vs魔王⑨
森に入り、丸3日経とうとしていた。だが未だに森を出れない。これはエステルの方向音痴ではなく、この森の異常性により出れなくなっているのだ。
レーシュを馬に乗せ、エステルは歩いて手綱を引き、レーシュが落ちないように見張る。
「レーシュ様、そろそろ何か食べないと町に着く前に餓死してしまいます」
「う、うるさい。ここの虫や魚を食うぐらいなら死んだ方がマシだ」
レーシュはもう4日ほど水しか口に付けてない。興味のないサバイバルであっても多少知識があり、寄生虫等のにわか知識のせいで怖がってしまっている。
エステルが食べてるところを見てもらい、慣れてもらおうと思ったが効果があまりない。
「おお、あそこにいつものランチがあるではないか」
そんな馬鹿なことはない。エステルはその先を見ると白く大きな花に擬態した食人花だ。
「あれは魔物ですよ。レーシュ様、ちょ、ちょっと待ってください!」
急に馬を降り、その食人花のほうへ走っていく。完全に幻覚が見えており、何も聞こえてない。
急いでエステルも追いかけ、剣を抜き放つ。食人花もレーシュが近づき花の中央から大きな口と歯をみせる。
レーシュが食われるより前にエステルが斬りかかる。同時にその間に上から矢が割ってくる。
その矢にレーシュは立ち止まり、驚き、尻餅をつく。食人花は根を掘り出し、器用に走っていく。
「俺の縄張りで何してる!」
二人はその矢が来た方を向くと、木の上に三体の魔物。まだどれも体は小さいため、子供のようだ。
リーダー格と思われる、頭に小さな王冠を乗せた竜人グレーセは腕を組みこちらを睨む。
まん丸に太ったブタの顔をしたブタ人マーキは槍をこちらに向けて尻尾を左右に揺らしている。
また先ほど矢を放った妖精ユリは次の矢を準備している。
「あなたたち、子供とはいえ攻撃するなら容赦しないわよ」
「無礼でふ、この方を誰と心得るふ、 我らの王にして、未来の魔王となられるグレーセ様でふ」
ブタ人マーキは言い終わると息が切れたのか、はぁはぁと息を荒くしている。
「あなたたちがこの森から出れなくしているの!」
「それは違いますよ。ここは右腕を上げながら進まないと出口に行けない右の森です」
親切にも妖精ユリは笑顔でこの森の出方を教えてくれた。
「なんで教えるんだ! ええい、お前たち、俺の家来になるなら命を助けてやる。もし断るなら命はないと思え!」
「魔物の手下なんて断るわ!」
グレーセの要求に驚くが、家来になる気などない。エステルは剣を構えなおす。
「あのメイド服の人間怖くないでふか。あれは何人もやっちゃってる雰囲気でふ」
「ビビるなですよ! た、たかだか人間です」
そう言いながらも妖精ユリは体を震わせ、弓が振動している。子供ながら相手の力量はわかる。
「狼狽えるな! おい女! その言葉後悔するなよ! いくぞ、お前たーーうおぉぉ!」
3人の重さに耐えれなくなった木の枝が折れ、3匹とも地面に落ちていき、その落ちた先は落とし穴となっていた。
「誰だ!ここに落とし穴作ったやつ!」
「グレーセ様ないでふか!」
「ちょっとマーキ! 重いから動かないでください! 」
何もせず戦いが終わり、エステルは剣を鞘に戻し、レーシュを連れて馬へ乗せる。この森の出方もわかり、右腕を上げながら進んでいく。
通り過ぎた後ろから、激しい怒りの声が聞こえてくる。
「くそぉ! 覚えていろ人間!」
無事、森を抜けるがレーシュはぐったりしてしている。馬を止め、野営の準備をする。
森で捕まえた食用が可能な虫を火で焼き、タイミングを見計らい、それを手に持つ。
「レーシュ様!」
レーシュはエステルのほうへ向くと、返事を待たずにその口に食用できる昆虫を口に入れさせる。
「フゴォ、はひをしす! 」
そのまま口から出ないように顎を腕でロックして、飲み込むまで待つ。喉が音を鳴るのを聞き、顎を離す。
「お腹を空かせているからなかなか美味しいでしょ。その虫たちは栄養価も高いですから」
先ほどの行為を特に悪びれずに言う。だがレーシュはそれを無視し、エステルが焼いている虫を食べ始める。
「ど、どうしました!」
少し無理やりすぎて気が狂ってしまったかと考えたがそれは違かった。レーシュが涙を流していた。悪態をつき、罵詈雑言を吐きながらも一生懸命、口に運ぶ。
「おい、田舎娘! これからは栄養価があればマズイ飯でいい! 動物の苦い肝臓でもな! それと今日からこのたきぎを敷いて寝る」
「どうしたんですか、急に?」
涙を拭い、その目に覇気が篭る。彼は口にする。
「これは戒めだ。俺の慢心が生んだ行為だ。この飯もこの寝床も。二度と負けない。もし国に戻ったら俺の地位は危うくなってるだろう。だが、俺は這い上がってやる。俺のことはレーシュでいい。次に敬称を付けるのは俺が上へ上がった時だ」
エステルは無言で薪を寝床として用意し、夜はそれで明かす。その日、レーシュは寝むれなかった。
右の森にて、やっと3匹の魔物は落とし穴からの脱出に成功した。
「やっと出れたでふ」
「怖い人間もいなくなりましたね」
グレーセは何も喋らず、森の出口を見ている。
初めて自分が負けるかもしれないと感じた人間との邂逅。
人間をこれまでは甘く見ていたが、初めて見る人間の強者によって今までは運が良かっただけだと気付いた。
「井の中の蛙大海を知らずか。人間もたまにはいい言葉を残す」
「どうしたでふ? グレーセ様」
「お前たちこれから奴らを追いかけるぞ。俺の世界征服を早める。付いてくるな?」
マキとユリはお互いにみて、元気よく了解の返事を言う。
彼らは森の出口へと右手を上げて進んで行く。