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天に昇ったイカロスは

作者: ななせ(=七瀬)

 天に昇ったイカロスは太陽神アポロンに近づき、その翼共々地上へと落ちていった。元々、カレは幽閉された身であったがそれでも希望を忘れることはなく、羽を紡ぎ、空の青と海の青の間へと飛び立ったのだ。

 あの震災の日、私は町の消防団の一員だと名乗る1人の男に出会った。私が覚えている限り、町は停電や一部倒壊などの被害に見舞われていた。電話も混線しているせいで繋がらない。私の住む町は海からは少し離れた所にあったわけだが、こうやって地震が来たときは高台に避難するのがセオリーだった。彼と出会ったのはその避難先の高台だった。多くの人がより高い所へと非難してくる中、大声を上げながら彼は1人で誘導を行っていたのだ。その姿に惹かれて同じように誘導した、残念ながらそんな美談が話せる程、私は奇麗な人間ではない。私はただじっと彼の姿を遠目で眺めることしか出来なかった。

 最初の地震が来てからしばらく時間が経ったが、その間も震度の高い余震が相次いだ。そのたびに周りの人間は泣き出したり喚いたりしていたのを覚えている。たがその中でも、一段と声を上げて無く女性がいた。彼女は携帯電話を片手に、何度も何度も通話を試みているようだが繋がる筈など無いことはあまりに明白だった。そんな様子の彼女を、消防団の一員だと名乗ったその男が気を留めない筈が無かった。

「さっきからそんなのに泣いてどうしたんだ?どこかに電話を掛けているようだけど、それが関係してるのかい?」

彼の声色はその性格もあって優しいものだった。

「隣の町に私の両親が住んでいるんです。2人とも足が悪くて、それに電話も繋がらないんです。もしかしたらまだ避難出来ていないんじゃないかと思って…。」

涙の交じった声で話す彼女に、彼は無言で頷いた。

「なら住所を教えてくれないかな?僕が見てくるよ。大丈夫、安心してくれ。きっとここに連れてくるからさ。本当だって。きっと大丈夫。」

そうして彼は駈け出した。遠くに見える荒れた海の方へと。

 大空へと飛ぶ間際、カレは父親から忠告を受けた。「蝋で止めた翼がバラバラにならぬよう、海面に近づき過ぎてはいけないし、逆に太陽に近づき過ぎてはいけない」と。だが彼はまだ少年で好奇心を持ち合わせていた。カレ自身、忠告を忘れはしなかっただろう。だが天に聳える太陽に少しでも近づきたいと言う勇気と言う名の好奇心が仇となった。気が付いた時、彼の翼はバラバラに解けていた。

 日が暮れて雪が降ってきた。津波はこの高台を襲うことは無かったが、すぐ近くの道路まで水面が揺らめいているのが分かった。彼はまだ帰って来ていない。

 もうあれから10年程が経とうとしている。世間では「復興」と言う言葉をよく使っているが、実際には復興なんて全然進んでいない。あの日の高台から見える景色は止まったままで、かつての町の姿はどこにも無かった。彼の姿もそうだ。あの日、隣町へと行ったきり誰も見たものはいないと言う。

彼はヒーローにはなれなかった(もっとも彼がヒーローになりたいがためにあんな事をしたのかは知らない訳だが)。自身の手の届く範囲の人間だけを守れば良いものを、欲を出してさらにその手を伸ばしたせいで自分自身を守れなかった。無謀な挑戦は無駄にしかならないと彼はその身をもって味わうことになったのだ。

 時折私は考える。天に昇ったイカロスは幸せだったのか。イカロスは幽閉から逃れるために飛び立った訳だが、結果としてその途中で死んだ。カレを「勇気」と「傲慢」の二つの言葉で語る人もいるが、そのことについて私は否定する気はない。太陽に近づいた行動はまさに「傲慢」としか言いようがない。だが、自身の望む行動の末に残酷ながらも死ねたのなら、翼を失い地上へと落ちていく中、カレはきっと満足したのではないだろうか。

「ああ、そうか」私は気が付いた。彼はきっとイカロスなのだ。翼はないが、海の神ポセイドンに立ち向かったイカロスなのだ。


n回目の初投稿です。ここまで読んで下さりありがとうございます!

前回もこんな感じで掌編小説を投稿した気がします

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