第6話 ヤヌの訓練場
「おばあちゃん…!このお姉ちゃん達が強くなりたいって…」
「ほう、なにやら訳ありのようだねぇ」
「私たちはメルク王国とルドラ王国からそれぞれ選ばれた勇者なんです。」
「なるほどねぇ、すっかり勇者にゆかりのある集落になっちまったねぇ。」
「勇者にゆかりのある…?」
感慨深そうに話すお婆さんにメルセデスは聞きます。
「あぁ、例の元勇者、魔王討伐に一番近いと言われた歴代最強にして最悪の裏切り者はヤヌで育ったんだよ。」
「本当でありますか…!?」
「嘘はつかないよ、あなた達名前はなんて言うんだい?」
「私はヘイシ・フツーノであります!!」
「メルセデス・フォン・シャルンホルスト。18歳です」
「いい名だね。私はこの集落の長。エラ婆さんとでも呼んでおくれ。」
その後、シャルロッテは家に帰り、2人はエラに色々な説明をされながら訓練場内を案内されました。
「明日から訓練開始だよ、かなり厳しい訓練になるからしっかり体調を整えておくようにねぇ、あとこれが説明中に言ってた訓練服だよ」
エラが2人に服を手渡します。特に何の効果もなく通気性がよい運動に適した、ただの服です。
「しっかり着ておくようにねぇ」
「ありがとうございます!」
「了解であります!」
そして、2人はヘイシが目覚めた空き家で生活することになりました。
「あぁ、なんだか疲れたでありますなぁ…でも明日からの訓練は楽しみでありますね!!」
わくわくしながら話すヘイシとは対照的にメルセデスは少し暗い表情をしています。
「どうかしたのでありますか?」
「…あーもう!城から解放されて自由に旅を満喫するはずだったのに!」
メルセデスは理想と現実の差に鬱憤が溜まっていたようです。
「でも魔王を倒したら、魔物に怯える必要もなく自由に旅を出来るであります!」
「――もう、まったく、変なの仲間にしちゃったわね。明日から頑張るわよ!」
文句を言いながらも何故か嬉しそうなメルセデスにヘイシは不思議な表情をしています。
その後もしばらく変哲も無い話をすると、それぞれ自分のベッドに寝転がって眠りにつきました。
そして翌日、朝――
2人は訓練服に着替えた状態でエラと共に訓練場前にいました。
エラが扉を開くと、目的地に向かって訓練場内を歩きます。
「今日から訓練が始まるけど、心身は整えてきたかい?」
エラは先頭を歩き、前を向いたまま2人に問いかけます。
「もちろんでありますよ!!」
「しっかり食事も睡眠もとりました、万全です!」
「そうかいそうかい」
目的地につくとそこは横長の異様な部屋でした。その長さはちょうど100mくらいでしょうか。
「今からあなたたちには、この部屋を止まらずに走り続けてもらうよ。往復回数は200。では始めなさいな」
エラが出した途方も無い数字にメルセデスは唖然としています。
一方ヘイシは謎のやる気に満ち溢れていました。
「よし!いくであります!」
「えっ、ちょっ!」
突然走り出すヘイシにメルセデスは戸惑いながらもそれを追います。
スタートから10分後――
「はぁ、はぁ。死にそうであります…」
「馬鹿ね、いきなりあんな速度で走るからよ。」
すれ違いざま、会話を交わす2人。
余裕のメルセデスに対して既にヘイシはふらふらとしています。
スタートから30分後――
「エラ婆さん…もう限界であります…」
ヘイシは今にも倒れそうなほど疲弊しています。
しかし、
「何を言っているんだい?」
許してくれる雰囲気ではありません。
「うぅ、うー!」
ヘイシはエラから逃げるように訓練に戻ります。
「はぁ、はぁ、さすがに、しんどいわね、はぁ」
メルセデスも疲れてきているようです。
スタートから1時間が経過しました。現在の往復回数はヘイシが48、メルセデスが73。
まだまだ訓練は続きます。
――時が経ち、ようやくヘイシが200回を達成しました。
バタッ。
その場に倒れ込み、仰向けで息を切らしています。
「おつかれ、ヘイシ。頑張ったわね。」
かなり前に終わっているメルセデスが言葉を放つとヘイシは右腕を眼の上にのせて泣き出しました。
「なんで泣いてんのよ…」
その問いには答えずヘイシはただ静かに涙を流します。
「ようやく終わったようだねぇ、メルセデスは開始から4時間。ヘイシは…6時間。初日だ、走り抜けただけで上出来さ」
「今日はありがとうございました」
結果を報告しにきたエラにメルセデスはお礼を言います。
「いや、まだ今日の訓練は終わっとらんよ」