年末大宴会
年末大宴会。
いわゆるカウントダウンパーティーというやつだろう。ミモザの館では、三階の大広間で盛大なダンスパーティーが開かれていた。
ザイザル王国は、冬といえども雪が降るような寒さはなく、かといって半袖一枚で過ごせる程南国でもない。一年を通して、比較的過ごしやすい気候であり、あちらの世界みたいな四季は存在していない。
そのおかげで、広い庭には屋台のような店まででて、広間に入りきれない二階レベルの娼婦や客は庭で賑やかに過ごしていた。
上流貴族や上位の娼婦達は、大広間で優雅にダンスを楽しみ、庭ではダンスというよりはクラブのようなノリのどんちゃん騒ぎが繰り広げられていた。
「すっごいな、食べ放題だよ。ミモザ母さん奮発したね」
カシスはまずは食い気! とばかりに口には焼き鳥、右手にはもつ煮、左手にはステーキを取り分けた皿を持って、器用に食べ歩きをしていた。
「カシス、さすがに行儀悪くない? 」
「別に、問題ないだろう。姉様方みたいに客をとらなきゃならない訳でもないしさ」
「私が恥ずかしいよ」
とりあえず皿を持ってやり、座る場所を探した。
見た目はクールな美人なのに、残念なくらいガサツだ。実際、客の男達がチラチラとカシスに視線を送っている。見習いの印であるリボンを髪に結んでいるから、誘われることはないが、名前は聞かれまくりだった。
見習いのうちにこうして名前を売っておくと、娼婦になった時の客足に影響があるから、ミモザの館全体にヤル気が充満していた。
「ディタ! 」
「ジーク王子、何でこっちにいるの? 」
席を見つけて座ったら、私を探していただろうジークが花束を手に現れた。
「そりゃ、ディタに会う為でしょ。君と新年を迎えたかったんだ」
王子なんだから、広間のVIPルームにいればいいのに。
ジークから貰った花束を、カシスが置いてくると素早く奪って走って行ってしまった。
カシスにしたら、ジークはとりあえず無害(私的には有害なんだけど……)だし、王子なんてかしこまった人種と一緒になんかいられないと、理由をつけて逃げ出したのだ。
できれば私もトンズラしたい!
「こんなとこに来ていていいんですか? 王宮でも新年の催しとかしてるんじゃないんですか? 」
ジークがさりげなく視線を反らして「どうだろうね? 」とつぶやく様子を見ると、明らかに公用をブッチしてこちらに来たのだろう。
私の横に寄り添うように座ってきたので、私はお尻をずらして少し距離を作る。
「……全く」
公の人間がこれじゃダメでしょ……とため息をつくと、ジークは拗ねたような甘えた表情を作り、離れた距離を詰めて私の手を両手で包んだ。
「だって、今日は大晦日だし、新月だし、ディタの側にいないとなんだよ」
大晦日はわかる。なんか年の暮れって特別な感じがするし、子供でも遅くまで起きれたり、夜中にお参り行ったり、いつもできないことができちゃうから。こっちでもそんな習慣があるかわからないけど、こうやってパーティーを開くということは、やはりおめでたい行事なんだろう。
で、なんで新月?
そういえば今晩は月が出ていないようだけど、灯りが灯されているから真っ暗ではない。
「新月って、何か関係あるの? 」
「だって、灯りが消えたら真っ暗になるじゃないか。今日は曇りで星の光もないしね」
「……そうね」
ジークは私の手を優しく……どちらかというとイヤらしく?……擦りながら、私の瞳を覗き込む。
「だから、今日は僕のそばにいてね? 」
「だからの繋がりがわからない。ってか、指の間を擦るの止めてよ」
ジークは私の手と恋人繋ぎをしたり、指をからめて強く握ってみたり、その細く長い指で私の指の間を弾いてみたりと、背中がゾワゾワしてしまうことこの上ない。
普通なら、ここでキスされて……な流れになりそうな、そんなイチャイチャした触り方だ。
イヤイヤ、しないけどね。
私はピンク色に染まりそうになる脳内で、自らツッコミを入れる。
「ダメ? 」
「……」
そんな甘えたで首をかしげられたら、拒否しなきゃなのに、拒否できなくなるじゃないの!
私はほんの一センチ程身体を離すことで、最大限の拒絶を表した。
ジークは、片手で私の手を弄びながら、もう片方の手を私の腰に回した。
「ダメ、逃がさないからね」
逃げたいです〰️ッ!!
美青年の一途な眼差しは、メデューサに睨まれたくらいの破壊力がある。好きだ嫌いだはおいておいて、好きにしてくださいと両手を上げて降参したくなる。
なんとなく下半身がムズムズするのは、絶対気のせいだ!
「そうだ、ウスラが君にまた会いたいと言っていたよ」
普通の会話を耳元で囁くな!
「……彼女、綺麗よね」
「そう? 普通だと思うよ。ディタの方が何万倍も何千倍も可愛いけど」
「それはない」
まあ、似たような体型(凹凸なしめ)はしてたけど、顔は比べたらいけないレベルだよね。
「ウスラ、まだこっちにいるの?」
「ああ、王宮に滞在してる。アンネと毎日遊んでるみたいだね」
「そう。じゃあ、二人にお土産持って行ってくれる? 」
「そりゃいいけど」
離れる口実ができたとばかりに立ち上がった私だったが、ジークはその手を離してはくれず、手を握ったまま一緒に立ち上がった。
「ここで待っていてよ。すぐに取ってくるから」
「ダメ。もうすぐ年が明けるし、僕もついて行くよ」
離す意思のない手にため息をつきつつ、私は渋々うなづいた。
工房へ向かう道筋、私は何とも気まずい思いで下を見ながら急いだ。
何せここは娼館。
ただのカウントダウンパーティーという訳ではなく、あわよくば部屋に引きずり込んで新年から客をゲットしようという姉様方が虎視眈々と客にすり寄り、客もできるだけ可愛い娘と一夜を過ごそうと、色んな娘にコナをかけている。
そんなんだから、まあ、至るところでベラ噛んでいたりして、そこまでするなら部屋に行きなよという状態のカップルまでチラホラ。
直視に堪えない状況の中、イケメン王子と手を繋いで歩くって、何かの修行だとしか思えない。
そんな中をくぐり抜け、工房にたどり着いた私は、はっきり言ってもう虫の息。
「ちょっと……休憩。お願い、離して」
不感症の欲求不満って、どうなってるのよ?!
バクバクする心臓を押さえつつ、なんとかジークの手を振り切って椅子に沈み込む。
「具合が悪いの? 」
ジークは私が身体が弱いと言っていたのを思い出したらしく、私のオデコにオデコをつけてきた。
熱をみているんだろうけど、距離!!
近い、近いッ!!
「熱はなさそうだけど……顔が赤いな」
「大丈夫!! ちょっと暑いだけ」
いくら四季がないとはいえ、今は冬。夜は長袖に羽織物くらいがちょうどい気候だ。私は長袖一枚で暑い筈はないのだが……。
「水、飲む? 」
ジークは水差しから水を汲んでくると、私の目の前に差し出した。
「ありがとう」
私が手をのばそうとすると、ジークは自分の唇を指差し艶然と微笑んだ。
「飲ませてあげようか? 」
「結構です! 」
私はジークの手からコップを奪い取ると、いっきに飲み干した。
ジークは、自分の破壊力の凄まじさを自覚するべきだわ!
もし自覚してやってるなら……、本当タチが悪い、悪すぎるでしょ?!




