蘇る悪い夢
光が消え去ったとき、エルシーの姿はそこになかった。
あの現象は、魔術というより力の歪みのように感じられたが、そのせいであるのは確かだ。そしてさらに、まだ日があったはずなのに、辺りはすっかり暗くなってしまっていた。時空が狂ったのか、それとも自分の意識がなかったのか、はたまた別の世界にでも飛ばされたのか。それは定かではないが。
その場に留まっていることも考えたが、埒が明かない。
おばけでも出てきそうな暗い森の道を、慎重に歩いていく。
森はとても静かだった。といっても、命を吸い取る術式がある以上当たり前のことであるのだが。
そしてその静けさの中に、スイジーは乱れを感じ取る。
何かの気配。何かが、近くにいる。
その場に立ち止まる。気配はこちらへ近寄ってくる。
ガサガサと、何かが、葉を揺らす音が聞こえる。その気配に、覚えがある。
「あの、こんな所でどうかしたんですか?」
その声は、初めて聞くものであった。
出来るだけ平静を装いながら、振り返る。
夜空のような透き通った瞳と目が合った。
「⋯いいえ、ただ⋯森が静かだから気になって⋯」
「⋯ここは今、とても危ないてすからね」
星を纏った少女は、微笑みながらそう言った。
「⋯⋯…ごめんなさい、私っ!」
本能的に走り去った。何か、危険なものを感じ取ったのである。
「あ、ま、待って!」
少女は呼びかけ、不思議な彼女の後を追って行った。
(この魔力、確かにあの時の⋯!)
森からは、轟々と流れ落ちる滝の姿が見えた。そして、走りながらその音を聞いていた。しかし、あまりに大きいその音は、それに近づいていることを教えてはくれなかった。
「はぁ⋯はぁ⋯」
息を整える。そこは行き止まり。滝のすぐ横だった。
追い詰められないうちに別のところへ逃げなければ⋯。そう思ったが、遅かった。
「ずいぶん足が速いのね」
少女は涼しい顔で道を歩いていた。
「でも、普通の体力で流星に敵うわけがないわ」
思考がぐるぐると回る。
無理矢理木の間を通り抜けようとしても、そこまで運動は得意ではないので、きっと直ぐに追いつかれてしまう。
後ろを見る。滝は遥か下の泉へと注がれている。⋯飛び降りる?それは有り得ない。近づくだけでも精一杯だというのに。
ここでもし、彼女が甘いということがなければ、少女を攻撃して気絶させることも出来ただろう。しかし、それをやるにはあまりに親切過ぎた。
「諦めなさい、逃げ場はないわ!」
少女の周りに星のように尖ったものが浮かび上がると、真っ直ぐにスイジーへと向かってくる。
「!?」
なんの詠唱もないのに、少女は不思議な力を発動させた。突然すぎることに反応もできず、体が弾き飛ばされる。
掴むところなど何も無い地面に必死にしがみつき、何とかその地に足をつけていようとした。
物理的な痛みというよりは、存在そのものが揺らぐような衝撃だった。
「ずっとあなたが脅威だった。まさかあの時…スノーゼルの森で。私のあの微弱な力に反応する者がいるだなんて…。あなた、一体何者?」
少女は、答えさせる気などさらさらない問いを放り投げた。そして、転がされた体を、首を掴んで持ち上げる。
「⋯どうでもいい、あなたがどんな人だとしても、邪魔させたりしないわ。私は星たちと約束したんだから!」
トン、と、余りにも呆気なく。
そんな僅かな力で、体は宙に投げ出される。
「い、や…」
一秒一秒が、とても長く感じられた。
頭の中で組み立てられる悪夢のシナリオ。再び開かれる惨劇の幕。
「嫌だ…」
せめて、翼でもあってくれればよかったのに。
そう願っても、その背には何も無い。
真っ白になった頭で感じられるのは、諦めにも近い感覚だった。
手を伸ばす。しかしその手に触れるのは空気。
彼女の身体は、儚く水中へと落ちていった。




