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2.「つまり、神さまのような」

 萌は右のにぎり拳を手のひらにぶつけた。


「そう。あの道、あのカーブ」と、眼が醒めたように言った。「右側はコンビニ、左側は縁石で仕切られた歩道、そのまた向こうに街路樹が植えられてた。私はその歩道をこの子といっしょに歩いてたんだ」


「だとすれば、僕らと進路方向は同じだ。なんとなく思い出した」


 そうだ。

 玲也は兄が運転する車に同乗していた。

 県道を飛ばしていた。

 ゆるやかなカーブにさしかかった。


 兄は玲也との談笑でハンドル操作がおろそかになっていた。

 対向車線から青いライトバンがセンターラインをはみ出し、こちらの鼻面にせまった。

 一瞬、相手のドライバーが見えた。ハンドルに覆いかぶさるように意識を失っているようだった。

 兄はうめいてハンドルを左に切った。

 車体がかしいだ。


 あわやのところでかわしたが、左の縁石をのり越えて、道路の外へ飛び出した。

 歩道には女性が歩いていた。パグを散歩させていた。

 彼女はタイヤのきしみで気づいたが、とっさに回避できるはずもなく、車は犬もろとも女性をねた。


 ボンネットにのりあげ、フロントガラスに頭をぶつけた。真っ赤なカサブランカの花が咲いた。

 車はそのまま街路樹の太い幹に突っこんでいった。

 そして激突。烈しい衝撃。


 エンジンルームから濛々(もうもう)たる煙。

 クラクションがずっと鳴り響いていた。

 助手席側にダメージが集中したオフセット衝突であったため、玲也はほぼ即死だった。


◆◆◆◆◆


 二人は間近で顔を見あわせ、同時に「わかった」と、言った。


「つまり僕らは」玲也はつぶやき、自身の手の甲を見た。保育園児のころ、カッターナイフをもてあそんでいて、あやまって切りつけてしまった三日月型の傷跡が残った見慣れた手。生々しいほどのリアリティがあるというのに――。「死んだんだ。あの道で。兄が運転する車が事故にあい、僕は死に――歩道を歩いてた萌さんまで巻き込んでしまった」


「そうみたい。ボマーもいっしょに死んだのよ」


 と、そう言った萌は悪気のつもりではないようだった。

 遠い眼をしてうつむいているが、志半ばで、それも不可抗力による死亡でも、やけに落ちつきサバサバしていた。いまさら相手を責めたところで、時間を巻き戻せるわけがないと開きなおっているのだろう。


「あの場合、たぶん対向車が悪いんでしょうけど、僕の兄がもっと車の運転に集中していれば、なんとか事故を回避できたかもしれない。そうすれば、僕だけじゃなく、萌さんも死なずにすんだのに……。すみません」


「君があやまる必要ないって。いまさら悔やんだってしかたない。覆水盆にもどらずって言うじゃない。こればっかりはどうにもならない」


「そう言ってくれると助かります。……いえ、ちっとも助からないけど」


「死んだのが判明したとなると、いまの私たちはどういう状態かな」


「死後四十九日のあいだ、魂はまだこの世にとどまってるというそうです。ばあちゃんが言ってた」


「高校生にしては大人びてることを――。この世界じゃ、かえって頼りになるかもね」と、萌がえくぼを見せた。「となると、ここはこの世とあの世の境ってこと? そのわりには誰もいないところで、拍子抜けじゃない? てっきり先に亡くなったおじいちゃんが出迎えてくれるのかと思ったのに」


「ここに兄がいないってことは、一命をとりとめたんだろうか」と、玲也。「ここはまだ途中なのかもしれない。山の下から、山頂に光が輝いてるのを見たんです。まるで誰かが信号を送ってるみたいに。とりあえずあそこまで登るべきじゃないかな」


「しゃーない」と、萌はボマーを下におろし、リードを握りしめた。ボマーは小さな舌を出して、とぼけた表情で飼い主を見あげた。「行ってみましょ。そこで今後の身のふり方について助言してくれる人がいるかもしれないし」


「助言してくれる人?」


「つまり、神さまのような」と、萌はかるい口調で言った。「死後の世界があるんだとすれば、その世界を統治する存在がいるんじゃないかな?」


「ああ」玲也は気のない返事をした。信仰心など無縁の生活を送ってきたので、実感が沸かない。「ですよね。ここで、ああだこうだとしゃべっててもラチがあかない」


「じゃ男子が先導して。私ははぐれないように、この子といっしょについてくから」


「了解です」

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