第九十四話
「――まず、俺たちが周囲の散策を終えて街に戻って来ると、既に街は火の海になっていました」
ヤマトは自分たちがあの場面に出くわしたところから話始める。あの時の街の惨劇を思い出すと胸が痛んだ。
「ちょっと待って下さい。あなたがたがどこを散策していたのですか? ご存知のとおり、この街の周囲はほとんどが雪に覆われていて、冒険者が見るようなものはほとんどないかと思われますが……?」
しかし、遮るように質問するカルテーロによって話を止められる。外をさす彼の手の先では今も雪が降っていた。
「……それは答えないといけませんか?」
必要なことだけを話すつもりであり、細かいところまでは言いたくないこと、そして話を腰を折られたことでヤマトは思わず眉をひそめてしまう。声音には気をつけてはいるが、どういうつもりなのだろうかとカルテーロのことをつい色々と勘繰ってしまう。
「ふふふっ、そんなに怒らないで下さい。ちょっと気になっただけですから、続きをお願いします」
クスクスと笑ったカルテーロはヤマトをからかうような口調で先を促す。
実際のところ、ヤマトは怒ってるわけではなく、こんな態度をとれば追究を逃れられるのではないかという計算のもとでの反応だった。
「……続けます。街にはモンスターがたくさんいました。少しでも立ち寄っていた街ですので、そのまま見過ごすのは良心が痛み、俺たちは戦いに参戦しました」
一息ついたヤマトが続きを話すと、今度はツッコミを入れずにカルテーロは笑顔で頷いていた。
「そして、強力なモンスターが中心にいたのでなんとか撃退しました。――そんなところです」
極あっさりと、とてもシンプルな説明に終えたヤマト。
理由は、彼と話していたくないというのが一番である。最初に抱いた好青年な印象はもうヤマトの中にはない。
「強力なモンスター……ですか。正直に言っていいのですよ? 魔族と戦った、とね。それになんとか撃退したとはご謙遜を……かなり余裕だったとお聞きしましたが?」
謙遜することはないとからかうように笑いながら質問してくるカルテーロ。どうやら全てを知ったうえで問いかけてきているのが伝わってくる。
「既に話は聞いているみたいですね……。それなのにわざわざ俺からも聞こうとするなんて人が悪いですね」
やれやれといった様子で苦笑するとヤマトは肩をすくめる。ユイナは駆け引きに似たやりとりになってきた頃に、そんな話をしたくも聞きたくもないのか、ルクスを膝に抱いて艶やかな毛並みを撫でて気を紛らわせていた。
「はははっ、いやいや、そういった話はやはり本人から聞いたほうが臨場感があると思いましたのでね。――失礼しました」
悪びれる様子もなく、大きく笑ったカルテーロは大げさに頭を下げる。
「それじゃあ、もう話はこれで終わりでいいですか?」
「ちょ、ちょっと待って下さい!」
これ以上はやってられないなと内心呆れたヤマトが腰を上げようとすると、カルテーロが慌てて止める。
「知っていたのに改めて話させたことについては謝罪します。あなたの人となりを知っておきたかったのです。――本題は別にあります」
軽く謝罪したのち、再びカルテーロはニヤリと笑う。その顔は悪人かと思うほどいやらしさに満ちている。
「――二人とも、私の配下になりませんか? 優遇しますよ、給料もそうですし、いざという時の戦力になってくれるのであれば、普段は自由に行動してくれて構いません」
薄く微笑んだカルテーロが提案してきたのは、ヤマトとユイナを雇用したいというものだった。雇用と言えば聞こえはいいが、実質彼らを自分のものにしたいという独占欲がむき出しになっている。
「……遠慮しておきます。冒険者の俺たちは何物にも縛られることなく自由に行動したいんです、それはあなたがおっしゃるような形式的な自由ではありません」
話にならないとぴしゃりと言い放ったヤマトは完全に交渉決裂したと考え、再び立ち上がる。
ようやく話が終わったと思ったユイナはルクスを抱いて彼の側に立つ。
「――ふう、とてもいい条件だというのに断るのか……」
ヤマトが断りの言葉を言った瞬間、領主はがっかりしたようにうつむいたかと思うと一気に口調が変わる。冷やりとした空気が周囲に張り詰めた。
「えぇ、申し訳ありません」
雰囲気の変化に気づきながらも、返事を変える気がないヤマトは軽く頭を下げ、ユイナとルクスもそれに続く。
「…………あー、ないわー! ないだろ? だって、私の誘いだよ? なんで、断るんだ!? 理解できない……おい、エクウス! お前余計なこと言ったんじゃないだろうな!! あぁ!?」
顔を上げた瞬間、般若のように顔をしかめて態度が急変したカルテーロは、苛立ちを露わにして部屋の入口で待機していたエクウスを怒鳴りつけた。
「……いえ、私は何も。その冒険者の判断だと思われます」
「うるさいうるさい! 私に口答えするんじゃない! ここにこいつらを呼んだのはお前だろうが!!」
カルテーロのそれは理不尽な怒りだったが、主に言われたのでは騎士であるエクウスも黙るしかなかった。顔をぐっと硬くして頭を下げる。
「おい、お前たち! 私が誘っているんだ、しかも破格の待遇だぞ? だったら、大人しく言うことを聞いて私の配下になればいいんだよ!」
誘うように手を伸ばしたカルテーロ。その表情は自分の誘いを断ることがどこまでも信じられないようだった。
そこまで言われてヤマトはエクウスがここに来るまでに言っていたこと、そして最初に出会った時の彼の荒々しい態度がどんな理由に起因するのか理解できた。
「――なるほど……そういうことか」
「……なんだ? 何を言った? 私を無視するな!! おい、こちらを向け!」
納得したように顎に手をやっているヤマトにしびれを切らしたカルテーロが叫ぶ。まるで子どもの癇癪のようなカルテーロの態度にヤマトもユイナもルクスも呆れていた。
「申し訳ありませんが、これ以上何を言われても俺たちはあなたに雇われるつもりはありません。断固としてお断りします。どれだけ怒鳴ってもその結果は覆りませんよ」
毅然とした態度でヤマトがそう断じると、またもやカルテーロの表情が変わる。
「そうか……だったらこちらにも考えがある。私の誘いを断ったこと、後悔するといい!」
ヤマトたちを大きく指差して高笑いしたカルテーロは手をパンパンと二回叩いた。
すると、ドタドタと大きな足音をたてて武装した護衛たちが次々に部屋へ突入してくるなり、ヤマトたちに武器を構える。
「――これはどういうことですか?」
ユイナたちを庇うように手を伸ばしながらヤマトは冷静な口調で問いかける。
「くくっ、この状況になっても慌てないとはな。……だが、死んだあとでゆっくりと後悔するがいい! かかれ!!」
口の端をくいっとあげて優越感に浸るカルテーロが命令するように腕を振り下ろすと、武器を構えた護衛たちがヤマトに襲い掛かっていく。
「……ユイナ、ルクス、殺さないようにね」
ひそひそと声を潜めたヤマトの指示に二人は心得たと頷いた。
「さて……本気でやったら殺しちゃうから、これくらいの力でっと……」
襲い掛かる護衛をひらりとかわしたヤマトは武器を持たずに素手で彼らを撃退していく。
ユイナも同様の方法で戦い、ルクスは精霊を目くらましに使いながら戦っていく。
「――な、なんだと!?」
あっという間に次々に倒れていく護衛たちを見たカルテーロは目を大きく見開いて驚いていた。
「ま、魔族を倒したなんて作り話じゃないのか!?」
カルテーロは最初にヤマトたちの話を聞いた時から、実際に話を聞いても、魔族がこんな雪国にわざわざやってきたことを信じておらず、それなりのモンスターを倒すだけの力はあるのだろうとだけ考えていた。
自分が金と権力に物を言わせて集めた護衛たちが、手も足も出せずにこうも簡単に倒されてしまう現実を飲み込めていない。
「それじゃ、これで最後っと。――あ、エクウスさんも戦いますか?」
ヤマトたちにあっという間に倒され、気絶した護衛の山を背景にして、ヤマトはエクウスににっこりと笑顔で問いかけた。
しかめっ面をしたエクウスはため息を吐くと、降参だと言わんばかりに両手をあげ、軽く首を横に振った。
ヤマト:剣聖LV207、大魔導士LV203、聖銃剣士LV25
ユイナ:弓聖LV204、聖女LV193、聖強化士LV69、銃士LV32、森の巫女LV35
エクリプス:聖馬LV133
ルクス:聖槍士LV28、サモナーLV36
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