、ツノラビとの死闘を考えると、やはりハイリスク・ハイリターンと言わざるを得ない。


「じゃあ今日はこれで終わりだ。また明日来い」

「え、あ、はい。ありがとうございました」


ついぞ話の展開の速さに慣れることはできないまま、ミロは追い払われるような気持ちで退室するのであった。


混雑する冒険者ギルドを後にして、今夜の宿をとる。

食事無しで三十オロン。ベッドと小さな机だけの手狭な部屋ではあるが、ギルドが紹介しているだけあり、清潔で落ち着くことのできる宿だった。


「ふわぁぁ。寝る前に袋を洗わなきゃ」


汚れた荷台袋を洗おうと中を覗くが、ツノラビの血やその臭いも、野草の土汚れも、綺麗さっぱり消えていた。


「魔物を六匹も入れたのに重さが変わらなかったり、勝手に綺麗になったり。荷台袋はまだまだわからないことだらけだな」


謎の転移失敗に始まり、目まぐるしい一日を終えたミロ。荷台袋の謎は深まるばかりだが、ベッドの誘惑に抗う力はもう残されていなかった。

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