私のせんせい
そんなこんなでそこからまた一週間。
今日はお客様が二人も来るらしい。
午前中は私の家庭教師の先生が来て、後半は両親の友人が訪ねてくるそうだ。
なので私は朝早くに起きて身支度をしている。
家庭教師は別におめかしなんて必要ないんだけど、その次の予定までそんなに時間は無いらしく切羽詰まってばたばたと身支度を整えるのも淑女としてはしたないということで眠気を覚えながらもドレスを着せられ髪を整えられる。
鏡に映る姿はやはり美少女なのだ。
それが綺麗に着飾られている姿は見ていて楽しいものがある。
今度は爪を綺麗に塗ってみようかな、そんなことを考えているといつの間にか支度が終わり、私の部屋の大きな扉がノックされる。
「…こんにちは、クロエお嬢様。今日から宜しくお願いいたします」
開いた扉で深々と頭を下げる濡烏の美しい光沢を持つ髪がさらりと流れ、彼が姿勢を上げるとその淡いブルーの瞳と目が合う。
「お久しぶりね、モルディエネ先生。強引にお願いしてしまってごめんなさい」
メイ・モルディエネ。
彼は今日から私の家庭教師なのだ。
お父様が強引に言わなかったかしら、というとモルディエネ先生はクレスウェル侯爵にはお世話になっておりますので、と綺麗に笑った。
この間のような困った笑顔ではなく今日は爽やかで優しい顔。
良いことがあった?と聞くと家族に楽をさせてあげられそうだから、と答える。
やはり彼は家族思いの優しい人間なのだ。
先日思い出したゲーム内に出てきた情報をまとめたノートをちらりと見る。
攻略対象キャラクターである「ルーク・モルディエネ」。
メイはその名字の通りルークの兄であるようだ。
しかしゲーム中には確か名前は出てきていなかった筈。
それでも政府勤め、という点からそうなのだろうと推測した。
そしてルークが語ったのは精霊から得た強力な魔力が憎いというものだった。
家族の為に身を粉にして働いた兄はその身に宿る強力な魔力を政府に買われ、馬車馬のように働き、そして過労で亡くなった。
そして兄が持っていた力が、兄が亡くなった時に弟であるルークに身を寄せた。
つまりあのゲームの世界では今私の目の前にいるメイ・モルディエネという存在は既に亡くなっていて弟のルークはそれが原因で心に爆弾を抱えていた。
クロエはルークのルートにはあまり関与はなく、此処に出てくるのはもう一人の悪役令嬢なのだが、メイが亡くなっていなければ少しは良い方向に向かうのではないかと、そして私の精霊魔術に対する知識量を高め、自分の持つ能力を少しでも伸ばすことに繋がれば輝かしい未来の第一歩になるのではないか。
これはお互いの為になるのではとお父様に交渉して、でも無理強いはしないでね、とオネダリをしてメイ・モルディエネを私の家庭教師として雇ってもらったのだ。
しかし先日聞いた話ではメイはもう政府を辞めたと語っていた。
ルークのルートで見たものと少し状況が違っている気もするがそこのところはどうなっているうのだろう。
「ではまず、お嬢様の属性について確認させていただきますね」
そう言って彼は鞄の中から透明な水晶玉を持ちだした。
街角で自称占い師が持っているようなその水晶玉を訝しんでいると触れてみてください、と笑われる。
それにそっと触れると水晶はみるみる色を変え、球体の中を赤と青が入り混じる。
しかしそれは綺麗に渦巻いているのではなく、時々黄色い煙が弱く漂う。
これはなんだろうと見ていると、目の前にいるモルディエネ先生も少し首をかしげる。
「…お嬢様の中にはどうやら強力な火と水の魔力と、微弱な土の魔力があるようですね」
「土の魔力もあるの?」
「その様です。大きな二つの力に隠れて気が付きませんでしたが小さな土の精霊も貴女に加護を送っていたようです」
どうやらゲーム中にクロエが持っていた精霊はそのまま健在だったようで、ただ火と水の精霊がイレギュラーな存在のようだ。
そのあと二時間、精霊学を習い今日はお開きとなった。
「ありがとうモルディエネ先生。とても分かりやすかったわ」
「クロエお嬢様はとても呑み込みが早くていらっしゃる。次回はもうちょっと踏み込んだ領域のお話しをさせていただきますね」
「ええ、楽しみにしているわ」
元々勉強は好きじゃなかったし、学生時代授業中は眠くなることも多かった。
家庭教師なんて1対1だしこの5歳の身体で眠くならないか心配だったけど、精霊学がすごくおもしろい。
モルディエネ先生の教え方も分かりやすかったのもあるし、今までの生活でその概念すら存在していなかった精霊というものの成り立ちや歴史など、驚く程興味が尽きない。