加護領域と三大災厄①
湿った風が流れてくる。それはしょっぱさや磯の匂いを思い出させる
「やっと見えてきたぞ」
レーシュが指差す方向をエステルが見ると、町の外壁が見える。横一列に壁が伸びているが、かなりの損傷が見られる。
もうすでに魔王軍に攻められているのは一目同然である。せっかく辿り着いたのに、これでは港の船も無事かは怪しい。
「私が先に見てきます。レーシュ様はーー」
「レーシュでいい。俺も行く。お前を一人で行かせたらまた迷子になるからな」
町へ入ると、外壁以上に中は悲惨であった。半壊した家で溢れている。臭いも異質なものだ。
「ひどい……、なんでここまで。あっ……」
「どうし……うぷっ」
足元にうさぎのぬいぐるみがあり、数メートル先には親子の死体があった。そしてその先には大量の人間が山積みとなっていた。その光景にレーシュはたまらず吐いてしまう。
「大丈夫で……少し休んでてください。私はあいつらに話を聞いてみます」
エステルは剣を鞘から抜き放ち、声を上げる。
「あなたたち、海賊ね。どうして死体を持っているのかしら」
死体を運んでいる人間を見つけた。だが、この町の人間ではなく。海を荒らす者たち。海賊もこちらに気付き、口笛を甲高く鳴らす。
次々と数が増えてきた。エステルたちを取り囲むように円を作っていく。
「お前ら何者だ! この町の人間じゃないな。ここ一帯は魔王の支配下。魔物の手下か!」
「答える義理はないわ。けどその死体たちを辱めるなら私も黙ってるわけにはいかないわ」
海賊の数人がサーベルを持ち出し一斉に襲う。エステルを狙いつつ、レーシュにも手が及びかける。だがエステルたちに近づく前に弾かれ吹き飛ばされる。
「な、何をした! ま、魔法か!」
「こいつやはり魔物か!」
「全員で掛かれ!」
エステルの一閃が見えず、まるで魔法の結界があるかのように近寄れない。十数の海賊が襲ってくるが、エステルとの実力が離れすぎて、何が起きているのか理解できてない。
「ひいい、化け物め! お頭早く来てくれ!」
その声に応えるように叫ぶような咆哮が聞こえる。エステルの危険信号が鳴る。さっきまでの海賊とは格が違う。上を見上げると建物の上に上半身は何も来ていない海賊マークの付いた帽子を被った男、ウィリアムが降りてきた。
「てめえ、俺の部下たちに何をしやがるぅううう!」
熱を帯びる殺気がやってくる。即座に距離を詰め、エステルをその豪腕で殴りかかる。エステルの剣の結界でも防げず、吹き飛ばす。
だが、華麗に空中で体勢を整えた。
「逃がさねえ!〈人技〉天の支柱!」
追撃を加えその拳を叩き込む。エステルは受けるのは危険と判断して受け流した。エステルの背にあった民家はその一撃を受け、壁に大穴が空く。それにより重さを支えきれなくなった民家は崩れ落ちた。
「すごい威力ね。海賊にしておくにはもったいないわね」
「っち、よく避けたな。人間の姿をしているが、俺の攻撃を避けれる女がいるわけねえ。少々本気で行くぜ」
「失礼なところは海賊らしいけど」
二人は同時に踏み込み、拳と剣がぶつかる。拳に刃が弾かれ、拳を剣で流す。どちらも決定打を打てず、均衡する。
「剣が皮膚を通らないなんてなんて体なの。ならこれでどう!」
エステルは隙を見て、ウィリアムの体を利用して空へ舞い上がる。剣を振りかぶり、大上段から振り落とす。
「〈人技〉天の支柱!〉
「〈人技〉甲羅強羅!〉
エステルの全力も一撃も防御に徹したウィリアムの拳に弾かれ、体勢を崩し初めて決定打な隙を作ってしまう。
拳が空中に飛んでいるエステルへ向かう。だが、器用に体を曲げ、逆に一撃を食らわす。それによりウィリアムが後ろに下がり、頬の血を拭う。
「くそっ、今の隙はわざとか。あじな真似をしやがって。奥の手中の奥の手で決着を付ける」
ウィリアムは深呼吸して、エステルを睨む。
「すげえ、お頭と渡り合うやつ初めてみたぜ。だがお頭の切り札を出すみたいだ」
「人技使える人間がお頭以外にもいるなんてな。……ん、人技を使える?」
「待て待て、人技を使えるってことは、もしかして!」
とある矛盾に気づいた、海賊たちは急いでとある事実を伝えようとしたがもうそれは遅かった。
「加護領域! 一天一海!」
二人の姿は、皆の視界から消失した。