自分の感情を単語として頭に思い浮かべるのは、ゲームみたいで楽しいです。
赤いスポーツカーを見ると、不思議と『成金』と言う単語が頭に浮かぶ。
他にも、ボランティアに率先して参加する大学生を見ると『履歴書』が浮かぶし、ちょっと高級な喫茶店にいる眼鏡をかけたおばさんを見ると『高い壺』か『ありがたいネックレス』が浮かぶ。
朝起きてすぐだと『二度寝』が浮かぶけど、『遅刻』が邪魔して結局は顔を洗いに行く。
満員電車では『苦』が真っ先に出てくるけど、たまに隣が女の人だと『幸運』になる。問題は女の人と目があった時だよな。そう言う時は強制的に『紳士』を思い浮かべるようにしてる。
まあ、そんなこんなで会社に着くわけだが、出社して早々に『昼休み』か『退勤』一色で埋め尽くされるわけだ。でも、そんな事も思ってられないので渋々『タバコ休憩』に落ち着く。たまに課長に怒られた時は『畜生』が浮かぶがすぐに『給料』も浮かんできて平謝りだ。
そういえば、気のある女の子と二人で遊びに行った時に、ずっと『性欲』がチラついてきて、最後には『お持ち帰り』が浮かんだ時は笑った。
まあ、彼女は『終電』が浮かんでいたようで、そそくさと帰っていったが。
友達の結婚式には『祝福』と同時に『焦り』が浮かんだ事もあったっけ。仲の良かった友達に置いていかれたような歯がゆい気持ちが、心のどこかにあったんだろうな。まあ、でも、最後には『おめでとう』と言えたから、良しとしよう。
そうだな、子供が生まれた時には『幸せ』だけが頭を駆け巡っていたな。うん、本当に幸せだった。でも、すぐに幸せなんてなくなるんだよな。そう、
ーー癌だと医者に言われた時、初めて何も思い浮かばなかったんだ。
今まで、しつこいくらいに出てきた単語が、何一つ出てこなかった。ドラマや小説で見たことのあるシーンだよな。あれ、本当に『無』になるんだぜ。
でも、その後にちゃんと『死』が襲ってくるから安心してくれ。
厄介だよな。最初は小さくて気にも留めなかったのに、ゆっくりと時間をかけて、じわじわ大きくなっていくんだぜ。
まあ、でも『死』だけを思い浮かべてる場合じゃないしな。『子供』、『妻』、『医療費』、『保険』、『ローン』、『墓』、『友人』、『病院』......考え出したらキリがないんだよ。
『無』だと思ったら、今まで意識すらしなかった道端の草花すらも『綺麗』だとか思っちゃうんだよな。
子供を抱いてる時に『成長』が浮かんできたけど、思わず泣いてしまった事もあった。
『心配』だよ。人がいつか死ぬのは、親父の葬式の時にわかってた。でも、早い。あまりにも早すぎるよなあ......
ありがとう。もう動く事も出来ないし、喋る事も出来ない。ベッドの周りに家族や親戚が集まってるってことは、俺はついに死ぬんだろうな。
なんだろう。さっきまであんなに『心配』って言う単語しか思い浮かばなかったのに、今は色んな単語が頭の中をぐるぐると回ってる。
楽しかった時に思い浮かべた単語、悲しかった時や辛かった時に思い浮かべた単語。どの単語がどんな時に思い浮かべたものかも、はっきりと思い出せる。俺の人生はこんなにも沢山の単語で出来ていたのか。
わかった。これが『走馬灯』ってやつか。
いや、単語でできた走馬灯だから、『単語灯』とでも思い浮かべておこう。




