第九十五話
「お、おいエクウス! 何をやっているんだ! 私に逆らったんだぞ、早く懲らしめてやれよ!」
それなりに力のあるものが集まっていた護衛たちをいとも簡単に倒してしまったヤマトたちを相手取れ、という無謀とも思えるカルテーロの指示を聞いて、頭が痛くなったエクウスはがっくりと肩を落とす。
「はあ……いや戦うことはできますが、彼らがあっさりと負けたのを見ましたか? 彼らはカルテーロ様がその実力を見込んで雇った冒険者たちですよね? それが、一瞬でやられてしまったんですよ? 私が適うはずがないでしょう?」
実際、ヤマトにやられてしまった冒険者たちよりもエクウスのほうが腕前は上だったが、だからといってヤマトたちに勝てるほどの力はなかった。呆れ交じりの口調ではっきりとカルテーロの要望を切り捨てた。
「っく、ふざけるな! 私の命令に逆らうんじゃない!! 黙って早く戦わないか!」
エクウスがヤマトたちに適うとはカルテーロも思っていないようだが、それでも悔しげに歯ぎしりすると戦えと怒声を上げる。
「ふー……負けると思いますが、それでもいいということですか……――ということなんだが、どうする?」
「どうする、と言われると困りますね。別段あなたに恨みはないんですが、やる気であるならやりますよ? 気乗りはしませんけどね」
やり取りを見守っていた苦笑交じりのヤマトの答えに、エクウスも困り気味の表情だった。騎士である以上、命令とあらば逆らうわけにもいかないが、負けると分かっている戦いに挑むほど彼も無謀ではない。
「ご主人様、ここは私に考えがあります……ごにょごにょ」
「ふむふむ、なるほど。それがいいかも」
ちょいちょいと手招きしたルクスがこそっとヤマトに耳打ちをする。するとふわりと優しく笑ったヤマトは一つ頷いて少し後ろに下がった。
「――エクウス殿と言いましたね、あなたの相手は私が務めましょう。ご主人様たちが出るまでもありません!」
代わりに前に出たルクスが凛々しい表情で自身の身体より大きな槍を構えながらエクウスの前に立つ。予想外の相手を前に固まるエクウスだが、ここはルクスの案に乗っておくのがベストだと判断し、剣を構える。
「やってしまえ!」
ルクスがヤマトに耳打ちしている間は何かを考えたように爪を噛んでいたカルテーロは、戦いが始まる段階になると煽るように叫び出す。
「――なんか、イベント戦みたいだね」
一定のパターンで声を出すカルテーロに対して、ヤマトに近づいたユイナはそんなことを呟いた。ヤマトもちょうど同じ考えをしていたため、黙ってうなずく。
「私も乗り気ではないが、カルテーロ様がああいうのでは仕方ない。……恨みはないが、本気でいかせてもらうぞ!」
そんな風に言うものの、エクウスは本気でいかなければ、ヤマトやユイナはもちろん、ルクスにも勝てないと思っていた。愛らしい猫の身体をもつルクスどいえどもその実力は馬鹿にできないとエクウスは分かっていたのだ。
「では、いきます!」
気合を入れたルクスは大きな槍を手に、ぐっと足を踏み込んでエクウスに向かって行く。
「おおおお!」
そして、ぐっと眉を寄せて硬い表情のエクウスも両手剣を手にルクスへと向かって行った。
勢いよくぶつかり合った二人の槍と両手剣による鍔迫り合いがおこる。互いの表情だけが視界にあった。
「……次に衝突した時に気合を入れて、思い切り押し返して下さい」
その瞬間、ルクスは笑顔でぼそりとエクウスに話しかける。思わぬ願い出にエクウスはハッとしたような表情になる。
「!?」
「せいっ!」
そんな混乱しているエクウスをよそに、ルクスは後方に飛んで距離をとった。先ほどの笑顔はもうなくなっており、再び真剣勝負をしている顔つきに戻っていた。
「なかなかやりますね。今度は本気でいきます!」
先ほどは力を確かめるもので、ここからが本気だとルクスが言外に語る。
彼が何を考えているか理解しているヤマトとユイナは温かいまなざしで見守っているが、カルテーロは一人、さっさとルクスを倒せと戦いを憎らしげに見ている。
「……こちらこそ本気でいかせてもらうぞ!」
少し離れた隙にルクスが何を考えているのか理解できたエクウスは便乗するように声を上げる。
カルテーロに見えない位置で合図するようにルクスがぱちんとウインクし、エクウスは軽く頷く。
「いくぞおおおおお!」
「せいやああ!」
空気がピンと張り詰めたその瞬間、気合十分な二人がぶつかりあう。
ぶつかりあった瞬間、思い切り押し返すように剣を振り切るエクウス。
それに対してなんの抵抗もできずにルクスは吹き飛ばされてしまう。小さな猫の身体は槍を手に勢いそのまま、背を丸めて後ろに飛んでいく。
「にゃあああああああ!」
やられてしまったルクスが吹き飛んだその後方にはヤマトとユイナの姿があり、横に広い槍は二人を巻き込んでしまう。
「うおおお!」
「ちょっと、ルクスうううう!」
予想外の勢いにヤマトとユイナは慌てるが、既に避けるだけの余裕はなかった。ヤマトは慌ててユイナとルクスを受け止めて庇うように姿勢をずらすだけで精一杯で、そのまま一緒に後方に吹き飛ばされた三人は、窓を突き破って外に出てしまった。
「はあ、はあ……強敵でした……」
剣を振りかぶった姿勢でエクウスはわざとらしいが、息を乱す。
「お、おおおおおおい! エ、エクウス!」
慌てたようにふらふらしながら立ち上がったカルテーロは名前を呼びながら近づいてくる。
もしかしたら、演技がバレておとがめがあるかと思ったエクウスだったが、それは杞憂に終わる。
「なんだよ、お前強いじゃないか!! それならそうと早く言ってくれればいいものを! うちの騎士団は質が低いと聞いていたから、つい色眼鏡で見てしまったぞ!」
機嫌良く高笑いしながらエクウスの背中をバシバシと叩くカルテーロは、エクウスが自らの実力でルクスたちを倒したと信じ込んでおり、ルクスの作戦は成功したようだった。
自分の上司とはいえ、こんな人物の思惑から彼らを遠ざけることに成功したエクウスは内心ほっとしていた。
「はあ、ありがとうございます。それでは、冒険者を集めて騎士団の編成は……」
「ハッ! そんなものはもうやらん! お前がいればうちの騎士団は安泰だ! それに、お前があっさりと倒してしまった相手に、やつら冒険者どもは全く手も足もでなかったからな! はっはっは!」
自分の正規の部下である騎士団の隊長にあたるエクウスが強者であると信じ込んでいるカルテーロは、それだけで満足しているようだった。
金と権力に物を言わせて集めた冒険者たちの寄せ集め護衛部隊はもう用無しだと言わんばかりの口ぶりだ。
「――どうやらうまくいったようですね」
既に領主の館から離れた場所にきて身を隠し、追手がないことを確認したルクスが話す。
「すごいすごいよ、ルクスー、いいこだねえ」
ふふふととろけるような笑顔のユイナが感動そのままにルクスの頭を大きく撫でている。
「いえいえ、お二人とエクウス殿が咄嗟に合わせてくれたおかげです! 本来使い魔としてあの行動はあれですが、その、お仲間と言って頂けたので、ちょっと無茶してしまいました……」
先ほどのやりとりは自分の功績ではないと言うルクス。ヤマトに耳打ちしていたのは自分がエクウスを相手にするということと、その中で隙を作ってあの場を出るということだけだったのだ。
だからこそ槍で彼らを巻き込んで窓から出るという行動には反省しているようだった。
窓を飛び出した三人は窓の下に落ちた、と見せかけてヤマトの風魔法でふわりと着地し、ユイナの聖強化士の補助魔法で身体強化して屋敷を急いで後にしていた。
「ううん、そうじゃなくて! あーんなに離れた場所の声も聞こえるんだね!」
ユイナは屋敷のカルテーロとエクウスのやりとりが聞こえているというルクスに感心していた。びしっと指差した方向にある屋敷はもうかなり離れたところにあるからだ。
「え? あ、あぁ、そちらでしたか。あれは精霊を残してきたのです。必要な会話は聴き取れたのでもう消しておきましたが……」
きょとんとしたルクスが慌てたように種明かしをしても、ニコニコと笑顔でただひたすらにユイナはすごいすごいとルクスの頭を撫でていた。褒められることに困惑しているようだったが、ルクスの尻尾は嬉しそうに揺れている。
「いや、でも本当にあのとっさの機転はよかったよ。あの冒険者たちを領主さんが見込んだってきいたところで思いついたんだよね?」
「ご名答、さすがご主人様です」
ユイナに撫でられながら、ルクスはここでもヤマトを持ち上げてくる。自分の考えをズバリ言い当てたヤマトを誇らしげな眼差しで見ていた。
「実際、あの冒険者の寄せ集めの護衛たちよりエクウスさんの方が強かったからね。……それを見抜けないってことは、領主さんの目は戦いにおいては大したことないってわかるよね」
肩を竦めながらヤマトが付け足した言葉にも、その通りだとルクスは盛大に頷いていた。
「へー? 色々考えてるんだねえ。でも、だからルクスがわざと吹き飛ばされたのがわからなかったってことかあ」
納得したように頷いたユイナは改めてルクスがやったことに感心していた。
「でも、これで晴れて解放されたから、俺たちの次の方向性を考えていこう」
「オッケー!」
「了解です!」
面倒ごとから解放された三人は気分も新たに次の目標を立て始めていた。
この事件のあと、エクウスの力を認めたカルテーロは何をするにも彼の助言を求め、その立場をうまく利用し、的確な助言をしていったエクウスはいつしか領主の右腕として活躍し、フリージアナの街は発展していくこととなる。
しかし、それはまだまだ未来の話である。
ヤマト:剣聖LV207、大魔導士LV203、聖銃剣士LV25
ユイナ:弓聖LV204、聖女LV193、聖強化士LV69、銃士LV32、森の巫女LV35
エクリプス:聖馬LV133
ルクス:聖槍士LV28、サモナーLV36
お読みいただきありがとうございます。
ブクマ・評価ありがとうございます。