第1話 夢と現実
―男は燃え盛る炎の中にいた―
命の保証はない。周りの人々は逃げまわっているにもかかわらず、男はただ立っていた。
逃げる気はない。そこに助けを求めている人がいるのだから。
焦りはない。男はそっと目を開け、目の前の竜に向け、剣をかまえた。
ここはある国の田舎町。
真冬には最高気温ですら氷点下になるほど寒さが厳しい町ではあるが、辺り白銀に染まる景色は人々を魅了した。
東には山々があり、西には大きな川が流れ、春には雪解け水が流れてくる。
住民は100人ほどしかいなかったが、彼らは豊かに暮らしていた。
しかし、12月下旬頃、不気味に暖かい日があった。季節外れの暖かい日の光は町を照りつけていた。
それは悲劇の始まりだった。
この町には時折竜が出現する。
竜は全長は16m高さ3mにもなる。
普段は滅多に人を襲わず、町を素通りする。
さらに言えば、真冬のこの時期、竜は冬眠している。
龍が町を襲うなど住民は夢にも思わなかった。
しかし、この日は違った。不気味に暖かったのだ。
一匹の竜は春が来たのだと勘違いして起き出し、口から凄まじい炎を出して、土から飛び出して来た。
竜はそこで異変に気付く。
辺り一面が白銀なのだ。
不気味に暖かいといえど、大雪を溶かすまでにはいかなかった。
竜は冬眠を邪魔されたと思った。
火であぶりだし、誘き寄せ、出て来たところを襲うのではないか。
そんなことまで考えた。
竜の怒りは頂点に達した。
竜は自慢の翼を大きく広げ、雄叫びを上げ、空を飛んだ。
辺りを見渡し、そして、運悪く見つけてしまったのだ、あの町を。
竜は全速力で急降下し、村のすぐ上まで降りて来た。
凄まじい炎を出し、木造の家は瞬く間に炎に包まれ、燃え上がっていった。
「逃げろー」
「助けてー」
町はパニックだった。
「被害状況はどうなっている?」
男は森の中を走っていた。
男の名前は桐生蓮夜。
もう1人の男、相棒とともに走っていた。
「詳しくはわからん。ただ早く行かなけらばまずい状況だ。」
ー 急がなければ。
蓮夜はスピードを上げた。
森をまっしぐらに進み、竜が出て来て30分が経過した頃、やっと町に到着した。
「酷い」
竜は逃げまわっている住民に、容赦なく炎を出していた。
辺り一面に炎が燃え上がり、ほとんどの物は炎の中に包まれていた。
木造の家の大半は崩壊し原型を留めていなかった。
「誰か。助けてー」
悲鳴とともに声が聞こえる。
「おまえは住民を安全なところへ避難させろ。」
「わかった。」
蓮夜は住民の避難を相棒に任せ、竜のところへ走っていった。
炎に包まれ、とても暑い。
しかし、ワガママは言ってられない。
神経を集中し、剣をかまえた。
剣をかまえる音に気付き、竜は雄叫びを上げ、蓮夜を見た。
その瞬間、竜は蓮夜に炎を吐いた。
それをギリギリでかわし、竜の足のすぐそばまで、走り、剣をふった。
竜の足から血が出る。
竜は悲鳴を上げながら、剣から逃れるため空を飛んだ。
「くそ、空を飛ばれたら攻撃できないな。」
「大丈夫だ。任せろ。穿て、サンダーボルト」
竜の右翼に雷が落ちる。右翼は麻痺し、竜はバランスを崩した。
「おまえ、住民の避難は?」
「大丈夫だ。今終わったところだ。」
「相変わらず、仕事が早いやつだ。ありがとう。」
竜はそのまま地面に叩きつけられ、ドーンという音とともに大量の砂が一気に空中を舞った。
蓮夜は砂埃のなかに走っていった。
タイミングを見計らい、剣をふるおうとしたが、竜が長い尾を器用に扱い、蓮夜を攻撃した。
蓮夜は後ろに飛ばされた。
「蓮夜ー」
相棒が叫んだ瞬間、相棒に竜は炎を吐く。
相棒はギリギリで躱すが、右肩に炎があたり軽い火傷を負った。
状況はまずい。
蓮夜はすぐに起き上がった。
左腕が痛む。
先ほどの攻撃で左腕を痛めてしまった。
それでも負けじと、左腕を庇いながら、竜のそばに駆け寄った。
竜は蓮夜に向かって炎を吐く。
これを一発でも当たるとまずい。
致命傷とまではいかないが、戦局が大きく不利になってしまう。
なんとかギリギリで交わしながら駆け寄り、腹に向かって剣をふった。
竜は悲鳴を上げた。蓮夜は反撃の隙間を与えないために、もう一回剣をふった。
返り血をあび、顔面にかかった血を腕でふくと、竜が前足の爪で蓮夜に攻撃した。
直ぐに気付いた蓮夜はかわそうとしたが、かわしきれず、かすり傷を負った。
「蓮夜伏せろ」
声に気付き、伏せた。
相棒は激しい炎をだし、竜を襲う。
「今だ。」
竜の頭が地面につきそうになった瞬間、蓮夜は走った。
剣を両手で持ち、大きく上に振りかざし、ジャンプした。
「うおおおお」
声を上げながら、剣を振り下ろす。
竜の首は二つにさけた。
「危ない。やられるかと思った。」
2人はハイタッチをして、住民が避難した場所へ向かった。
住民は炎から逃れるため、大きな川がある西側へ避難していた。
川のほとりには約50人ほどの住民が避難していた。
「この度は誠にありがとうございます。私たちを助けていただいて、なんとお礼を申し上げてよいのやら。」
「いえいえ、当然のことをしたまでですから。」
2人の目の前に1人の老人が立っていた。
他の人とは違い、質素ながらも高級感あふれる首飾りを身につけいた。
「私からもお礼を言わせてください。この度は助けていただいてありがとうございます。」
1人の女性が老人の横に来た。
ー可愛い…
蓮夜は心の中でニヤつきながらも、表では冷静を保っている。
「あのもし良ろしければ、少しの間この町に滞在して行きませんか。」
心が踊る。
上目遣いで自信なさげに聞く女性を見てドキドキしていた。
その時だった。
―ジリリリリリリリリリィィィ―
なんだこの音は。
音はだんだん大きくなる。
そして、蓮夜の目の前が真っ暗になっていった。
蓮夜は目が覚めた。
重い瞼を開けると、目の前に白い天井と照明が一つあった。
「夢か…」
くだらない夢だった。
今年で17にもなるのに、こんな小中学生がはまりそうな夢に踊らされていた。
目覚まし時計の音は踊る蓮夜に現実を叩きつける。
蓮夜は目覚まし時計の音を切った。
「早く起きなさーい」
母親の大きな声が聞こえてくる。
ー今起きようと思ったのに…
不機嫌になりながらも部屋を出て階段を降りる。
彼は勇者でもなんでもなかった。
ただの高校生だった。
蓮夜は朝食を食べ、顔を洗い、歯を磨き、制服に着替えた。
「ほら弁当は入れた?」
母親は少々過保護である。
誰にも見られたくはなかった。
「うるさい」
蓮夜は学校指定のバッグを持ち、家を出た。
駅まで自転車で向かい、その後電車に乗って、学校に向かう。
いたって普通。
特別なことは何もない。
学校に着き、教室へ入る。
自分の席にバッグを置き、席に座る。
「お、暗い顔してどうした?」
友達の倉松が話しかけてくる。
「別に…なんでもない。」
「なんだ、その不貞腐れた顔は。そういえば進路どうする?そろそろ決めないとやばいんじゃね。」
ー進路か…
やりたいことなんて一つもない。
高校受験だって、流れで受けた。
先生にも親にもどこへ行きたいの?何がしたいの?と聞いてくるが、正直うざったい。
「まだわかんねーよ。」
勉強はするが、この前のテストは学年180人中105位。
運動も大して得意ではない。
できれば、家でスマホをいじって、ゲームをしていたい。
何にも取り柄がない。
この歳で彼女も出来ていない。
キンコーンカンコーン
学校のチャイムがなる。
「ほら、おまえら早く座れ。」
教室に意気揚々と我が物顔で先生が入ってくる。
背は高くなく、頭もハゲかかり、加えてデブ。
よくあんな外見で自信たっぷりなのか。蓮夜は理解に苦しんだ。
「やべ、席戻らないと。」
いつもと変わらない毎日。
朝起きて学校に行き、授業を受け、その後は部活をし、家に帰る頃には夜になる。
繰り返しの日々に蓮夜は嫌気がさしていた。
「じゃあ、この問題は桐生、おまえに解いてもらう。」
ーうわっ。最悪だ。
蓮夜は席を立ち、黒板を見た。
「えっと、さんまたき?」
蓮夜の発言とともに教室中が笑いに包まれた。
蓮夜は訳がわからず、教室の周りをキョロキョロした。
ーえっ俺、変なこと言った?
「桐生。これは三畳紀って読むんだぞ。」
先生までニヤニヤしていた。
蓮夜は顔を真っ赤にしながら何も言わず、席に座った。
ーだから発言なんかしたくないんだ。
ーみんなに変な奴って思われたかなぁ。
蓮夜の頭はパニック状態だった。
嫌われるのが怖い。
バカにされるのが怖い
気づつくのが怖い。
様々な思いが蓮夜の心に傷をつけながら交差する。
キーン コーン カーン コーン
授業が終わるチャイムが鳴った。
「おまえ、今日どうした?頭狂ったか?」
倉松がニヤニヤしながら、蓮夜の肩を叩いた。
「別にいいだろ。」
蓮夜はため息をついた。
現実なんかこんなものだ。
したくもない勉強。
部活だって何となく。
「ほら、早く部活行こうぜ。」
ー仕方ない。行くか。
蓮夜は重い腰を上げた。