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17. 呪い

意識を取り戻したヴォルフの目に最初に映ったのは、満点の星空だった。

空気は澄み渡り、そよぐ風が肌に気持ち良い。


「ここは・・・」


ルッサンモーヲの北方街道でダンジョンの入り口らしき洞窟を見つけ、その奥でとんでもない化け物に遭遇。戦闘を仕掛けたところまでは記憶している。

記憶が途切れる最後、化け物の一撃に吹き飛び天を仰いだ時にも天井はあったし、少なくとも星空ではなかった。

体が軽く、痛みもない。これが死か、とヴォルフは思った。


「姉様、すみません」


姉を助けることはついに叶わなかった。世の中の全ての理不尽を憎み、あるかどうかもわからないものを探す日々だった。無意味で、我ながら滑稽な人生に涙が出た。

死後の世界も現実とさほど変わらないのだな、とヴォルフは思った。

風になびいて肌に触れる布切れはくすぐったいし、こめかみを伝う涙は温かい。パンを焼くような匂いもする。


「あとは焼きあがるのを待つだけだよ」

「ほう、見事な手際だ」

「ふふ、実家にいた頃はいつも作ってたからね。窯を作るのは久しぶりだけど、うまくいったみたい」

「ハッチはお腹がペコになった!な、ジジ!」

「ああ、いい匂いだ」


ミロは荷台内の<草原>に作った窯で、パンを焼いていた。

そばではジジとよだれを垂らすハッチがその作業を見守り、ベルベリとロトーは、プトラが寂しくないよう御者台で相手をしている。


「しかし荷台の中だというのを忘れてしまうな。昼夜があり、火まで起こせるとは」

「<安全運搬:衛生管理>で煙は定期的に排除されるみたいなんだ」


ジジは立ち昇る煙をしみじみと見上げる。

<ユニットタイプ:草原>には外の世界と同様に昼夜があり、今は満天の星空が広がっている。


ヴォルフが目覚めたのはそんな時だった。

なんとか起き上がるヴォルフに、最初に気づいたのはミロだった。


「ヴォルフさん、まだ起きない方がいいですよ」

「お前は誰だ、何故俺の名を知っている」


ミロから目を離すことなく、手探りで武器になりそうなものを探す。手に取ったのは長年冒険を共にした大剣だった。


「ヴォルフ起きたか。警戒しなくていい、こいつはミロだ」

「・・・ロトーは?」

「安心しろ、あいつも生きている」

「あたしはここだよ」


そこにロトーがすい、と低空を滑るように飛んできた。

ふわりと羽ばたき、ミロの肩に留まる。


「ロトー、お前」


ヴォルフはロトーが自分以外の人間に肩を借りるのを初めて見た。


「この子は信用していい。あたしらの命の恩人だよ」


わかったら早く武器を仕舞いな、とロトーが叱りつけるようにぴしゃりと言う。


「おい、ジジ。そいつがマスターか?」


その声でヴォルフははじめて、ジジの頭に幼い少女が乗っているいるのに気がついた。雪のように白い肌と髪を持ち、鮮烈なオレンジ色の目がヴォルフを捉えている。


「ああ、そうだ。ハッチの世話のおかげで目が覚めた」

「そうか。ハッチがお水塗ったのおかげか。ジジ、よかったか?」

「ああ、安心した」


そこでようやくヴォルフは剣を収めた。

長い付き合いのジジとロトーが、これほど安らかな顔で自分以外の者と会話するなど初めてのことだった。


「・・・悪かった」

「いえ。僕もいきなり話しかけてすみませんでした」

「【魔物使い】のヴォルフだ。冒険者をしている。そっちの黒いのがジジで、鳥はロトー。どちらも俺のテイムモンスターだ」

「【御者】のミロです。まだ駆け出しですけど、一応冒険者です」

「【御者】?職業がか?・・・馬車に乗るあの?」

「はい、新種みたいで」


ミロは言って<収納>で回復薬と水を呼び出す。するとジジが、


「ミロ、<倉庫>のあれも頼む」

「うん、わかった」


ミロは手元に一杯のスープを呼び出し、回復薬と一緒にヴォルフに手渡した。


「ヴォルフ、飲んでみろ」

「スープ?」


いまいち意図を読み取れないが、ジジの言うままに一口飲む。野菜をクタクタになるまで煮込んだだけの、なんでもないスープだった。


「温かい。・・・が、これがなんだというんだ」

「これは二日前、ミロに作ってもらったスープだ」


そうか、と言ってヴォルフは二口目を口にした。体の内側にじんわり沁みる、優しい味がする。


「状態固定の保存スキル、と言えばわかるか?」


その瞬間、ヴォルフの表情が一変した。

立ち上がろうとして力が入らず、どさり、と倒れ込む。


「ヴォルフさん!」


とっさに手を差し伸べたが、自身の倍も身長のあるヴォルフを支えることはできなかった。

ヴォルフは手で顔を覆い、動かなくなってしまった。


「ヴォルフ、これで俺達の旅が一段落する」


<倉庫>に状態固定の機能があるとわかった時、温かいスープを作って保存しておいてほしい、とジジに頼まれた。そして、ヴォルフが目覚めたら話を聞いてやってほしい、と。

てっきり目覚めた時に温かいものを飲ませたいのだろうと思っていたのだが。


「ジジ、どういうこと?」


しかしジジはヴォルフから目を離さない。


「ヴォルフ、お前が話すべきだ」

「・・・そのスキルに人間を入れることは?」

「はい、入れます。ジジに言われて、魔物で検証済みです」

「どのくらいの魔力で、どのくらいの期間保存できる?」

「魔力消費はございません。期間はマスターがお亡くなりにならない限り半永久的に、と申しておきます」


答えたのはリリリ、と宙に現れたベルベリだった。


「ヴォルフさん?」

「ミロ、と言ったか。・・・頼みがある」


ヴォルフは言って、まだ調子の戻らない体で跪き、地に頭を擦りつけた。

十ほど年の離れた大人がむせび泣くのを、ミロは初めて見た。


「姉様をそのスキルで保存して欲しい」





「姉のノエリアは原因不明の呪いに侵されている」

「呪い!?」


それはヴォルフが十、ノエリアが十一歳の時だったという。


「すぐに治療術士に診せたんだが、呪いの種類すらわからず、治療はできないと言われてしまってな」


ヴォルフはそのあとすぐ冒険者になった。高位の治療術士にノエリアを診てもらうための治療費を稼ぐため。


「そんな子どもの頃から冒険者をしていたんですか」


ミロはヴォルフの体に残る深い傷跡を見た。体のあちこちに深々と、いくつも重なるように刻まれている。


「何人もの術士に診せたが、わかったことは、姉様は数年のうちに死ぬということだけだった」

「数年・・・え?それってヴォルフさんが十歳の時ですよね?今何年目なんですか?」

「俺が今二十五だから、十五年になる」

「十五年!?それじゃあ・・・」

「大丈夫さね。今ノエリアは状態遅延の魔道具で生命活動を十分の一に遅らせているからね」


ロトーが言うが、ミロにはいまいちわからない。


「状態遅延?」

「十年経過するうちに一歳しか年を取らない、ということでしょう」


ベルベリが噛み砕いて説明する。


「なるほど、それで呪いの進行を抑えてるってことですね?」

「ああ。ダンジョンで状態遅延の魔道具を見つけたのが十二の時だから、実質姉様の体は呪いを受けてから三年と少しというところだ」


三年。今日ノエリアが死んでもおかしくない数字である。


「今ノエリアさんの看病は、ご両親がされてるんですか?」

「両親は姉様が呪いにかかるもっと前に事故で死んだ。叔父だった奴がいたが、いろいろあってな。家を飛び出して、今は穴ぐらのようなアジトで使用人の一人が看病してくれている」

「すみません、無神経なこと聞いて」


構わない、とヴォルフは首を横に振る。


「それよりミロ、姉様のことを頼めないだろうか?呪いを解く術が見つかるまで正直どのくらい時間がかかるかわからないが、それまでは定期的に報酬を払う。額は言い値で構わない。信用できなければギルドを通して正式に依頼してもいい。命を差し出す以外なら何でもする」


頼む、とヴォルフはすがるように、もう一度地に頭をつけた。

大きな傷跡がいくつも残る体がとても小さく見えた。それこそ、十歳の少年のように。


「わかりました。依頼はこの場で引き受けます。期限は僕が死ぬまで、報酬は月三百オロンでどうですか?」

「三百?いや、そんな額」

「風呂なしベッドなし、一日十オロンで月三百オロン、これ以上はまけられません」

「いや、逆だ!」


安すぎる、と言おうとしたところで、ロトーがくすりと笑った。


「ヴォルフ、あんたがそんなに狼狽えるとはね」

「長い付き合いだが、初めて見る顔だな」

「ハッチも初めて見る顔だな!」


ジジも笑い、ハッチも雰囲気に混ざりたくてとりあえず笑う。


「何故そこまで・・・」

「僕にも両親がいません。父さんと兄さんは僕が生まれたばかりの頃に、母さんも、十年くらい看病してたんですけど去年死にました」


そうだったのかい、とロトーが呟いた。


「僕は、もしノエリアさんが死んだとして、その後ヴォルフさんがどうなるかを少しだけ上手に想像することができます」

「俺が、どうなるか・・・?」


ある日突然、全ての理由がなくなった。

薬を作る理由も、狩りをする理由も、料理をする理由も、部屋を掃除する理由も、笑う理由も、息をする理由も。

村の皆がミロを気にかけ世話を焼いてくれなければ、今頃全てをやめていたかもしれない。


「だから僕は、ノエリアさんに生きていて欲しいです」


ノエリアが母親のようにはならないように。ヴォルフが自分のようにはならないように。

そうしてミロは御者台に向かった。


「・・・プトラ」

「どしタ?マスターはいっつも泣いてんのナ」

「あのね、ヴォルフさんのお姉さんが死んじゃうかもしれないんだ」

「ふーン。そいつが死んだラ、マスターは悲しいのカ?」

「うん」

「デ、オイラは何をすればいいんダ?」

「プトラの一番速い速度でワロワーデンに行って欲しいんだ。寝なくても大丈夫なら、寝ないで、着くまでずっと」

「なんだヨ、そんなことカ」

「ごめんね」

「なんで謝るんだヨ!そいつぁオイラにとっちゃ、とっておきのご褒美なのにヨ!」


グギャギャ、と叫んでプトラが足を止めた。


「ベルベリ!」

「ヴォルフ様のアジトの場所は聞いてきましたよ」


プトラのそばに現れたベルベリは、すでに<地図>を展開している。


「さすがベルベリ、わかってるじゃン!」

「こちらがこの場所からの直線最短距離。でこちらが、危険ですが最短時間で行ける行路です」

「危険って・・・」

「もちろん<安全運搬>がなければの話です」

「そりゃ最短時間に決まってんだロ!!」

「ではプトラ、まずそちらの崖を飛んでください」

「え、崖?」

「おっしゃア!唸レ!オイラの両足ぃぃぃいいいいいいイ!!」

「ちょ、プトラぁぁああ!!」


土埃を巻き上げ、プトラは嬉々として崖を飛び降りた。

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