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2. 【うるさい勇者】と【あの御者】

「ひ、でひゃひゃひゃひゃひゃ!【御者】ってなんだよ!?」


神殿の静寂を破ったのは大勢の笑い声だった。

その筆頭はあのうるさい【勇者】。司教はいつの間にか姿が見えなくなっていた。


「そんな職業きいたことねぇ!職神まで出てきて何事かと思えば、とんだハズレ職じゃねぇか!でひゃひゃあひゃひゃひゃ」


上級、ハズレと言うが、職業には優劣があるのだろうか、とミロは思った。


「ハズレ、なんですか?」

「ハズレに決まってんだろ!あの御者だぞ?馬車の操縦なんて半日もあれば誰でもできるようになる仕事だ、下級も下級、最下級職だ!あっひゃっひゃっひゃっ!」


どっと笑いが大きくなった。

それに、と赤い髪をぴっしり整えた少年が言葉を引き継ぐ。


「貧しそうな君は馬車になど乗ったことないだろうから知らないかもしれないが、御者なんてものは落ちぶれた冒険者が日銭ほしさに最後に行きつくような仕事だ。そんなものをまさか職業として得るなんてね。クク、そんな不幸、僕だったらきっと耐えられないよ!フハハハハハ」


ミロは戦慄した。豪華な身なりに気持ち悪い笑顔、そして人を見下すような汚ない目。もしかしてこれが噂に聞く『貴族』か?と。

「貴族には絶対に近づくな」とミロに教えたのは村の狩人シュサクだった。あまり長く接触していると、あの気持ち悪い笑顔と汚ない目が伝染するのだという。

そういえば、とミロは周りの人間を見る。蔑むような目、そして気持ち悪い笑顔。


「もう伝染は始まっている?」


噂に違わぬ伝染力に震えながら、赤い貴族、そして貴族の感染者達から逃げるように神殿を出ようとしたミロは、しかしうるさい【勇者】とすれ違いざま、何かにつまづいて派手に転んでしまった。

その拍子、ポケットに入れておいた小銭袋が飛び出る。


「でひゃひゃひゃ、おいおい、もうお帰りか?【御者】なんだから、ちゃんと前見て歩かねぇとダメだろ?」


――ああ、うるさい【勇者】に足をかけられたのか。

転んだだけなのに、痛みで目眩がする。


「ほら、最初の仕事だ。取ってこい!」


そう言ってうるさい【勇者】は神殿の外に何かを投げる。


「すげぇ飛んだ!Lv.1でこのステータス、さすが【勇者】だぜ!これに強力なスキルが加われば・・・でひゃひゃ!これから鍛えがいがあるってもんだぜ!」


小銭袋だった。

――よし、僕この人きらいだ。

ふらつく足で立ち上がり、大神殿を後にする。後ろの方で【うるさい勇者】と赤い貴族、そして貴族の感染者たちの笑い声がいつまでも聞こえていた。





いくら探しても小銭袋を見つけることはできなかった。大神殿の出入り口から真っ直ぐ飛ばされていったので、すぐに見つかるだろうと思っていたのだが。

誰かが拾って持ち去ってしまったのかもしれないと思うと、自然とため息が出た。

ミロは諦めて水路の脇にある木陰に腰を下ろす。


「嫌な人達だったな」


【うるさい勇者】、赤い貴族、そして貴族の感染者達。

顔を思い出すと、転んだ時に打った頭がずきんと痛んだ。


「回復薬、飲んでおこうかな」


背負い袋から瓶を取り出す。

村の薬師リコットが持たせてくれたのは二つの瓶。一つは傷や体力の回復薬が、もう一つには状態異常の回復薬が入っている。

一見キャンディーの詰まったお菓子瓶にしか見えないが、その一つ一つが丸薬で、キャンディーのような包み紙には状態固定の魔法がかけられているため、包みを開けない限り丸薬が腐ることはない。


「やっぱりリコットさんの回復薬は効くなぁ」


回復薬で頭がスッキリしたところで、そう言えば、と門前で出会ったルインの言葉を思い出す。職業を得たら、まず<ステータスボード>である。


「なむなむなむ・・・<ステータスボード>!」


パキン、と乾いた高音が鳴り、目の前に光の板が現れた。


「これが<ステータスボード>。・・・どれどれ」


-----


ミロ(15才) ヒト族・男

職業/御者 Lv.1

状態/正常

ユニット数/1

形態/▼―、▼―


<基礎値>

力:0

守り:0

器用:3

敏捷:0

魔力:0


<スキル>


-----


「なんかしょぼくない?初期スキルもないし」


「守り:0」という数字を見て、さっき転んだ時の痛みを思い出す。ただ転んだだけにしては尋常じゃない痛みだった。この数値が関係しているのだろうか、と不安がよぎる。

それでも、基礎値の低さは「Lv.1ならこんなものかもしれない」と納得するするしかないとして。職業を得ると<ステータスボード>ともう一つ、職業由来の下級スキルを得るのではなかったか。


「ユニット?それに、この形態ってなんだろう」


二つある三角マークに色がついていたので、なんとなく触れてみる。すると、一つ目の三角の横に「騎獣・輓獣」という選択肢が表示された。


「なんか出た。騎獣と、・・・なんて読むんだろう」


もう一つの三角にも触れてみる。こちらには「ミロ」という選択肢だけが出た。

試しに「形態/騎獣、ミロ」と選択してみる。すると、


《初めて形態が選択されました。スキル<荷台召喚>が開放されました》

「うわ、え、何?」


頭の中に響いた言葉と同時に、背負っている袋の上にさらに袋が現れた。


「袋を出すスキル・・・てこと?」


スキル欄にはないので、これがスキルなのかどうかは怪しい。

今度は「輓獣」を選択して「形態/輓獣、ミロ」と変えてみる。


輓獣( なんとかじゅう)だと・・・荷車?」


袋が消えて、ミロの背後に荷車のようなものが現れた。

一メートル四方のリアカーに幌がつき、高さは成人男性がようやく入れる程。縦に細長い歪な形の荷車である。


「さっぱりわからないや。とりあえず 輓獣( なんとかじゅう)と荷車は保留だ」


形態を「騎獣、ミロ」に戻す。二重になった背負い袋のベルトで胸が苦しいので、もともと背負っていた袋を<荷台召喚>で出現した袋ーー「荷台袋」と呼ぶことにした、に入れてみる。


「あれ、なんか広い?」


広さはやはり一メートル四方ほどであろうか。奥行きは肩まで入れてもまだ底に手がつかない。明らかに外見より空間が広い。

袋から手を出すとまた声が響いた。


《初めて荷台に運搬物が収納されました。スキル<安全運搬>が開放されました》


また新しいスキルを習得したが、今度は特に変化はない。

改めて<ステータスボード>を確認する。


-----


ミロ(15才) ヒト族・男

職業/御者 Lv.1

状態/正常

ユニット数/1

形態/▼騎獣、▼ミロ


<基礎値>

力:0

守り:0

器用:3

敏捷:0

魔力:0


<スキル>

荷台召喚

安全運搬


-----


「袋や荷車を出す職業、ってこと?・・・なにそれ」


【うるさい勇者】の言葉が頭に蘇る。


「ハズレ職、か」


ミロはため息をついて芝生に寝転んだ。

側に立つ木の枝葉の間から、きらきらと光が漏れている。

都会の人間は冷たく、授かった職業は意味不明。村長は「いい機会だから、職業を得たら外の世界を見てまわるといい」と言っていたが、とてもそんな気分にはなれなかった。


「村に帰ろうかな」


ナックが見つかれば転移魔法陣で村に帰ることができる。

ルインに知り合いを探していると話した時、店を持っているなら商人かもしれない、と商業ギルドに行くことを勧められていた。

出発してまだ半日も経っていない村に思いを馳せ、ミロは商業ギルドを目指すのであった。





眩しいほど白い壁に、赤や黄、オレンジの瓦を不規則に敷き詰めた暖色の屋根。馬車の停留所を有する広い敷地には、選定された木々の緑が整然と立ち並んでいる。

王都ルゼラの、その色彩豊かな景観の一部を担う四階建ての建物。それが商業ギルドルッサンモーヲ王国王都支部である。

その美しい景観を堪能することもなく、ミロは商業ギルドを早々に後にした。

ルッサンモーヲ王国にナックという名の商人はいないとのことだった。これで「真っ赤で黄色のシャラララ~ン」を手掛かりにナックを探す旅が確定したということになる。

であればギルドカードの入手は必須、ということで商業ギルドに所属するための登録試験も受けたのだが、


「はぁ。全然ダメだったな」


試験の問題を思い返し、つい漏れるため息は深い。

ミロは昔から村長やナックに算術を教わっていたため、一枚目の計算問題は難なく解答出来た。

問題は二枚目だった。世界情勢を知らなければ商いはできないということなのだろう、ワロワーデンという国で農閑期に作られる食品や、ゾトという国で社会問題になっている石についてなど、生まれて初めて辺境の村を出たミロには答えられないものばかりだった。

結果、登録試験は不合格。ギルドカードを入手することはできなかった。


「次は冒険者ギルドに行ってみようかな」


現在無一文の身であるミロにとって入門税が免除になるギルドカードの魅力は計り知れない。他にギルドを知らないミロは、誰でも登録できるとルインが話していた冒険者ギルドを次の目的地に据え、不安を振り払うように歩き出した。

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