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「確かに…貴方の術式の中で精霊たちとお話ししたわ」


そこでふと思い出し、目の前の青年をじっと観察する。


精霊たちは彼のことをショミンだからいじめられているのだと言っていた。


確かに指先は荒れ、その身に着けている豪華な衣装も、サイズは合わずまさに服に着られている、といったようだった。

間近で見たときに感じた顔色の悪さは間違いではなかったようだ。


「いかがなさいましたか?」


見つめていたことに気付いた彼が、その端正な顔で見つめ返してくる。

さすがにこれはドキドキしてしまうのでそっと目を反らし何でもないの、と首を横に振るい、何か会話を探す。


「…精霊たちとは何を話されたのですか?」


一瞬の沈黙のあとに、私の質問に答えるばかりだった彼が今度は口を開いた。

その目はやはり好奇心を隠せておらず、私の身に起こったレアな現象がどういったことなのかを知りたがっている。


「そうね、貸してくださった力を沢山使って、と言われたわ。それから…」


ふいに続けそうになった言葉に、これは彼に言ってもいいことなのかと口を噤んだ。

それでもやはり彼の瞳から興味の色は消えない。


「…貴方のことをお気に入りだと、それから貴方が庶民だからと虐められていると」


それを言うとメイ・モルディエネはまた困ったように眉を下げた。


「精霊様はそんなことを気にしておいでだったのですね」


確かに、この身に余るほどの魔力を貸して頂いております、と続ける。


その魔力は精霊たちが自分の境遇を案じ、そこから抜け出すために与えられた力。

自分の掌を見つめる彼が何を考えているのかわからない。


それでも彼がその気になれば、その圧倒的な魔力で政府を滅ぼせる程の力を、精霊たちが彼に与えていることは彼らの言い分からわかる。


普通、そういう強力な精霊魔術使いは政府に害を成さない為に政府に手厚く保護される筈なのに何故だろう。


到底政府付きの高給取りには見えない。


「政府で働いたりはしないの?貴方の魔力なら優遇されるはずだけど」


「……」


苦い顔をした彼に、聞いてはいけないことだったかしらと冷えた紅茶を口にする。

しかし彼は私を咎めることはなく、それを答えてくれた。


「私の家は余裕がある生活とは言えないんですが、この魔力を得てやはり政府からの勧誘は数多くあったんです」


ぽつり、ぽつりと紡がれる言葉。

それはあまり大きな声とは言えないが二人きりの部屋の中で正面から聞いている私には、その耳通りの良い声はしっかりと届いている。


「出された給与は貴族達のものには劣るけど庶民の家庭からしたら十分なもので、家族のためにと一度は勤めに出たこともありましたが、政府は王族を出し抜くことばかりを考えていて、この王国の権力を握っている王族を陥れ、政府機関がその実験を握ることに高位精霊を宿した精霊魔術師たちをより多く集め、その力を利用しようとしていた」


例え給与を得ようとも、誰かを、それも国の権威である王族を陥れて得た金で家族を食わせていくのは嫌だった。


元々貴族中心の政府機関の中で庶民はやはり肩身の狭い思いをすることは多かったが離職を考えるようになるとその風当りは一層強く、もう二度と政府管理の職場には就職できないようになる、考え直すなら給与は下がるがまだ雇っていてもいい、と言われたという。

なんというブラック企業。


そもそも精霊は基本的に人間を個として把握しない。

この世界の魔力というのは「生まれ持った精霊から愛される素質」から成る。


精霊は見えなくてもそこかしこに、それこそ人間よりもずっと多く存在している。


「魔法」を発動しようとする人間に対して、その人間の魂の属性によってその場に居合わせたその属性の精霊が力を貸してくれることによって発動する。


つまり精霊が存在しない場所では精霊魔法は発動しない。

いくら自分の学を高めようとも時や場所次第では無意味。


例であげるなら火の精霊の加護を受けている所謂「火属性持ち」でも火の精霊が存在しない水の中では魔法は一切使えないと言うこと。


「基本的に」と言うが例外もある。

それはゲーム中の王子やアキトのように四大の高位精霊に愛されて直接その身に精霊との絆を携えた人間だ。


丁度このメイ・モルディエネのように高位精霊たちから個として認識され、その呼び掛けに呼応する。


つまりいつでも何処でも魔法が使えるというチート人間だ。


そういった人間の何が危険なのかというと、そもそもそういった人間が「いつ」「どんな時でも」呼び掛ければ答えてくれる精霊たちをけしかけた場合どうなるか。

そんなこと小学生でもわかりきった答えだ。


故に精霊の愛を深く注がれるものはこの国にとってよほど丁重に扱うべきものだ。


これはこのクロエ・クレスウェルの脳内に宿っていた記憶とかそんなものではなく普通にゲーム知識。

ヒロインはそういった理由で国から保護され攻略対象キャラクターたちと出会うことになる。


だというのに彼は何故こんなに低待遇なんだろうか。

そこが不思議でならない。


「5歳の貴方にこのようなことを話しても、わからないかもしれませんけどね」


残念ながら体は五歳児でも私の精神は社会人数年の時を過ごしている。嫌という程わかる劣悪な労働環境に苦笑いしか出ない。


「今は何をしてらっしゃるの?」


「…今は今日のように政府にいたときに知り合った方々のお子さんの精霊召喚の儀式にたまに呼んでいただいたり、あとは日雇いの仕事で…」


ぼろぼろの指先で頬をかく。

家族を養うための仕事は楽じゃない。


それもこんな、富裕層や身分がはっきりと分かれているような社会構成なら尚更だろう。


そこで、私は考えたのだ。


今の私はあまりにも精霊について、魔術についての知識に乏しい。クロエが勉強していたものが知識としてあるとは言え、それは基本の基でしかなく、これから私がこの世界で魔術を使役するために必要な情報ではない。


ゲーム内でのクロエは精霊魔術を得意としていなかった。

だったら、今から少しでも学んでおけば不得手ではなくせるし、もしこの先の未来、私が破滅の道をまっすぐと歩むことになってもなんとかその力で運命を捻じ曲げることは出来ないだろうかと。


そう考えると、少し気持ちが楽になった。

悲しい未来を待つことなんてしない。


ゲームのクロエは微弱な土属性の力しか持っていなかったが、今の私は火と水の属性を持っている。


それはつまり、ゲーム内の未来を覆すことが出来るんじゃないか。


ゲームの物語が始まるラントリオ国立学園へと入学する14歳、つまり9年後まで、きっとそれまでに出会うであろう攻略対象キャラクター達の個別ルートで語られたような所業には気を付けつつ、自分を磨き平和な生活を手に入れる!


まさか自分の人生目標を平和に生きる、なんて漠然としたものに設定することになるとは思わなかったけど実際切実な願いである。


そのためにはまずは彼女について知らなければならない。

明日からの生活に目処をたて、少しずつ情報を得なければならない。



だって私はこの時代のこの世界のこと、何も知らないのだから。


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