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3. 嵐のように、初依頼

「なんか臭い」


冒険者ギルドの扉を開けたミロはなんとも言えない臭いに眉をひそめた。汗の臭い、獣の臭い、併設されている酒場からくるアルコールやタバコの臭いが混ざり合い、混沌とした臭いと、殺伐とした雰囲気を漂わせている。


「すみません、登録をお願いできますか?」


受付カウンターで暇そうに爪をいじる女性職員に声をかけると、彼女は不機嫌そうに目だけをミロに向けた。

カウンターに肘を付いたまま姿勢を正すこともなく、


「・・・職業は?」


と言い捨てて、今度は流れるような黄緑色の髪に指を絡めてもてあそぶ。

スタイルがよく、しかもそれを自ら熟知しているようで、アピールするようにギルドの制服を着崩している。目鼻立ちがはっきりしていて容姿こそ美しいのだが、その態度と表情には気品の欠片も感じられない。


「職業は【御者】です」

「はぁ?【御者】?・・・馬車に乗るあの?」

「はい、その【御者】みたいです」


女性職員はぶっと吹き出し、途端、甲高い笑い声をあげる。


「アハハハハハッ、なぁにその職業!?聞いたことなぁい!!【御者】ですって?クククク、アハハ、ぁあお腹痛い!クフフフ・・・」


ひとしきり笑った後、シワになったらどうしてくれんのよ、と目尻をさすりながらミロを睨んだ。


「あのね、あたしはこの王都ギルドで成績ナンバーワンのカリスマ職員よ!?そのあたしが受付するのは上級職の一流冒険者だけ!【御者】なんて職業聞いたこともないけど、そんな最下級職のペーペーを相手にしてる暇なんかないのよ!」


そう言って、カウンターの奥に向かって「新人っ!」と叫ぶ。

呼ばれてカウンターに現れたのはウサギのような長い耳を持った女性だった。


「なんでしょう、ネルヴィー先輩」

「こいつの登録、あんたがしなさいよ。手続きの仕方くらい覚えてるでしょ?」

「承知しました」


隣のカウンターに座り、こちらへどうぞ、とミロを促す。

言葉少なく無表情ではあるが、ミロを見る宝石のような青い目は柔らかい。


「エナと申します。よろしくお願いします」

「よろしくお願いします。ミロといいます」

「では登録手続きを行いますので、こちらの書類にご記入ください。代筆は必要ですか?」

「いえ、大丈夫です。ありがとうございます。」


必要事項――といっても名前、性別、年齢、職業だけだが、を埋めて渡すと、感情の乏しいエナの顔にごくわずかながら驚きの色がさした。


「【御者】というのは、馬車や騎獣を操るあの御者でしょうか?」

「はい、そうみたいです」

「聞いたことのない職業ですね」

「あまり知られていない職業なんですかね?大神殿でもハズレ職だってすごくバカにされました。あの、【御者】じゃ登録はできませんか?」

「申し訳ありません、そういうつもりでは。初めて聞く職業だったもので、つい興味が湧いてしまって。登録に関しては問題ありません。カードの作成に少々時間が必要ですので、その間にランクや注意事項の説明をさせていただきます」


無事登録してもらえるようで、ミロは胸を撫で下ろす。


「冒険者ギルドには七つのランクがあり、階級を上げるごとにD、C、B、A、S、SS、Zとランクアップしていきます。今回ミロさんは初めての登録ですので、D級からのスタートとなります。

ランクを上げる方法は各ランクによって規定がありますが、D級の場合はギルド指定の依頼をいくつか達成するとC級にランクアップすることができます」


そもそもD級は、依頼を受けてから達成・報告までの一連の流れを覚える、いわば試用期間の意味合いが強いのだとエナは言う。


「僕は入門税が無料になるって聞いてカードが欲しかったんですけど、ランクは上げたほうがいいんですか?」

「ランクを上げると高額報酬の依頼を受けられるようになったり、待遇がよくなったりするので、たいていの方が高ランクを目指して活動されます。

中にはミロさんのように身分証として所持しておきたいという方もいらっしゃいますが、その場合、気をつけておかなければならない事があります」


それは、一ヶ月間依頼を受けない、つまり冒険者として活動しないとギルドカードが失効するというもの。


「定期的に依頼を受ける習慣がないために、うっかり期限を過ぎて失効してしまうケースが少なくないんです」


確かに、とミロは思った。現に失効して途方にくれる未来がうまく描ける。


「僕、知り合いを探して旅をする予定なんですけど、一ヶ月だとかなり行動を縛られそうですね」

「そういった事情でしたら、やはりランクを上げておくことをおすすめします。D級の失効期限は一ヶ月ですが、C級になると三ヶ月、B級で五ヶ月、とランクが上がるごとにその期間が長くなります。

国々を巡るのであればC級、欲を言えばB級あたりまで上げておくと、余裕を持って行動計画を立てられるかと思います」


見えないゴールがなお遠退いていくような気になるが、『真っ赤で黄色のシャラララン』という手掛かりしかない以上、ナックを探す旅は長期に渡るであろうことを覚悟しなくてはならない。


「真っ赤で黄色のシャララランてなんなの?」


ミロはほんの少しだけ自己嫌悪して


「真っ赤で黄色の、しゃ、シャラララ~ン・・・」


あるいは、と少し言い換えてみて、やっぱ違うか、と肩を落とすのであった。





その他の注意事項を聞き終わったところで、カウンターの奥から大きな男が現れ、エナに声をかけた。


「おう新人、あーエナだったか?ちょっと代われ」


今にもシャツを破りそうなほど盛り上がった筋肉。腕や顔に刻まれた生々しい傷跡。銀髪を短く刈り込んだ坊主頭。大型の魔物のようなその大男に、ミロは「倒すなら罠を張るしかない。いや、逃げの一手か」と失礼な感想を抱く。


「お疲れさまです、マスター」


さっと立ち上がり席を譲ると、エナは丁寧にお辞儀をした。対して魔物男は片手を上げて「おう」とぞんざいに返しただけで、どかっと椅子に座る。それなりに強度のありそうな椅子が、ギギギ、と悲鳴を上げた。


「【御者】の登録者ってのはお前だな?俺はここのギルマスをやってるダガートだ」

「ギルマス、ですか?」


ギルドマスター、このギルドの最高責任者の敬称です、とエナが言葉を添える。


「うむ。お前の【御者】は新種の職業みてぇだから、調査も兼ねて俺がお前を担当することにした。てなわけだからエナ、今後こいつが来たら必ず俺に取り次ぐようにしてくれ。で早速だがここからは俺が引き継ぐから、お前は他の仕事を頼む」


まくしたてるようなダガートの指示に、エナは「承知しました」とだけ言って去っていった。


「で、だ。注意事項やらの説明は受けたか?」

「はい、エナさんから一通り教えてもらいました」

「じゃあ早速だが最初の依頼だ。お前にはツノラビを五匹討伐してきてもらう。ツノラビは知ってるか?」


この人、話の展開がものすごくはやいな、とミロは思った。


「はい、わかります」


ツノラビは村周辺の森でもよく遭遇する魔物で、一対一ならミロでも余裕を持って狩ることができる。肉は臭みがなく、淡白な味でうまい。村でも好んで食べられる魔物である。


「討伐証明は角で判断するから、できるだけ損傷ないよう持ってこい。草原よりは森で遭遇しやすから、西の森に行くといい。あとは・・・そんなもんか。何か質問は?」

「え、えっと、いつまでに達成しないといけないみたいな期限はありますか?」

「D級では特に期限は設けないが、まあ目安にするなら少し余裕を持って三日以内を目指してみろ。じゃあ行ってこい!」


三日か、と考える間も与えず、ダガートは嵐のように去っていった。

机の上にはミロの名前が書かれたD級のギルドカードが、落とし物か何かのように置かれていた。





時刻は昼を少し過ぎた頃。ミロはツノラビ討伐のため、西の森を散策していた。


「やっぱり森の中は落ち着くなぁ」


今日は朝から転移、職授の儀式、ギルド登録、と慌ただしく時間が過ぎていき落ち着く暇もなかった。初依頼で少し緊張してはいるものの、幼い頃から村周辺の森で狩りや採取をしていたミロにとっては、なんだかんだと森の中が一番落ち着ける場所であった。


「野草も豊富だし、中々いい森だ」


落ち着くとは言いながらも、周囲への警戒は怠らず、合間に食用や薬になる野草を採取する。狩りや採取の師匠、シュサクの教えの賜である。

そのおかげか、


《運搬物の総数が50に達しました。職業レベルが2に上がりました》

「わ、びっくりした」

《ユニット数が1から2に増加しました》


突然、レベルアップを告げる声が頭に響いた。意味がわからなくて放置していた「ユニット数」も増えた。

声は運搬物の総数と言っていたようだが。


「歩いてただけなのに、なんで?」


ツノラビ探しを一旦中断して職業レベルを上げる条件を模索する。


実験することしばらく。

手に抱えて移動する、荷台袋に入れて移動せずにじっとしておくなど試行錯誤することで、ミロはレベルアップのおおよその条件を導き出した。


《運搬物の総数が100に達しました。職業レベルが3に上がりました》

《ユニット数が2から4に増加しました》

《スキル<荷物リスト>が開放されました》

《基礎値:器用が2ポイント増加しました》


「なるほど。『荷台に積載』して『一定距離を移動』した物の総数か」


そしてこの実験中にわかったことがもう一つ。


「ユニット数は荷台の広さか」


初めて「形態/輓獣、ミロ」で荷車を出したときは、一ユニットで、一メートル四方。それが四ユニットになって二メートル四方になっていた。

ユニット一つが一メートル四方、それがレベルアップで増えていくということである。

「形態:騎獣、ミロ」の荷台袋の方も、外見こそ変わらないが、中の空間が二メートル四方――高さは変わらず二メートルほど、に拡張されていた。


「荷車はレベルアップする度にどんどん大きくなっていくのかな?」


つい大神殿ほど大きくなった荷車を引く自分を想像して、ははは、と乾いた笑みがこぼれる。


「まあ、そうなった時考えればいいか。なむなむなむ、<ステータスボード>!」


-----


ミロ(15才) ヒト族・男

職業/御者 Lv.3

状態/正常

ユニット数/4

形態/▼騎獣、▼ミロ


<基礎値>

力:0

守り:0

器用:5

敏捷:0

魔力:0


<スキル>

荷台召喚

安全運搬

荷物リスト


-----


思ったほどの変化はないが、スキル欄が充実してきた。

基礎値については、大器晩成型であることを期待して今はとりあえず寝かせておく。


「新しいスキルは<荷物リスト>か。どうやって使うんだろう」


意識すると<ステータスボード>に似た、光の板が現れた。


-----


背負い袋×1

薬草×52

セース草×21

アワアワ草×15

ミント草×13

ヤワラカ草×1


-----


「荷台に入れた物のリストってことか。これは便利かも」


ユニット数が増え、積載物の数や種類が増えた時に重宝するスキルである。


「物や人をたくさん運びなさいってことだ」


よく運び、よく導く。それが使命だとシェシュマ神は言っていた。

【御者】への理解が一つ深まった今、物や人を運ぶ仕事をするべきなのだろうか、とミロは考えるのであった。

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