神格の品格
「そういえばさ」
歩きながらスィエルが口を開く。
今は罠もなく、静かな通路にいる。
「なんでネプは海にいたの?」
「ん?そりゃあ、海王だからだぞー。珊瑚海は綺麗だし魚達も住みやすいから、私もそこでゆらゆらしてたんだー」
なんとも自由奔放らしさ溢れる答えだろう。
「他のアクチノイドの居場所とか知ってたり…する?」
そう聞くと、ネプは少し唸った後、
「いや、わからないなー。でも、最近ここら辺で怪し気なやつの気配を感じたなー」
「怪しげなやつ?」
「宇宙に向かって何かの儀式でもしようとしてたのか…。あれは…加護ではじかれて失敗したなー。多分。あと、使い魔に様子を見に行かせたら、害はない程度の痕跡が残ってたなー。ホープダイヤモンドが埋まってたくらいか」
「ホープダイヤモンド?」
「魔力のこもったダイヤモンドよ。ダイヤモンドってすっごいから魔術に使ったりするのよ。魔力が上がるのよ。すっごいでしょ?」
「そうそう、凄いんだぞー」
こいつらの語彙力が無いため補足するが、つまりダイヤモンドは魔術を行う際の補助道具としての価値があるのだ。
宝石の神秘性を利用して魔力を高められる。
しかし、大掛かりな魔術になると、どうしても硬度がないと負荷に耐えきれなくなってしまう。
なので、ダイヤモンドを使うのだ。
「見たことあるかもしれないしー」
「そういえば言っていたな。それのことか」
「まあ、で、そのダイヤモンドがたくさんあったってことは確実に大掛かりな儀式が行われたってことだなー」
「それこそ海底遺跡が見つかった原因とか」
「有り得なくはないぞー。時期的にも近いし」
「可能性の一つとして覚えておきましょう」
話しながら進んでいると、ようやく扉にたどり着く。
豪華な装飾が施された、石の扉だ。
「ここにあいつの母がいるとすれば…」
「何かあるかもしれないわ、用心しましょう」
スィエルがその重たそうな扉を押すと、扉は低く唸りながら、ゆっくりと開いていく。
そこはまた先程と似た広い空間で、真ん中には木で作られた祭壇が置いてあった。
暗闇の中に生まれた。たった一人。
何を思うわけでもなく辺りを見回すと、自分の中でなにか熱いものが生まれた気がした。
なので、それを外に出してやった。それは小さなオレンジ色の球体だった。
まだいくつも同じものがある気がしたので、全て解き放った。
恒星達は一気に果てしない宇宙へと飛び立っていった。
そこからの記憶はない。きっと、眠っていただろうから。
気が付いたら原っぱの上で寝転んでいた。
「どうしたの、こんなところで」
目を開けると、茶色い髪の女の子がこちらを覗き込んでいた。
体を起こして目をぱちくりさせていると、足音がしてもう一人、白い髪の女の子がやってきた。
「こんなところで寝ていたら風邪ひいちゃうしー!」
首を傾げた。どこで知ったかはわからないが、二人の言葉を理解出来た。
ここがどこか。そして、私が誰なのかも。
『でもそれは本当なのか?』
そんなこと言われても、わからない。
『お前は本当に自分の思っているような存在であるのか?何を根拠にそう思う』
だって、本当の自分が何なのかなんて、誰も教えてくれない。だったら私の思う自分を自分にすればいい。
『お前の存在は不確かだ』
それはそうだけど…。
『お前が存在している証明はできない』
出来なくても、こうやってワイワイ過ごせてるからどうでもいい、そんなもの。
『不安にはならないのか?』
なるはずない。だって、楽しいから。不安なんて感じる暇ない。
だから…
『お前は誰だ』
「ねえ、あなたはだぁれ?」
自信たっぷりに言った。
「私はね、スィエルだよ!」
「あなたの名前を教えて?」
胸を張って言った。
「シータスだしー!」
「じゃあ、君の名前も教えるしー!」
迷うこと無く言った。
「オウカよ。よろしくね」
「あなたの名前を教えてくれるかしら?」
疑いもせず言った。
「………チエ」
「どうか、名前を…教えてください」
無意識に言った。
「ホウコです…、お気をつけて」
「そなた、名は何という」
え、私もかー?…じゃなくて。
誇らしげに言った。
「海王、ネプだぞー!」
―『正解だ』―
目の前は暗闇となり、声だけが響いた。
夢を見ていた気がする。景色は海底遺跡の広間。
変わらず、中心に木の祭壇がある。
「…あるえ」
しかし、その祭壇には誰かがいた。
「よくぞたどり着いた、どうやらお前達は元素のようだな」
「いかにも、だしー」
黒い布に身を包んだその女性は、まるで古代の壁画から飛び出てきたように神々しかった。
木の杖をカタンと鳴らしながら、地に降り立つ。
「我が名はディオーネ。アトラースの娘ともされ、ティーターン神族の一人、天空の神ともされるギリシア神話の女神だ」
「神話の曖昧さを利用して二つの神格を得たんだなー」
「おや、賢いと思えば、お前はネプテューヌスか?」
「いかにも、だぞー」
(自分含め誰かの言葉を反復する癖でもあるのかな…)
チエはそう思ったが、空気を壊さないために心の中に留めておく。
「そうか。どうりで我が子が大人しくなった訳だ」
「ニオベちゃん?」
「そうだ。可愛いだろう?それこそ神格級の可愛さだろう?」
「え、あっはい」
(あれー…?)
「あいつはな、いつもママムッターマンマと駆け寄ってきてな、それはそれは愛らしいんだ」
まさにほへーという表情で話す女神様。
(何だただのただならぬ親バカか…)
「そうだなー、可愛いなー。ここは一体何なんだー?何で二人は眠っていたんだー?」
(棒読みで流したがその判断はきっと正しい)
「ああ、それはな」
(切り替え早いな)
「何だかよく分からないが、邪悪な魔力に襲われてな。実は…天空の女神の神格が封じられてしまったんだ。とてつもない感情が込められた魔術だった。ニオベも大怪我を負ってな…。全く、許せんな。そしてこのように眠って傷を癒していたんところ、誰かに起こされて今に至るわけだ。…神格はバッチリ二つあるぞ」
(寝過ぎたのか)
「誰かに起こされたというのは?」
「近くで、害のある力を使おうとした者がいる。加護により守ったが、その影響で何だか目が覚めてしまってな」
「やっぱりあの、森のホープダイヤモンドですね…」
「ほう、そんなものが。…まあ、とりあえずそんな時にお前達が入ってきたわけだ。だからまだ降臨せずに神殿の様子だけを見ていたわけだ。お前達はここまで無事来れたが、そうでなければ留まるつもりでいた」
「あ、はいはいあのあの、地震について何か知ってるかなあ?」
「地震…地震はなかったぞ。強いていうなら、神殿が機能し始めたことによる地響きはあった。ちょうどアンダンサ近海の地下にあるからな」
「へえ、じゃあ悪いことが起きる前触れとかじゃないんですね」
「ふむ、そうかもしれんな」
「ところで女神。ここの構造は知っているんだなー?」
「ああ。確かお前らは調査に来たんだったな。ならば、ここには我々がいる以外には特に何もない。部屋もここで終わりだ」
つまり…残りの仕事は、帰って報告書をまとめるだけだ。
「…ここへたどり着くまでどれくらいかかった?」
「数時間は。そろそろお昼の時間だぞ」
「割と…経ったんだね」
さらにここから帰るとすると…。
「帰りの時間はいつになるんだろう…」
「ん、それなら案ずることはない。すぐに帰れるぞ」
そう言うと、ディオーネは天井を指す。正確には、ステンドグラスを。
「もともとこの神殿は我が力により造られた。眠るためにな。用済みとなったことだし、あそこを割ればすぐアンダンサだ」
「割る…?」
「ああ。そもそも、その為にああいった風にしたからな」
なるほど…だからニオベの部屋も同じようになっていたわけだ。
「することがないなら、今からでも出るが」
「待って待って大事な質問!」
スィエルが声を張り上げる。
「えっと、その、二人はこれからどうするのかなって!!」




