16. 箱の中の空
ベルベリが仲間に加わって数時間が経った朝。
長らく意識のなかったジジとロトーが目を覚ました。いや、正確には<ユニット操作>の検証で盛り上がっていたミロ達の声で起こしてしまったのだ。
「賑やかだな、ミロ」
「ジジ!起きたんだね。そっちの鳥さんも。ごめん、うるさかった?」
「ジジ、この子は?・・・ここはどこなんだい?」
赤い羽毛を逆立てて警戒するロトーに、ジジが経緯を説明する。
「お前の傷が癒えているのも、ミロが回復薬を惜しみなく使ってくれたおかげだ」
「あんたがあたし達を・・・そうだったのかい。本当にありがとう。あたしは黄赤鳳のロトー、『雷』の霊獣だよ」
「霊獣?」
精霊の加護を得た魔獣のことだ、とジジが言う
「改めて、エンペルド・レーベのジジだ。俺も『力』の精霊から加護を頂いた霊獣だ」
人が神から職業を授かるように、魔物は大地や空の源である精霊から加護を授かる。
精霊は魔獣の中から時期精霊候補を見出し、自らの力の一端を加護として与えるのだという。
「それよりミロ、ここは今どの辺りなんだ?俺達はどれくらい眠っていたんだ?」
ジジは辺りを、小川の流れる草原地帯を見渡す。見覚えのない風景に、道は合っているのだろうかと気が気ではない。
「ジジ達が寝てたのは一日半くらいかな。今は、えっとね」
ミロは言って<地図>を展開、現在地をマークする。
その操作を初めて見るロトーが「なんだいこの精巧な地図は!?」とジジがしたのと似たような反応を見せる。
「現在地はここだよ。北方街道を五分の一と少し進んだくらいかな」
「五分の一!?たった一日半でそんなに進んだのか?」
「プトラが絶好調でね。それより、二人ともお腹すいてない?何か作ろうか?」
「いや、ミロ。済まないができれば先を急ぎたい。ここに止まる理由がないなら、すぐにでも出発してもらいたいのだが」
「そうだね、アタシもそうお願いするよ」
「ん?」
要領を得ない様子のミロに、すかさずベルベリが割って入る。
「マスター、お二方は<ユニット操作>をご存じないので、ここが外だと認識しておいでなのです」
「あ、そういうことか!」
ごめごめん、とミロは<地図>とは別に展開した黒く光る板を操作する。すると、草原の景色がハラハラと剥がれるように荷台内の風景へと様変わりした。
「こ、これは?」
「急に景色が!一体なんなんだい!?」
「ジジ達が寝てる間に覚えたスキルだよ。この通り、ここは荷台の中で、外ではちゃんとプトラがワロワーデンに向かってくれてるよ」
言ってミロは御者台がある方を指し示す。
御者台から顔をだすと、ミロの言う通り、プトラが街道を爆走していた。
「荷台の中を草原に変えるスキル?聞いたこともないな」
「本当だよ。それに、なんでさっきから振動も騒音もないんだい!?」
「オ、ジジ!目ぇ覚めたのカ?そっちはロトーだっケ?」
「ああ、プトラ。お陰様でな。世話をかけるな」
「いいんだヨ!思い切り走れるシ、オイラ今絶好調なんダ!」
ギャギャギャ、とプトラが笑う。
「アタシらが死にかけてるのを、あんたが最初に見つけてくれたんだってね。ワロワーデンに着いたら必ず礼をするよ」
「オイラはいいヨ。好きにやってるだけだシ。礼ならマスターに言ってやっテ」
「そういうわけにはいかないよ、あんたにも礼をさせておくれよ」
「律儀な鳥なのナ。ア、そうダ!お前ら果物好きカ?オイラ果物沢山採っといたんだヨ。その辺にあるだロ?好きに食っていいからナ!」
「何から何まで済まんな。ありがたくいただこう」
そこにミロも顔を出す。
「プトラ。ジジ達も起きたし、そろそろ朝ごはんにしようか。ジジ達の快気祝いに、朝からニニララ団子鍋にしようと思うんだけど」
「うっソ信じらんねェ!最高じゃーーーン!!」
プトラの足がもう一段階加速した。
*
朝食を終えたミロは、ワロワーデンへの移動をプトラに任せ、<ユニット操作>の検証の続きに取りかかった。
ジジもロトーも興味津々でその様子を見守っている。
<ユニット操作>を展開すると、黒く光る板が三枚重なった状態で現れる。
これらを操作して荷台の内と外に大きな影響を与えるというのがこのスキルの性質である。
「まず一番下が外観の面積だよね」
ベルベリが頷く。
「外観レイヤー」と書いてあるタブに触れると、一番下にある板、レイヤーが一番上に入れ替わった。
レイヤーはマス目状になっていて、現在四マス分の正方形が黄色く点灯している。
マス目一つが一ユニットを表していて、点灯している部分は、現在プトラが背負っている荷台の面積を示している。
「点灯させたマス目の分だけ、荷台の外観を大きくしたり小さくしたりできるんだよね」
「左様でございます。<荷台召喚>はその性質上、騎獣や輓獣に最適な大きさの荷台にしかなりませんでしたが、これからは外観レイヤーで自在に変更することが可能です」
二枚目は「アウトラインレイヤー」。
同じくマス目状の板で、マス目は触れると青色に光る。
「これは、荷台内の間取りを決める、だっけ」
ミロがアウトラインレイヤーを操作すると、千二十四ユニット、三十二メートル四方だった空間が一瞬で八メートル四方にまで狭くなった。
「何をしたんだ?」
「えっと、空間を等分して、六十四ユニットの空間を十六個作ってみたんだ」
レイヤー上には十六個の青い正方形が綺麗に並び、大きな正方形を作っている。
「隣接させた面にはドアがつけられる。これは便利だね」
荷台の壁に出現したドアを開けると、隣には同じ広さの空間があった。
ちなみに、話についていけないハッチは、早い段階から鼻ちょうちんタイムである。
「最初に見た草原はなんだったんだい?」
赤い羽根を挙げて、ロトーが質問する。
「それはユニットタイプレイヤーだね」
ミロは言って「ユニットタイプレイヤー」のタブに触れる。「ユニットタイプレイヤー」は「アウトラインレイヤー」の操作に連動しているので、今は十六個の正方形が赤色に点灯している。その一つ、現在ミロ達がいる正方形に触れ、出た選択肢で<草原>を設定すると、先程のように荷台の中が一瞬で草原になった。
「これは、アウトラインレイヤーで作った空間に属性を付けるって感じかな」
「おっしゃる通りです。<草原>はどこまでも続いているように見えますが、配分したユニット数以上は進むことができなくなります」
「む、本当だな」
ジジが見えない壁に阻まれる。
「空はかなり高いみたいだね」
言ってロトーは空高く飛び上がる。
「荷台内の高さはユニットタイプによって決まっています。<荷台>は三メートル、<倉庫>は一メートル。<草原>に関しては実際の外の世界と同等の高さかと思われます」
レベルアップ時、ユニットタイプは<荷台><倉庫>しか開放されなかったが、ミロが外に出た時に<草原>が開放された。どうやら<ユニットタイプ>は対応する場所を訪れることで開放されるものらしい。
「<倉庫>と<荷台>は何か違うのかい?」
「確かに。ものを保管するという点で、あまり変わりがないように思うのだが」
「<荷台>はこれまで通り板張りの床があるだけの空間です。<倉庫>は少々特殊なユニットタイプで、これです、とお見せすることができません」
ベルベリは言って、自ら<ユニット操作>を展開し、アウトラインレイヤーにある十六の正方形のうち、半数を消す。
「今、未使用のユニットを五百十二作りましたが、この未使用ユニットの全てが<倉庫>となります」
存在はするが、入ることはできない。<荷物リスト>で<倉庫>内にあるものだけをリストアップすることはできるが、出し入れできるのは<収納>を扱えるミロとベルベリだけである。
「防犯の点では便利かもしれないけど、なんか使い勝手悪くない?」
「ミロの言う通りだ。高さが一メートルなら、容量は<荷台>の三分の一なのだろう?言ってはなんだが、容量の少なさは大きなデメリットではないか?」
「おっしゃる通りですが、この<倉庫>には、時間固定という機能が備わっております」
「へえ、時間固定か」
「「時間固定!?」」
反応の軽いミロに対して、ジジとロトーは明らかに雰囲気を一変させた。
「マスターはご存知でしたか」
「腐らない、劣化しない、入れた時と同じ状態で保存するんだよね。村で薬師のリコットさんがそういう魔道具を使ってたから知ってたよ」
僕も持ってるよ、と<収納>で銀のトレイを呼び出す。ミロには魔力が備わらなかったので使う機会はなかったが、村を出る時、道具屋のガントが旅の餞別にくれたものだった。
「ということでして、容量は最も少なくなりますが、おそらくは最も重宝することになるユニットタイプではないかと思われます」
「そうだね。これからは作った料理をストックしておくこともできるね」
ミロはジジとロトーが静かなのに気がついた。
「あれ、二人ともどうかした?」
言われてジジとロトーは顔を上げると、思いつめた表情でミロを見た。
「ミロ、頼みがある」
「う、うん。どうしたの?」
「あいつが、ヴォルフが起きたら話を聞いてやってくれないか?」