第8話 施設の人々
二人は空き地に戻っていた。
「よし、もう一回だ。」
「はい。」
蓮夜は手に魔力を込めた。
手のひらに火が発生し、ボール状になっていく。
「そのまま発射だ。」
「えっ」
不意に言われ、蓮夜は狐につままれたような顔した。
それと同時に蓮夜の集中力が切れ、火は小さな爆発を起こした。
「びっくりしたぁ。変なこと言わないでくださいよ。」
「悪い悪い。ただその火を発射して、相手にダメージを負わせられなければ意味がないんだ。これからは発射も念頭にいれながら練習だ。」
ーそれを最初に言えばいいのに
蓮夜は内心ちょっと不満であった。
蓮夜は炎の発射を意識し、手を前方に差し出し魔力をこめる。
「待て待て。適当なところに出して、人に当たったらどうするつもりだ。」
「あっ、はい。」
蓮夜は辺りを見た。
ーこっちだったら大丈夫か。
巨木にむかって、魔力をためる。
蓮夜の手のひらに火が発生し、ボール状になっていく。
火は徐々に安定していった。
ー今だ。
蓮夜は火を発射させた。
火はボール状のまま形を変えず、巨木にむかって真っ直ぐ進んだ。
ドオン
鈍い音だった。
ー使えた、魔法が。
「やっぱりお前は才能があるなぁ。」
「ありがとうございます。」
蓮夜は初めて魔法を使い、ダメージを与えることに成功した。
初めての体験で蓮夜は天にも昇る気持ちだった。
そして、その後はひたすらこれを繰り返した。何発も何発も。
一回出来ただけではその技を身につけたこにはならない。
蓮夜は失敗と成功を繰り返しながら、着実に技を身につけていった。
ーやばい、もう出ない。
15発目のところで蓮夜の魔力は切れる。
炎とは言えないよくわからない赤いモヤモヤが蓮夜の手のひらから流れ出ていた。
「よし、今日はここまでだな。」
「はい。」
不意に日の光が蓮夜の視界に入り込み、蓮夜は右手で目を隠した。
オレンジ色の日の光が眩しく、そのまま西側に目を向けた。
オレンジ色をしたボールの光は空を焼き、蓮夜の目にかすかなダメージを与える。
「もうこんな時間か。」
「施設までは送ろう。」
ロームは平然と歩き出すが、蓮夜はふらふらな状態でロームについて行くことが出来なかった。
「情けないやつだ。」
「いや、もう無理です。」
ロームは少し笑みをこぼすと、歩くスピードを遅くした。
施設に戻ると、シャーナが門の前の道を箒で掃除していた。
「あっ、おかえり。」
「ただいま。」
シャーナは笑顔で手を振ってくる。
ー可愛い…
「じゃあ、俺はここまでだな。練習は明日もやるからな。」
「はい。」
ロームはそう言うと、元来た方向に歩いていった。
「偉いな。」
「あぁ、掃除のこと。当番だし。」
「え、そんなのあるの?」
「蓮夜は昨日来たばかりだからわからないのも無理ないね。でも、今日は遅いし、明日話そっか。」
「わかった。」
「君、昨日来た新人さんだよね。」
蓮夜とシャーナの会話に入ってくる一人の若い男がいた。
「あぁ、そうだよ。君は?」
「俺はクリン。クリン・アラドーン」
「俺は桐生蓮夜。よろしく。」
「よろしく。」
クリンはそっと微笑む。
「そろそろ夕飯の時間だから、中に入ろうか。」
「そうだね。掃除もあらかた終わったことだし。」
三人は施設の中に入った。
施設の中に入り、廊下を歩いていると、ふと蓮夜は気になっていたことを聞いた。
「そう言えばクリンもこの町の出身なの?」
その時、三人の空気は和やかな雰囲気から重い雰囲気に変わった。
ー俺、何か悪いこと言ったか?
クリンは少し黙った後、こう言った。
「違うよ。後この施設ではあまり出身のこととかは聞かない方が良い。」
「どうして?」
「この施設のほとんどの人が、訳ありだからさ。中には絶対に触れて欲しくない記憶もある。」
「ごめん。」
「良いよ。今回はしょうがない。」
「わかった。」
「ほら、二人とも夕飯だよ。私もうお腹減ったよ。」
シャーナが重い雰囲気を察してか、明るく振る舞いながら、大広間のドアを開ける。
「そうだな。」
三人は大広間に入る。
「おっ、戻ったか。夕飯はもう出来てるぞ。」
大広間に入ると、縦2列に並べられた机に10数名の人々が綺麗に配置されているように座っていた。
右机の手前の誕生日席に座っていたゴーダンが三人を催促する。
「はーい。」
三人も空いている席に座る。
席に座ると机にはステーキとサラダが大皿にそえてあり、自分の席には…
ーこれはお粥か?
日本の米より長細いものがお湯の中に入っていた。
「みんな座ったな。じゃあ、両手を組んで。」
一斉に全員が両手を組む。
ーなにが始まるんだ?
蓮夜は不思議に周りを見渡したが、一応真似をしていた。
「食事ができることは神のお陰です。神に感謝を。」
「神に感謝を。」
ゴーダンの言葉に合わせるかのように、全員が口を揃えて発した。
ー危ない集団じゃないよな?
日本では宗教というと危ない集団というレッテルが貼られるが、この世界ではごく身近に存在する。
蓮夜は警戒心を抱きながらもとりあえず周りに合わせ、フォークを手にした。
ー微妙だ。
味はそこまで美味しくない。
思えば日本食が美味しすぎるのだ。
蓮夜はとりあえず何事もなかったかのようにご飯を食べ進める。
ー妙に静かだ。
食事は閑散としていた。
パラパラと話し声が聞こるが、それでも少し寂しげに感じる時間だった。
「昨日来たばかりだよね。俺はマダン」
隣に座っていた青年が微笑みながら話しかけてきた。
「よろしく、俺は蓮夜。」
何気ない言葉で返す。
しかし、蓮夜はこの後の話題をどうしようか迷った。
普段なら出身のことを話すが、この施設においてそれは禁句である。
少しの間、気まずい沈黙が二人を襲う。
「そう言えば、昼間外に出かけていたけど、何してんだ?」
「えっ、あぁ。魔法を教えてもらってたんだ。」
マダンは顔の色を変えた。
「魔法?すごいなぁ。」
「そうなの?」
「ああ。魔法は一部の人しか習得できないからな。」
何気ない話が続く。
話しながら食べ続け、気づけば食事の時間は終わっていた。
「次は風呂の時間だな。」
「そう言えば、風呂の道具や着替え何も持ってないんだけど。」
「ゴーダンに相談してみれば?」
蓮夜はゴーダンのところに向かった。
「すみません。俺、着替えとか何もないんですけど。」
申し訳なさそうに聞くとゴーダンは笑った。
「そんな心配そうな顔しなくても大丈夫だ。風呂の道具はあるものを勝手に使えばいいし、着替えはこっちで用意する。」
「ありがとうございます。」
思えば、昨日は風呂に入っていなかった。
体が綺麗になっているので拭いてくれたとは思うが、格好は学校の制服のままだった。
「蓮夜、風呂に入ろうぜ。」
マダンが部屋から出ていこうとする。
「あぁ。」
蓮夜もつられて風呂場に向かった。
風呂場に着き、服を脱ぐ。
ー広いな。
風呂場は施設の風呂場にしては少し大きかった。
蓮夜はシャワーがないので桶を使い石鹸で体を洗った。
「髪の毛は何で洗うの?」
「そこの桶に溜まってるだろ。」
蓮夜は桶に近づく。
ー大丈夫なのか?
白く濁った液体は所々に塊ができていて、匂いも少し泥臭い。
「洗った後はきちんと流した方がいいよ。」
ーだろうな。
蓮夜は髪の毛を洗い、湯船に浸かる。
「そう言えば、食事の時間が妙に静かだったね。」
「そりゃあ、この施設は人がコロコロ変わるからな。あまり仲良くはならねぇんだ。でもシャーナだけは長いからみんなと仲良いけど。」
「シャーナはどのくらいいるの?」
「本人は3年って言ってたな。」
ーシャーナだけどうした?
「俺もこの施設に来てそんなに経ってないから詳しいことはわからねぇ。」
ー何かありそうだな。
「そっか。だから見たことない俺に話しかけて来たんだ。」
「まあそうかもな。後話し変わるけど、この辺にサソリが出るんだ。」
ーこの世界にサソリがいるのか?というか危ねぇな。
「危ねぇな。」
「そう。だから忘れないうちに言っとこうと思って。」
「ああ、助かる。」
その後も話しを続けた後、風呂を出て用意されていた服に着替えた。
部屋に戻ると二人の男が話をしていた。
「昨日来た奴か。よろしくな。」
「ああ。よろしく。」
「明日の朝は俺たちが庭の掃除当番だから遅刻すんなよ。」
「来て早々か。わかった。」
蓮夜は布団に向かった。
疲れているのか、蓮夜は二人が話している横で静かに夢の中に落ちていった。
ーここはどこだ?
気づけば知らない場所に立っていた。