優しい世界の不思議な体験
「やっぱり、そうなんですね…」
「…ええ。ここは確かに病院だけれど、病気を治すための場所ではないのです」
赤髪の女性は、神妙な面持ちでそう告げた。
この施設は、病気によって孤独となった人々に居場所を与えている。その病気というのは、主に精神的なものである。
「…シャルロッテは、もともと酷い虚言癖があったんです」
「あの子に?…そんなふうには思えなかったけれど」
「ええ。もう完全に治っています。しかし、彼女は両親に手放され…帰る家は、無いのです」
「…悲しいのって」
両親も人間だ。辛いことから逃げようとするのは性というもの。どれほど辛かったのかを知ることは出来ないのだから、安易に非難することも出来ない。
「…救いといえば、あの子がここを愛してくれていることでしょうか」
「…」
沈黙が訪れる。自然と口を塞ぐために紅茶を口に含む。
やがて、カップが空になる。
「…お引き留めしてしまって申し訳ありませんでした」
「いいえ、こちらこそご馳走様でした」
「ごちそうさまなのって」
二人は立ち上がると、軽く一礼する。
「これから…エルファーリンへ向かうのでしょうか」
「はい、そこから列車で帰ります」
「そうですか。でしたら、ここを出て真っ直ぐ歩いていくと、辿り着きますわ」
女性も立ち上がり、部屋を出ると二人の前を歩く。
「そうだ、そちらの子…」
「って?」
玄関に着いたあたりで、女性は身を屈めると、ルルにそっと耳打ちする。
「ここを出たら、決してこちらを振り返らないこと」
「て…」
ルルは困惑した。当然の反応であろう。
しかし、理由を尋ねることもなく素直にこくんと頷く。
「ふふ、ありがとう…」
女性は扉を開く。陽が少し傾きかけていた。
二人は、別れの挨拶をすると一本道へと進んでいく。
「紅茶、美味しかったのって」
「うん、そうだね」
ルルは言いつけを守り、ずっと前を見て歩いていた。
先程の小さな声を聞き取ったスピカは、そのことが気になって仕方がなかった。自分には何も言われなかった。しかし、だからといって振り向いてもよいのか。
いや、どうせ振り向いたところで自分は死なないのだし…と、首だけ後方へ捻る。
建物は見えなくなっていた。しかし、誰かがたっている。
髪は暗い色をしていて…長いので、女性だろうか?
それを認識した頃には、女性らしき人影は、まるで小さな炎のように、フッと姿を消した。
「…スピカ?どうかしたのって?」
「え?あ…いや、なんでもないよ。予定より遅くなってしまったから、急いで帰ろうか」
「…そう言いながらのんびり歩いてるのって」




